第16話 光魔法
ジャポニとアメリがクックの家を訪問すると、クックの両親に快く出迎えられる。
そしてアメリとクックの父ジルマーが思い出話に花を咲かせている中、ジャポニは母親のエルに声をかけられた。
「あなたがジャポニさんね。町はお祭りムードだっていう中、来てくれてありがとう」
「え? なにかあったんですか?」
「あら、知らなかったのかしら? 昨日、帝国軍が魔王を倒したこと」
「そうだったんですか?!」
「ええ、そうよ。勇者様が現れたらしいわ。これで終戦になるかもって、大騒ぎよ」
「それは、嬉しい知らせですね」
「それで……もう一つの嬉しい知らせのことだけど、母の病気が治せるっていうのは本当?」
すると、クックが慌てた様子で母を制止する。
「母さん、昨日話したでしょ! 治せるかはわからないけど一度診てもらうだけだって!」
「ああ、そうだったわね……。ごめんなさいね、ジャポニさん」
「い、いえ。期待されるお気持ちはわかりますから。では一度、フレアさんの状態を診させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん大歓迎よ。でも、今まで誰の治癒魔法でも治らなくてね。難しいとは思うけど、お願いできるかしら。こちらへどうぞ」
ジャポニは一階で寝たきりになっているクックの祖母フレアの部屋へ案内される。
無理に身体を起こし挨拶しようとするフレアだったが、ジャポニはそれを制止し、すぐに診察を開始した。なぜなら、彼女が衰弱していることは一目でわかるほどだったからだ。
祖母は六十歳と聞いていたが八十歳と言われてもおかしくないほど老けて見えたのだ。
皆が黙って見守る中、目や口の中、身体のいたるところを入念に診察するジャポニ。
そして最後にフレアに確認する。
「フレアさん。お酒は好きですか?」
フレアは声が出せないため、筆談でその質問に答える。
――お酒は大好きですよ――
笑顔でそう書いた紙を見せるフレアだが、この時点でジャポニは喉頭癌を疑っていた。
彼女がお酒好きであることや見た目と症状などから、そうである確率がかなり高い。
それもかなり進行している癌とみられたのだ。
しかしそれは、サジが魔法では治せないと言った癌。ましてやここは医療器具や薬が無い世界……。自分に癌が治せるとは到底考えられない状況だった。
癌のことはなにも伝えず、治療を断念しようかと思ったそのとき……美琴の優しい顔が頭に浮かぶ。
それは彼女が癌だと判り医者を辞めると告げたときの彼女の顔だ。
優しいがどこか寂しそうだったあの笑顔。
そして『ありがとう』と小さな声で言ったのを思い出す。
――そうか……。僕はあのときすべてから逃げ出したんだ。
癌だと聞いたとき、医者として立ち向かうことをせず逃げてしまった。
僕が医者を辞めるといった時、彼女はなにも言わずに受け入れてくれたけど、本当は責任を感じて辛い思いをしていたんだと思う。それに今気づくなんて、僕は情けない男だ。
でも、もう逃げない。僕はやっぱり医者でありたい。それが僕のやるべきことなんだ。
僕はこの世界で、もう一度医者になる。
そしていつか、胸を張ってもう一度美琴さんに会うよ――。
胸が熱くなり目に力が戻るジャポニ。
すると、クックから心配そうに声をかけられる。
「あの……ジャポニさん、大丈夫ですか? 私が無理にお願いしたことですので、治療が難しいなら結構ですので……」
「クックは『癌』って病気、知ってる?」
「ガン? い、いえ知りませんが……」
「そうか。医者がいない世界なら当然、癌も知らないか……。初期なら治る場合もあるのに、多くの人が苦しんでいるんだろうな……」
フレアの病状が気になり涙目になるクックを見て、自分に言い聞かすように答えるジャポニ。
「絶対に治してみせる」
「え?」
「僕に任せろ」
「ジャポニさん。ありがとう……」
ジャポニはラビの白内障を治療したときのように、自身が持つ知識とイメージをフル活用したヒールを試そうと考える。そしてフレアの喉元に手の平を当てた。
しかしそのとき、なぜか聞いたことがない詠唱文が頭に浮かぶ。
それは、美琴が闇魔法を発動したときの同様の、無意識なものであった。
