第15話 勘違い

 その日の夜。クックの案内で、ジャポニは無事に実家がある町へとたどり着くことができた。

 その町の名前は『キト』。石造りの家や道が続く中世ヨーロッパのような町並みで、少し先には帝国の王宮が見えている。

 そんなキトは、王宮へ行き来する多くの人々で賑わう城下町であった。

 人通りが多い商店街を抜け、少し離れた住宅街にある立派な二階建ての家。

 そこがジャポニの実家であった――。


「た、ただいまぁ……」

 ジャポニは鍵がかかっていない扉を開け、緊張した様子で声を出した。

 すると奥から、それに気づいた女性の声がする。

「え?! ジャポニ? ジャポニなのかい?!」

 驚いた声がしたかと思うと、すぐにドタバタと二階から降りてきたのは、彼女の母親であるアメリだった。

 ジャポニは、涙目のアメリに強く抱きしめられる。これはまさに感動の再会――であるはずなのだが、その母の溺愛ぶりに呆れているジャポニとクック。

 なぜなら、実家があるこの町は、ジャポニが一人住んでいた山小屋から歩いて三十分ほどの場所で、心配で手紙を出すほどの距離でもなかったからだ。

 そんな母アメリ――彼女は大柄な身体に割烹着のようなものを着ているが、見た目は四十歳くらいとまだ若い。少し太り気味の体型ではあるが、美しい女性であった――。


「か、母さん、久しぶりぃ……だね」

「そうだねぇ。お母さん、寂しかったよぉ」

「い、いや、まだ一週間くらいしか経ってない……っていうか、ちょっと離れましょうか」

「突然、家を出て独り立ちするなんて言い出すから。お母さんのこと嫌いになったのかと思って……。お父さんも死んじゃって、お前も出て行って、お母さん一人で寂しかったんだからね」

「そ、それは……ごめんなさい。それで、見ている人がいるので、ちょっと離れてください」

「どこで誰が見てるっていうのさ……。え? そちらの子は……」

 アメリは後ろに立つ少女に気づき、ようやくジャポニを解放する。


「彼女はクックさんと言ってね。郵便屋さんだけど、親切にここまで案内してくれたんだ。他にもいろいろお世話になって……」

「あら、そうだったの? クックちゃん、ありがとうね。ジャポニがお世話になって。でも……家に帰るのにどうして案内がいるの?」

「それは――」

 その後クックにも同席してもらい、ジャポニはこれまでの経緯を母に説明する。

 転生者であることは伏せたままで、家で倒れて記憶喪失になっていたところをクックに助けてもらったと説明したのだ。

 ジャポニの記憶が無いことにショックを受けたアメリだったが、命が無事だったことに安堵して涙を流すのだった――。


「それでね、お母さん。今言ったように山で魔獣の目を治したんだけど、しばらく様子を見たいから家で飼ってもいいかなぁ」

「ま、魔獣を家で飼うって?! それって、あなたが家に帰ってくるってこと?!」

「そ、そっち? あの……実はそうなんだ。記憶が無い子供と一緒に暮らすのは嫌かもしれないけど、できればこの家に――」

「こら!」

「え?」

「記憶があっても無くても、あなたは私の子です! そんなこと言ってはいけません!」

「ご、ごめん……」

「ここはあなたの家。記憶なんて関係無いし、あなたが健康で幸せであればそれでいい。記憶や思い出はこれから作っていけばいいのよ」

「そうだね。お母さん……ありがとう」

 ジャポニは転生前の壮太だった頃、早くに母親を亡くしていた。そのためか、久しぶりに体感した母親の愛情に、涙がこぼれそうになるのだった。 


「それで、その魔獣って山小屋に置いてきたの?」

「い、いや、実はここに……」

 ジャポニがそう言ってクックの方を見ると、クックは郵便配達用の鞄を開けて見せた。

 すると、魔獣がひょっこりと顔を出す。

「あら、かわいい! でも、この子はラビルじゃないの?」

「そうだよ。『ラビ』って名前にしたんだ」

「ラビルだから『ラビ』なの?」

 その言葉に、冷たく突っ込みをいれるクック。

「そのようです。ジャポニさんのネーミングセンスには驚きました」

「クックは相変わらず、手厳しいな……」


「でもラビルが人になつくなんて珍しいわねぇ。まあ、魔獣を家で飼っている人は他にもいることだし、大きな声で鳴いたり人を傷つけたりしないのなら、家で飼ってもいいでしょう」

