ライアー・プリンス〜嘘つき王子様〜

義為

EP.1 王子様なんて、バッカみたい

「ねえ、君は女の子と付き合ったことある?」

 

 出た、この刀捧院玲子とうほういん れいこの殺し文句。

 成人男性と比べても負けることのまずない長身を屈めると、ウルフヘアの黒髪が流れて横顔を隠す。

 そうして、お決まりのセリフを囁くんだ。

 決まって、小柄な可愛い子に。

 

 黄色い声が背の低い黒山から響く。

 ばっかみたい。

 私は自分の身長が170 cmあることでコンプレックスばっかりだった。

 服のサイズはないし、私より背の低い男子からはデカ女なんて言われてさ。

 この女学園の一学年300人のうち、たった15人、高校からの入学者に滑り込んで、それからも解放されると思ってた。

 初めて目にしたレイコ様は、そりゃあかっこよかったよ。

 堂々としていて、私のあこがれだと思ったよ。

 でも、この1カ月半で気づいちゃった。

 レイコ『様』は、ちやほやされてるお嬢様でしかない。

 だって、校則を律儀に守って、スカートはひざ下丈、髪は黒髪、ピアスもネイルもしてない。

 顔は……反則的に美しいだけだけど。

 何あの睫毛まつげ。ふぁさって擬音がぴったり。

 

 レイコ様の視線が私とぶつかる。

 そりゃあ、ぶつかるよ。

 私はじっと見てたんだから。

 

「ねえ、ポニーテールが凛々しい君。

 そうだ、井上香織いのうえ かおりさんだね。

 高校から入学した子とは仲良くなりたいと思ってるんだ。

 よろしければ、お昼を一緒にいかがかな?」

 

 取り巻きが、花道を作る。

 この一瞬だけ、私のために。

 私が、レイコ様にひれ伏すために。

 たまったものじゃない。

 私は左手を差し伸べる。

 10 m先、レイコ様の上半身をそっと包み込むように。

 何が王子様だ、バーカ。

 

「初めまして。

 刀捧院とうほういん先輩。

 私、生憎とお弁当を持参していますから。

 お誘いありがとうございます、またの機会に」

 

 キッと取り巻きが睨みつける。

 知ったことじゃない。

 お嬢様なら、礼節をわきまえなさい。

 すると、レイコ様は、ふわりと笑った。

 

「奇遇だね。

 私も今日はお弁当でね。

 カフェテリアでは肩身が狭いと思っていたんだ」

 

 話しながら、たったの5歩で距離は詰められ、私の手は諸手で握られていた。

 しっとりとして、白くて、細くて、それでいて大きく、温かい手で。


 物言わぬ春の薔薇に囲まれて、私はお握りと味噌汁を、レイコ様はサンドイッチをそれぞれ口に運ぶ。

 昆布とシャケ、卵サラダとBLT。

 薔薇の香りだけじゃない。

 この人、隣に座るとほのかに甘い、いい香りがする。

 味噌汁が恥ずかしくて仕方ない。


 他愛もない話をしていた。

 刀捧院とうほういん家は三姉妹で、レイコ様は末っ子だとか、私はひとりっ子だけれど、一つ歳下の幼馴染みの女の子を妹だと思っているとか。レイコ様のお姉さんたちは20代にして実業家の道を歩んでいるとか、私の妹分は数学オリンピックを目指しているとか。

 他愛もない、大好きな人の話。 

  

「ねえ、香織かおりさんは、女の子と付き合ったことある?」

 

 うわでた。

 しかも、名前呼び。

 まっすぐに見つめてくる大きな瞳は、この距離で見ると、深い焦げ茶色だと分かる。

 ……そんなの、あるわけないじゃない。

 

「ありますよ。

 学生の恋愛なんて、お遊びかもしれませんが、それでも真剣に」

 

 あるわけない。

 でも、レイコ様もそうに決まってる。

 だから、からかってみたくなった。

 ほら、瞳が大きく開くのが分かる。

 

「付き合ってみますか、私達。ねえ、玲子さん?」

 

 そっと左手をレイコ様の右頬に添える。

 すべすべして、柔らかくて、温かいほっぺた。

 そっとこちらをまっすぐ向かせて、おでこがくっつくくらいに顔を近づける。

 

「ぜ、是非……」

 

 その頬が、赤みを増す。

 やっぱりそうだ。この人は、生粋のお嬢様だ。


 「学園一の不良生徒」として名高いこの私、井上香織いのうえ かおりと違って。


 「やらかした~!」

 

 教室に戻って机に突っ伏す。

 

「どしたん、かおりん。ハナシキコカ」

 

 このアホは、前の席の菊池ゆかり。

 私と同じ、外部生だ。

 私と正反対の、身長145 cmの童顔美少女だけど。

 このちびっこに、ガバっと顔を上げて問う。

 

「ねえ、女の子と付き合ったことある?」

「レイコ様のマネ?あるよ?」

「あるんだ……。どんな感じで付き合えばいい?」

「相手をしっかり見ることでしょ」

「普通のアドバイスじゃない……」

「普通だよ。ふっつーに相手と心を開きあう。それが大事なの!」

 

 キッと鋭い目で、責められる。それが、私の軽率さに刺さるようで。

 

「かおりん、頑張りなよ。一度相手の想いに応えたなら、まっすぐ向き合いなよ」

 

 誤解が、ある。けど。その通りだ。

 始まりは、タチの悪い、からかい。

 でも、向き合わなきゃ、いけない。

 スマホを取り出し、放課後の約束を取り付ける。

 

『放課後、駅前のハンバーガーチェーン店でお話ししましょう』


 六限の終わりと同時に教室を飛び出し、昇降口への階段を駆け下りる。

 ローファーをつっかけて、靴箱から飛び出す影が、もうひとつ。並んでポーチへとたどり着いた。

 

「玲子さん!?」

「香織さん!!!」

 

 レイコ様だった。言わなくちゃ。正直に。

 

「「ごめんなさい!」」

 

 見つめあう。私からは、ともかく、レイコ様から謝ることなんて……。

 

わたくしは、貴女を利用しようとしているの。

 婚約者から逃れるために、貴女を言い訳にしようとして……!

