第20話 愛する人のため

「僕の家にサジが住んでいた?」

「はい。ご夫婦で住んでいました」

「なるほど。こっちに来るとき、あの家は彼に譲ったからね。売らずに住んでいたのか」

「それで先生のことをご存じか、サジさんに聞いてみました。最初はなにも言わなかったのですが、どうも様子がおかしいと思ったんです。もしかしてお二人はなにかの事件に巻き込まれたのではないかと」

「どうしておかしいと思ったの?」

「その家は先生から直接譲ってもらったと言ったのですが、先生と知り合った経緯もあやふやだし、先生の連絡先は知らないと言うし、売買契約書も無いと言うし……。おかしいことだらけでした」

「ははは。いろいろ聞いたんだね」

「だから脅して――いえ、私の状況を話したら、先生と奥様が転生されたことを教えてくれたのです」

「そ、そうか……。それで君も、サジの魔法で転生して来たということか」

「そうなんです」

「誰に転生するか、どんな世界かもわからないのに、なんでそんな危険な賭けを……」

「それは先生と同じ理由だと思います」

「……僕と同じ?」

「愛する人のため、ですよね。私も同じです。愛する人のため、この転生に賭けてみようと思ったんです!」

「愛する人のため……」

「はい! 先生がもし奥様と出会えてなかったら、私にもワンチャンあるかなって!」

「ワンチャン?!」

「でも、先生と奥様は奇跡の出会いを果たして欲しい。これは私の正直な気持ちでした。本当ですよ。でも先生が奥様と出会えないとわかった今、次に先生を支えるのは私でありたい。それも私の正直な気持ちです。先生の不幸を望むなんて嫌な女かと思います。でも私は転生の話を聞いたとき、絶対先生を見つけられるって思いました。奥様よりも早く見つけるんだって。私は……先生を……愛する思いでは……誰にも負けない……」

 我慢できず泣き出すレンカに、ジャポニはそっとハンカチを差し出した。


「どこに転生したの?」

「目が覚めたらストロニア王国にいました」

「ストロニアって、たしか馬でも半月はかかるとこ?! そこからずっと探してたのかい?」

「はい……。もう、めちゃくちゃ探しました。ずっとなにも手掛かりないまま旅を続けていたのですが、少し前に診療所『金木犀』のことを聞いたんです。先生の家に金木犀が植えてあったのは覚えていましたし、医者という言葉を聞きましたので先生に間違いないと思いました」

「そうか……。それで、あんなボロボロになって倒れるまで探してくれたんだね」

「すみません。あんな格好で驚かせてしまいまして。あははは……」

「でも、君はすごい人だな……。逆に僕は今、自分を責めてるよ。本当は君くらい美琴さんを探すべきだったかもしれない。でも医者の仕事を優先してしまっている」

「でも医者の噂が広まれば、私のように奥様の耳にも届くかもしれない。そう考えてのことですよね。金木犀って名前を付けたのも、そのためだとわかります。私みたいに計画もなく探すよりは、とても効率いいし……さすがは先生です!」

「ははは。逆に励まされちゃったな。ありがとう」

「いえ……」


 そして少しの沈黙の後、ジャポニが先に口を開く。

「クリスさん、本当にありがとう。僕のためなんかに元の世界を捨てて……ここまでしてくれて。君がとても真剣に考えて行動してくれたから、僕もちゃんと君に答えるべきだと思う」

「は、はい」

「でもごめん、クリスさん。僕はこれからも美琴さんを探し続けるよ。この仕事をもっと世界に広めていって、美琴さんに気づいてもらえるまで諦めないつもりだ。だから……。だから申し訳ないが君の期待には応えられない――」

「それでも構いません!」

「クリスさん……」


「先生にご迷惑はかけません! もし奥様と出会えて、またお二人が結ばれるというなら、私はすぐに先生の前から消えます! それに、必要なら先生が奥様を探すのもお手伝いできます! だから……。だから今は先生のおそばにいさせてください!」

「そんな悲しいこと、僕は君にさせられないよ」

「私はそれでもいいんです! お願いします! 先生のおそばにいられるのなら、他にはなにもいりません! なんでもお手伝いしますから、お願いします!」

 涙をこぼしながら頭を下げるレンカ。

「わかった。でも、少し考えさせてもらっていいかな。とりあえず答えが出るまで、うちの空いてる部屋使っていいからね」

「あ、ありがとうございます! 天海先生!」

「それと、『天海先生』はやめようね。この世界では変だから。とても変だから」

「わかりました、頑張ってみます! それではジャポニ先生も、私のことは『レンカ』と呼んでくださいね!」

 レンカはとても嬉しそうな笑顔で、そう答えた。


「それじゃ、レンカさん。もう一つ……」

「はい!」


「今の僕は……女だからね」


「ですよねぇ~!」

 レンカはそれに気づいていたようで、どんより曇った顔でそう答える。

 そのとき二人がいるカフェに、クックが慌てた様子で駆け込んできた。

「ジャポニさん、ここにいましたか!」

「クック、どうしたの?」


「急患です! 王女様が大変です!」

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