「じゃあ、ラビは大丈夫だよ。しばらくは、なるべく僕がそばにいるようにするし」

 するとジャポニは、突如真面目な表情に変わるアメリに気づいた。


「え……。ど、どうしたの? お母さん。僕、なにかまずいこと言った?」

「ほら、やっぱり! 今また、『僕』って言ったでしょ!」

「え? ああ、そうだね。僕……って言ったけど。やっぱ、おかしいかな?」

「おかしいでしょう。女の子が『僕』だなんて」


《ぶぅーーーーっ!》


 飲みかけのお茶を激しく噴き出すクック。

「な、な、なんだよ、クック! どうしたの?!」

「えぇぇぇぇ?! ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「なになに?! なんのこと?!」

「いやいやいやいやいやいや、そうなんですか?!」

「だから、なにが?」

「ジャポニさんは、女?!」


「ええ?! そうだよ。僕は女だよ?」


 壮太が転生したジャポニは女の子。

 しかしクックは、ジャポニが男の子だと勘違いしていたのだ。


「そ、そうか……。僕を男だと思って……」

「やっぱり! そうだったのですね! 髪は長目だし、お顔もとてもかわいらしいから、昨日まではずっと女の子だと思ってたんです。でも実際お話ししてみたら、口調も仕草も男っぽかったから、実は男の子だったのかと思ってたんですよ!」

「そ、そうだったのか……」

「そう! それそれ! 『そ、そうだったのか……』なんて、話し方する女の子いませんし!」

「そ、それは……。記憶なくしたのが原因かもしれないけど、なぜかこの感じが自然だったんだ。ごめん、クック。勘違いさせちゃって」

「い、いえ……。私も取り乱してすみません。私が勝手に勘違いしていただけですから……」

 残念そうな顔でそう言うクックを見て、ジャポニは少し申し訳ない気持ちとなった。

 すると、空気が読めない母アメリの余計な突っ込みが入る。


「……あら? あれあれぇ? クックちゃん。もしかしてぇ?」

「な、なんでしょうか……」

「もしかしてクックちゃん、ジャポニのこと異性として気にいってくれてたのかしら?」

「え?! ち、違います! そ、そういうわけではありません!」

「お母さん、駄目だよ、冗談でもそんなこと言っちゃ……」

 顔を真っ赤にして目を反らすクックを見て、慌ててフォローするジャポニ。


「そ、そうね。ちょっと冗談が過ぎたわ。ごめんなさいね。クックちゃん。お母さん反省」

「い、いえ、大丈夫です……。それよりジャポニさん。私の祖母の話を……」

「ああ、そうだね。それで、お母さん……話は変わるんだけど、クックのお婆さんが病気みたいでね。僕の治癒魔法で治せるか診てあげたいから、明日ちょっと行ってきていいかな」

「ジャポニの治癒魔法で? お母さんには難しいことはよくわからないし、人助けは良いことだけど、またしばらく帰らないの? それだとお母さん困っちゃうわ」


「アメリさん、それは大丈夫です。私の家は、西通りにある建築屋ですので」

「あらっ。クックちゃんって、もしかしてミレイさんところの?」

「そうです。ちゃんとご挨拶できずにすみません。私はクック・ミレイと言います」

「あら、そうだったのぉ。実はこの家もミレイさんところに建ててもらったのよ。じゃあ、お婆さんというのはフレアさんのことね。それじゃ、お母さんも行っていいかしら。昔お世話になっているし。ラビちゃんはお留守番ね」

「キュー?」

 机の上の果物をおいしそうに食べるラビを残し、翌朝二人はクックの家へ出向くのだった。

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