第18話 特注品
勇者ケンセイの教官ぶりは、騎士団で評判となっていた。
魔王は倒したとしてもまだ終戦とはなっておらず、また、他国からの侵攻もありえない話ではない。そのような状況で騎士団も気を抜く訳にはいかず、日々の訓練が重要だと考えられていた。そんなときに現れたケンセイ教官。彼がもたらした鬼のような指導方法と日本の剣術は、若い剣士の底上げに非常に貢献したのだった。
最初は教官になることを渋っていたケンセイであったが、多くの騎士や民衆と触れ合うことで、その人々を守ることの使命感に目覚めてきたようだ。
元が市民を守る警察官であった彼にとって、そうなることは必然だったのだろう――。
「どうですかい? 旦那」
「これは見事だ。見た目は全く問題ない」
そこはキトの町にある鍛冶屋。
ケンセイは発注していた剣を受け取り、その出来に満足している。
すると、お忍びで同行していたカトレア殿下が不思議そうに声をかける。
「剣なら騎士団に専用の技師がおりますし、名剣もたくさんございますのに。どうしてわざわざ、こんな町の小さな鍛冶屋まで?」
「おいおい、お嬢ちゃん。それはちょっと聞き捨てならねぇな! うちは小さな鍛冶屋だが、鉄を叩くことでは誰にも負けねぇ! この旦那のやっかいな……い、いや、高度な注文も、うちだからできたんだ。わかったかい、お嬢ちゃん!」
「わたくしはお嬢ちゃんではありません! 近々このお方の妻となるものですわ!」
「なんでぇ。旦那の連れ合いかい? えれぇ若ぇから娘さんか、妹さんかと思ったよ」
するとケンセイは、腕を組んでくるカトレア殿下を無理矢理に引き剥がした。
「カトレア、嘘を言うな。婚約は正式に断ったはずだろう」
「そのお断りを、わたくしは正式にお受けしておりません!」
「断った理由も……説明したはずだ」
「その件は、わたくしの愛でなんとかいたしますわ。それでも断るということなら……主従契約魔法『束縛光輪』です」
カトレア殿下が祈るように両手を組むと、ケンセイの頭に光の輪が現れ強く締め付ける。
「いたたたたた! そ、それは止めろ! なんて魔法を使うんだ! 地味に痛い!」
「ふふふ。冗談ですよ、ケンセイ様」
「冗談になっていない! 頭に輪って、私は孫悟空か……。まったく……。今日はついてこなくてよいと言ったはずだが……」
その二人のやり取りを聞いた鍛冶屋が、恐る恐る確認する。
「あのよぉ。今『カトレア』って呼んだけど、まさかカトレア殿下……じゃないよなぁ?」
「はい、そうですよ。わたくしはアルタイル家が皇女、カトレア・アルタイルです」
「で、殿下ぁぁぁぁ?!」
「ここへ来たことはご内密に……。ちなみにこちらは、勇者ケンセイ様です」
「こ、こっちがあの勇者様ぁ?!」
「そんなことより、試し切りはできるか?」
「こ、こ、こ、こちらへどうぞ!」
緊張した様子の鍛冶屋に裏庭へと案内される二人。
するとそこには、剣を試すための細い木が何本か地面に埋め込まれてあった。
「し、しかし、旦那。それは変わった剣だねぇ。騎士様が使う剣より細くて軽いし、刃は片側だけで包丁以上に薄く研いだし、それに長いのと短いの二本って……。こんな注文初めてだ」
「これは『刀』と呼ばれる武器だ。騎士が使っている剣は『切る』というより『叩く』に近いが、刀は軽い分、速く振れてよく切れる。切られた本人が気づかないほどになっ!」
ケンセイはそう言いながら目で追えないスピードで剣を振り、鞘に納めた。
「うむ。合格だ。いただいて帰ろう」
「あれ? 試し切りはしないので?」
「いや、もう終わったよ」
「え? だって、どこも切れてない――」
鍛冶屋が確認しようと一歩進んだとき、目の前の木が斜めに切断されて崩れ落ちる。
「今切っていたのかい?! 全く見えなかった! これが勇者!」
「さすがはケンセイ様、天下無双です」