 いいえ、私を慕ってくれる方々を騙して……」

 

 泣き出しそうな、震える声で、絞り出される言葉。

 

「そんなの、良いの。

 私こそ、玲子さんに意地悪したくって、嘘ついたの。

 私は、誰かを愛することって分からない。

 でも、玲子さんにちゃんとと向き合うから!」

 

 だから、泣かないで。

 右手で、レイコ様……玲子さんの手を取る。

 

「行きましょう。

 ハンバーガーだけじゃなくて、甘いもの食べてもいいのがハンバーガーショップなんだから」


 歩く、歩く。

 ただ、無言で。

 でも、心地が良い。

 誰かと触れ合うことって、特別な相手と思えば、こんなに気持ちが良いことなんだ。

「なんだ、恋人がいるって、本当だったんだな。玲子さん」

 手をつないで校門をくぐると、男性の声。

 制服姿、高校生だろうか。

 私と同じくらい、つまり、玲子さんよりだいぶ低い背。

 その顔は、あどけなさと男らしさが共存して、何より美しい。

 今時のアイドルの色白で綺麗な顔じゃない。

 力強い印象のある、彫りの深い顔立ち。

 深めのツーブロックにトップは短髪の七三分け。


「幸助さん……本当にいらしたのですね」

「そちらの御父上に言われてのことだから、な。

 玲子さん、俺は良いけど、御父上は何と言うか……」

 

 婚約者から逃げる。今日の今日でこれということは、本当に焦ってたんだ、玲子さん。でも、この言い草は……。

 

「あの、玲子さんの婚約者さんですか」

 

 少年がこちらを向く。力強さだけじゃない。

 賢さ、優しさが分かる。

 たったあれだけの会話を横から聞いただけで。

 だから。

 

「そうです。お分かりでしょう。

 本人たちですらどうにもできないことなのです」

 

 だから、手を引けと。

 この人は、

 私は、玲子さんを愛していない。

 だから、これは、義理だ。

 嘘つき同士の義理。

 

「だからどうしたっていうんです。

 一度でも、本気で玲子さんの気持ちと向き合ったことは?

 お互いのご両親と話し合いの場を設けたことは?

 嘘つき。

 人のせいにしないで。

 あなたは、人生を他人に委ねて、仕方ないなんて言うんですか?

 そんな卑怯者なんですか?」

 

 怯んだ。

 幸助という、玲子さんの婚約者。

 右手でこめかみに爪を立てて、顔を歪める。

 

「そうだ……俺は。

 婚約者という立場に、甘えていた。

 たとえ望まぬ始まりであったとしても、幸福は得られるはずだ。

 きちんと、自分の意志で玲子さんと向き合えば」

 

 アレ、発破をかけてしまっただろうか。

 

「玲子さん、貴女を一番想っている人は、俺ではなく、そちらのかただった。

 でも、貴女が俺に振り返る日を、いつか作ってみせる。

 それまで、俺は嘘つきで良い。

 貴女に憧れているだけのガキだから」

 

 幸助さんが、ずん、と一歩こちらに踏み込む。

 え、何。

 

「貴女に勝てない。

 今は。

 だから、俺が玲子さんを振り向かせたその日に、名前を聞く。

 おさらばです」

 

 ホントに、何。勝手に盛り上がって。

 

「そもそも、あなたの名前もきちんと聞いてないんだけど」

 

 明らかに違法駐輪の前後カゴ付き自転車にまたがって、幸助さんが、振り返る。

 

「斉藤幸助。

 平凡な男子高校生。

 続きはWEBで!」

 

 風のように、というには少し遅いスピードで遠ざかる斉藤幸助。

 なんだ、あの人。

 ふと、玲子さんの左腕が私の右腕に触れたのにびっくりしてそちらを向くと、玲子さんの唇が耳元に迫る。

 いや、位置関係と身長差を考えれば当たり前だけど。

 そして、囁き声。

 

「幸助さんは、数学オリンピックで金メダルを取った天才なの。

 砲丸投げでインターハイに出場したり、得意分野では世界レベル、それ以外は全国レベルの、才能と努力の人なのよ」

 

 それを、収穫するように手に入れようとするお父様は気に入らないのです。

 その言葉は、震えて、掠れて、でも、唇と表情から読み取れた。

 

 私は、嘘を突き通す。

 この人が、嘘つき王子様が、震えている。

 それが、許せなくて。

 何もしない私は、ダサくって。

 だから。

 右手を玲子さんの背中に回して。

 左手を玲子さんの肩にかけて。

 そっと抱きしめる。

 

「玲子さん。

 私は貴女の恋人になります。

 学生の恋愛なんてお遊びかもしれないけれど、それでも、真剣に」

 

 私は、嘘をつく。


 [終]

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