第19話 訪問者
「こ、ここだ。やっと見つけた……」
そこはジャポニの診療所『金木犀』の前。
ホームレスのような身なりをした一人の女性が、弱い力でドアをノックする。
しかし彼女はクックがドアを開けると同時に、その場に倒れてしまうのだった――。
しばらくして、その女性は綺麗なベッドの上で目を覚ます。
起き上がった彼女は、ボロボロだった服が入院患者の着る清潔な衣服に変わっており、泥だらけだった身体も綺麗に拭かれていることに気づいた。
すると、食事を持ち部屋に入って来たクックが、彼女が起きていることきに気づく。
「あら、目が覚めたのですね? お食事お持ちしましたよ」
その声に気づいた女性は、飛びつくようにお盆を奪うと、すごい勢いで食べ始めた。
「よほどお腹が空いていたみたいですね……」
クックが呆れた様子で見守る中、お盆の上の皿がすべて空になると、その女性はすぐにベッドから飛び降りる。そしてクックに向かって綺麗なジャパニーズ土下座をするのだった。
「ありがとうございます! あなた様は命の恩人でございますぅ!」
「いえ……そんな大袈裟な。でも、お礼ならジャポニさんに言ってください。本当ならあんな怪しくて汚い人が来たら騎士団に引き渡すところです。でもジャポニさんが『先に診察してから』と言うので一旦中に入れたんですから」
「申し訳ございませんですぅ!」
「も、もういいですから、頭を上げてください。私が恥ずかしいです」
そう言いながら手を差し出すクック。
その手を取りゆっくりと立ち上がった女性は、不安そうにクックに質問する。
「そ、それで、その、ジャポニさんは今、こちらにいらっしゃるのでしょうか」
「え? 下にいると思いますが……」
「あ、あの、もしかしてあなたは、ジャポニさんの恋人さんですか?!」
「えっ、私が?! ち、違いますよ。そんな訳ないです! 私はここで働いている者です」
「で、では、ジャポニさんはご結婚されてますか?」
「いえ、してないですが……。ちょ、ちょっと、いったいなんですか?」
「好きな人がいるとか、お付き合いしている人がいるとか……」
「知りませんよ! でもこの診療所を開いてからは蟻のように休まずずっと働いていますし、患者さん以外の人と会っているのは見たことがないですから、そういう人はいないと思いますが……。そんなのご本人に直接聞いてください」
「そ、そ、それなら、あ、会わせていただけないでしゅか!」
その女性はよほどジャポニに会いたかったのか、興奮で噛みながらクックにお願いする。
「……えっとぉ。診察のお時間はもう終わっていまして――」
「診察ではありません。ジャポニさんに用があって参りました」
「まあ、今の話の流れだとそうでしょうね……。お知り合いですか?」
「た、たぶん、そうです!」
「たぶん? まあ、いいです……。それでは、こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます! あ、ちょっと待ってください!」
「はい? なにか?」
「どこかに、鏡……はないでしょうか」
「鏡? ああ、ここにありますよ」
するとその女性は、渡された手鏡を見ながら自身の髪をとかした後、何度も笑顔をチェックする。そしてクックに顔を向け確認した。
「私、変な顔していませんか?」
「あなたは変な人ですが、変な顔ではないですよ。それに、お顔は……綺麗だと思いますが」
「ありがとうございます!」
そして元気を取り戻した彼女は、一階にあるジャポニの部屋へと案内されるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すみません。ジャポニさん、いますかぁ?」
「いるよぉ、クック。どうぞ入って」
「お忙しいところすみませんが、彼女がジャポニさんにお話しがあるそうで」
ジャポニは机でカルテを整理しているところだったが、手を止めて顔を上げる。
そして、クックの後ろに立つ女性に気づいた。
「ああ、玄関で倒れていた人ですね。よかった。元気そうで――。え? あ、あれ?」
突然言葉に詰まるジャポニ。
なぜならそれは、突如その女性がぽろぽろと涙をこぼし始めたからだ。
「私は、レンカ・クリスです。やっと、お会いできました……」
「クリスさん……ですか」
「はい。クリスです。この名前に、聞き覚えは無いですか?」
「えっとぉ、以前に診察しましたか? 患者さんの名前は忘れない方なんですが……。レンカ・クリスさん……。レンカ……。クリス……。クリス・レンカ?」
「私の名前をご存じですね?! ジャポニさんは、やはり先生でした!」
「君は、もしかして医学生の……」
「そうです! 栗栖恋花です!」
なぜ彼女がここにいる――ジャポニはあまりの衝撃で、その後の数分間なにを話したのか覚えていない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジャポニは心を落ち着かせた後、誰にも話を聞かれないようレンカを外へ連れ出した。
そしてオープンカフェのようなところに入り、席につく二人。
困惑した顔をするジャポニとは対照的に、レンカはずっと笑顔でジュースを飲んでいる。
「えっとぉ、なにから聞いたらよいのやら……」
「その前に、天海先生」
「い、いや、ここではジャポニと呼んでくれないか」
「あ、すみません。ジャポニ先生」
「いやいや、『先生』もいらないから」
「はい、ジャポニさん。その……最初に嫌なことをお聞きするかもしれないのですが。でも、まずこれを確認しないと始まりませんので」
「えっと……。な、なにかな?」
「この世界で、奥様……美琴さんとは出会えたのでしょうか」
「えっ?! 美琴さんとはまだ出会えてないけど、どうしてそのことを――いや、誰に聞いたのか想像はつくけど……」
「まだでしたか……。私、お二人が出会われていたなら、すぐに姿を消すつもりでした。でもお会いできてないなら、このままお話を続けさせてください」
「あ、ああ。こちらからも是非頼むよ。君がここにいる理由が全く見当つかないんだ」
「単刀直入に言います。私、先生を追いかけてきました!」
「……え?」
「すみません、すみません! 気持ち悪いですか? ストーカーみたいですよね! でも、違いますよ! 私はそんなしつこく迫ったりとか、隠れて写真撮ったりとかしませんし、まずは話を聞いてください! 是非、お願いします!」
「わ、わかったから、落ち着いて……順を追って話してくれるかな」
レンカはジュースを飲んで一息ついた後、ゆっくりと話し始める。
「先生が病院を辞められた後の話なのですが、私は病院で失敗ばかりでした。患者さんが命を落とすまではなかったのですが、危ないミスも何度かありまして……それで、一年ほどして鬱になってしまいました」
「そうだったのか……。大変だったんだね」
「そんな……。先生に比べたら私の悩みなどたいしたことはないです。でも、私は医者に向いてなかったみたいで。その後、鬱もひどくなって毎日死にたいと思うようになって、病院も辞めました。でも死ぬかどうかは先生のお顔を見て決めようと思いまして。それで、ご自宅に行ったんです」
「僕の家に?」
「はい。しかし先生と奥様はいらっしゃらなくて、サジという人が住んでいたのです」
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