「代金は帝国に請求してくれ」
「ま、まいどあり。それにしても最近は聞いたことが無い特注が多いな。この前は……なんだっけ、確か『メス』っていう小さいナイフみたいなのも作ったしなぁ」
その言葉と同時に、帰ろうとしていたケンセイの足がピタリと止まる。
「今……なんと言った?」
「え? 特注が多いって話かい?」
「い、いや、その後だ」
「ん? メスのことか?」
「それは……。なにに使うものだと言っていた?」
「いや、なにに使うかはよくわからなかったなぁ。ジャポニ様からの発注だったからねぇ。医者の仕事で使うんじゃねぇか」
「医者?」
「ああ、医者だよ」
「カトレア。この国には医者はいないと言っていたように思うが」
「……イシャ? そんなお話されましたか? わたくしはイシャというものを存じませんが」
「なんでぇ。殿下は医者を知らねぇんですかい? ヒールで治らない病気とか怪我を、賢者のジャポニ様が魔法使って治すんですよ。目が見なくなった人も治ったりしてね。ありゃぁ、間違いなく神様の生まれ変わりだ。素晴らしいお方だぁ」
「そ、その医者はどこにいる?!」
「ど、どうしたんでぇ、旦那。そんな必死な顔で――」
「いいから、早く教えてくれ!」
「ま、町にある『金木犀』っていう名の診療所ってところにいるさ。みんな知っているから誰に聞いてもすぐわかるよ」
「見つけた……」
ケンセイは、このジャポニという名の医者が壮太だと確信する。
――金木犀という名前、そしてこの世界にはいないはずの医者。
これは壮ちゃんから私へのメッセージに違いない。
すべての事実が、彼はそこにいることを示している。
会いたい。今すぐに会って確かめたい。
しかし会ってどうする……。会ってなんと言えばいいのだ。
もう彼に愛してもらえるはずがない。この姿で会っても、彼を苦しめるだけだ。
私は男になってしまったのだから――。
「あ、あの、ケンセイ様……?」
混乱しているケンセイを見て、心配そうに手を差し伸べようとするカトレア殿下。
そのとき、上空で大きな影が動く。
ケンセイたちが見上げると、それは空を飛ぶ一匹の大きな魔獣だった。
「おいおい! なんでこんな町中まで翼竜が来るんだ! 人を襲いに来たのか?!」
翼竜の翼が巻き起こす暴風の中、鍛冶屋は慌てて近くにあった槍を手に取るが、カトレア殿下がそれを制止する。
「あれは帝国軍が保有する翼竜です! 軍旗がついていますわ!」
「ああ、確かに。騎士さんが乗ってますな!」
その翼竜は彼らの上空を少し旋回した後、そのまま裏庭へと降り立った。
そして翼竜が頭を下げると、上から一人の騎士が叫びながら飛び降りてきた。
「カトレア殿下! 勇者様!」
「どうされましたか?! こんな町中に」
「急を要しましたので申し訳ございません! 私は青の騎士団所属、メロード少佐です! ロイド将軍からお二人に伝令で参りました!」
「将軍から我々に? お願いします」
「はっ! 帝国東国境、ロック山脈付近で大規模な魔族侵攻がありまして、帝国軍他、青と紅の騎士団を中心に対峙しております」
「魔族の大規模な侵攻?!」
「はっ! しかしながら、魔族は帝国代表者との交渉を望んでいる模様です!」
「帝国代表者との交渉? ケンセイ様、どう思われますか?」
「そうだな。カトレアは馬車で王宮に戻ってくれ。皇帝と話をした方がいい。万が一のために避難する準備も必要だろう。私は先に彼と一緒に国境へ向かうよ」
「わかりました。こちらはお任せください。ご武運を!」
ケンセイは、すぐにでもジャポニと名乗る医者のところへ向かいたいところだったが、その気持ちを押し殺し騎士とともに翼竜の上へと飛び乗るのであった。
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