――我は請願する。
闇の中の光、その光の中、光塊が導くその先。
不変のことわりがその力を証明し、そのすべてを開き解き放つ。
その力、我がジャポニ・クルソーの名において執行する。
エクスレイ・スクリーン――。
ジャポニがそう呟くと、彼の頭の中にはCT撮影したかのような体内の映像が浮かび上がってくる。
これがサジの言っていた、転生で付与された能力なのだろうか――ジャポニはそんなことを考えながら、いろいろな場所、角度でその映像をチェックし、癌と疑わしき腫瘍が見つかる度、ヒールで再生していく。また、癌が転移していることも考え、全身くまなく慎重に何度も何度もスクリーンとヒールを繰り返すジャポニ。
そして、一時間ほどかけてすべての治療が完了した――。
「ふぅ……。終わりました。どうですか、フレアさん。声は出せますか?」
その言葉でゆっくりと上半身を起こすフレア。
「っ……あぁ……。こ、声が……」
そして彼女の目からは涙がこぼれ落ちるのだった。
「か、母さん……。話せるのか?!」
「お母さん、声が……。声が出てるわ!」
「おお……話せるよ。ジルマー、エルさん……。クックも……。声が出るよ!」
「おばあちゃん!」
それは、医者がいないこの世界では考えられないことであった。ヒールがあるが故、医療技術が進歩しなかったこの世界で、ジャポニは初めて癌の治療をしたのだ。
「ジャポニさん……だったかねぇ」
皆が驚嘆し感動する中、フレアはジャポニに声をかけた。
「たしか……古き言い伝えに『すべての闇を滅失する光、その光は賢者にのみ顕現す――』という言葉がある。ジャポニさん、あなたは賢者様だったのじゃな……」
「……賢者様?」
「今、あなたが使ったのは光魔法。それは神の使いとされる賢者様のみに許される魔法じゃ」
「あははは。そんなの大袈裟ですよ。僕はただの医者です」
「イシャ? イシャとはなんじゃ?」
「医者っていういのは……治癒魔法で治せない病気を治す仕事、みたいなものです。光魔法っていうのはよくわからないですが、医者は神の使いなんて神々しいものではなくて、医学を勉強して人の病に向き合う、そんな仕事ですよ」
「そうなんだよ、おばあちゃん! ジャポニさんはね、そのイガクっていう学問をいっぱい勉強してきてから、治せたんだよ! 私の言った通りだったでしょ!」
「本当だったねぇ、クック。おばあちゃん、長く生きてきたけど初めて聞いた言葉じゃよ。本当にすごいお嬢さんじゃ」
「ジャポニ、あんた記憶が無いのにどうしてそんなことが……」
母アメリに不思議そうに耳元でそう囁かれ、焦るジャポニ。
「ど、どうしてかなぁ……。不思議なんだけど、なぜか昔勉強した医学のことは記憶が残っていてね、勝手に身体が動くんだ。それで相談なんだけど……この医者っていう仕事をこの町でやってみたくてね。でも、それには患者さんを診察するための診療所が必要なんだ。お金が貯まるまで、家の一階を貸して欲しいんだけど……なんて、駄目かな」
「あら、そんなの全然構わないわよ! あの家は二人で住むには広すぎるし、あなたが家で仕事してくれるならお母さん大歓迎! お母さんも手伝います」
すると、それを横で聞いていたクックの父ジルマーが、ジャポニの肩をバンッと叩いた。
「それならうちに任せてくれよ! 仕事場を造るんだろ? 改装工事が今日のお代の代わりってことでどうだい?」
「本当ですか? それは助かります! それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ついでにと言いますか、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「おう、なんでも遠慮なく言ってくれい!」
「山で金木犀の木を見つけたんですが、それを数本、家の庭に植え変えて欲しいんです」
「金木犀を? どうしてだい?」
「そうですね……。メッセージみたいなものかな。大切な人に届けたいメッセージ……」
ジャポニは微笑んでそう答えた。
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