第2話 破産
朝から債権者の人が5,6人来て、家じゅうのめぼしい家具を運び出していた。
彼らはロザリンドの部屋にもやってきて、ベッドや鏡や化粧台や花瓶を持ち去った。
タープ家は破産した。先祖伝来の家も家具もすべて売り払い、借金を帳消しにすることになった。
無一文になったうえ、生まれ育ったこの屋敷も出ていかなければならない。
タープ本家を継いだ叔父が来てくれて、手続きなどはすべてしてくださったのだが、こちらには目も合わせないほどの余所余所しさだった。
去年までは、子爵令嬢として、何不自由ない暮らしをしていたのに。いつのまに、こんな生き地獄に落ちてしまったのだろう。こんな風になるほどの悪行を自分はしてしまったのだろうか。
いくら考えてもわからなかった。
母は顔を見るたびに、ロザリンドを責めた。
「あなたが本を読むからこんなことになったのよ」
「あなたが強情で変わり者のせいで、不幸になったのよ」
違うと思った。だが、確信は持てなかった。
何か月か前、婚約が調いかけたのだが、相手方は、ロザリンドが本を読むことに難色を示した。
「本を読むんだって?女なのに?変なの。なに考えてるのかわからなくて、不気味だよ。やだやだ。こんな欠点を隠していたんだから、持参金に倍にしていただきたいですな。ついでに我が家に嫁いだなら、本など読ませません。いいですね」
母に「本などは読みませんと誓いなさい。そうすれば今題はすべて解決なの」ときつく言われたが、ロザリンドには、どうしてもそれは言えなかった。
もめているうちに、父が流行り病でたおれ、数日高熱でうなされたのち、亡くなった。
服喪の期間のうちに、婚約の話はたちぎえになった。
昔のことを思い出し、ぼんやりしていたロザリンドの目の前で箪笥の中身をぶちまけられた。
クローゼットからお気に入りだったドレスを引っ張り出され、「流行おくれかな」などと言われるのに耐えられず、ロザリンドは部屋を出た。
兄の部屋のドアをたたきながら、母が金切り声を上げているのが聞こえた。
「ここから出てきて。助けて頂戴。ギャニミード。起きて。私の坊や、こんなこと嘘でしょ」
無理だわ、お母様。ロザリンドは思った。
そもそも、この事態は兄のギャニミードが原因だった。
父の死により、タープ家の家督を継いだ兄はその当時、都で流行り始めた「夢見る薬」というものにおぼれていった。
父と同じく法曹の道を選び、優秀な成績で法学院を卒業してからは司法修練生として働いて、その収入で家族を支えてくれていたのに、薬を吸う以外のことは、何一つしようとしなくなった。部屋に閉じこもり、一日中煙を吸っている。どんどん目の周りの隈が濃くなっていき、体は骨と皮だけのように、やせ細っていった。
そして、その薬はすさまじく高価だった。あっと言う間に借金まみれになり、タープ家は破産した。
ロザリンドが階下に降りると、廊下の飾り壺や絵画にペタペタと差し押さえの札を張り付けていた男が、にやにやしながら近づいてきた。そして、札をロザリンドに張り付けようとした。
「やめてください」
ロザリンドは払いのけたが、男は構わずロザリンドの髪を掴むと、その匂いを嗅いだ。
「いいねえ。いくらかなあ、これ」
やっとのことで、男のべたついた手を振りほどき、ロザリンドは外に出た。
だが何処にもいく当てなんかなかった。
悔しいことに、ロザリンドは昔、受け取った呪いの手紙のことを思い出した。
パールベル。本を読む女は不幸になる。
あの時、手紙を開いたばっかりに、呪いにかかってしまったかもしれない。
でも、今この時も、本が読みたくてたまらなかった。何か物語を読んで、別の世界に行ってしまいたかった。
ロザリンドの足はいつの間にか王立図書館へ向いて居た。
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