第14話 初めての治療

 ここはジャポニが住む小屋の中。

 その日の夕方、約束通りクックはやって来る。それはジャポニの母親から届いた手紙を見て、その住所までの道程を教えてくれるという約束だった。


「簡単な地図を書きましたが、本当にお一人で帰れそうですか? ジャポニさん」

「そうだね。不安だけど、なんとか一人で頑張って行ってみるよ」

「わかりました。ただし、気をつけてくださいね。この山にはたまに――」

 このときジャポニは、クックが窓の外に気配を感じ言葉を止めたと気づく。

「……? クック、どうかした――」

「しっ!」

 クックに服を引っ張られ頭を下げるように指示されるジャポニ。しかし窓の外が気になりふと目を向けてしまう。そして、少し離れた茂みから顔を出す生物と目が合ってしまった。


「あ、あれは、ウサギ……じゃないよね?!」

「違います。あれは魔獣の『ラビル』ですよ。外に見えたのは一匹だけですが、普通は数十匹の群れで行動しますからね。たまに村に出てくることがある低位の魔獣ですが集団に囲まれでもしたら、ちょっとまずいです」

 そのウサギに似た魔獣は、目は蒼く口には大きな牙が生えており、そして頭には二十センチほどはある鋭い角が一本生えていた。


「まずいな。今、目が合ったように思えたけど……。クックは魔獣を倒す魔法とかは使えないの? なんとかボンバーみたいな」

「なんですか、ボンバーって……。私は使えませんよ。平民には戦闘魔法は禁忌とされていますから。もし使ったことがばれたら監獄行きです」

「それは、使おうと思ったら使えるけど、ということかい?」

「いえ、そもそも私は戦闘魔法の詠唱文を知りません。平民はそれを習うことも禁じられていますので」

「魔法って詠唱がいるんだ」

「そうです。ヒールのような無属性と言われる治癒魔法やランプを点けた生活魔法などは詠唱はいりませんが、火・水・土・風の四属性を基本とした戦闘魔法は、精霊の力を借りるために古代より伝わる詠唱が必要で……って、今はそんなこと説明している場合じゃないですよ!」

「そ、そうだった!」


「とりあえず今はこのまま静かにして、どこかに行ってくれるのを待ちましょうか」

「でも……あの魔獣、なんか弱っているように見えるけど。怪我しているんじゃないかな」

 二人は窓から少しだけ顔を出して、魔獣の様子をもう一度確認した。


「そう言われれば、確かに足を引きずっているように見えますが、この距離でよく気づきましたね……。もしかすると、別の魔獣に襲われたのかもしれません。棒で殴って一気にしとめますか! そして焼いて食べますか! 火の魔法教えますよ!」

「火の属性は使えないって言わなかった?!」

「料理のための生活魔法は使っても大丈夫なんですよ」

「いや、そうだとしてもちょっと待ってよ。殺すのは可哀想だよ」

「可哀想? 魔獣を殺すのが可哀想だなんて……。ジャポニさんは変わった人です」

「でもよく見てよ。あれってウサギみたいで、ちょっとかわいくない? なんだか憎めない感じなんだよなぁ。僕やっぱり、ちょっと見てくるよ。草食なんじゃないかな」

「えっ、ちょっと! ジャポニさん! ラビルはゴリゴリの肉食ですよ!」

 クックが止めるのも聞かずに小屋の外へと出て行くジャポニ。

 そして、ゆっくりとその魔獣に近づいていく。

 すると魔獣は毛を逆立てて威嚇し、『フーッ!』唸り声を上げながら、前足を強く地面へ叩きつけ大きな音を出してきた。

「よしよし、大丈夫だから。さぁ、怪我を見せてごらん」

 ジャポニは冷や汗をかきながらも優しく慎重に声をかけ続け、なんとか一メートルほどの距離まで近づくことに成功する――がしかし、魔獣は突然片足でジャンプし、襲いかかってきた。

 その瞬間、なぜかジャポニは飼っていた子犬のことを想いだし咄嗟に名前を叫んだ。


「ベル!」


 それまで茫然と見ていたクックだったが、その声ではっと我に返る。

 同時に、魔獣をお腹で受け止めながら倒れ込むジャポニが目に映った。

 クックは怖がりながらも彼を助けようと、横に落ちていた木の棒を拾い魔獣に向かって振り上げる――が、彼女はその手を振り下ろすことはできなかった。

 なぜならその魔獣は、嬉しそうにジャポニの顔をペロペロと舐めていたからだ。


「ま、まさか……。ラビルがなついてる!」

「ほらね。大丈夫だっただろ?」

「い、いや、しかし、仲間意識が強いラビルが人になつくなんて話、聞いたことがないですよ! ジャポニさん、すごいですね……」

「いや実は、こいつが向かってきた時に昔飼っていた子犬の名前を思い出してね。咄嗟に呼んだらなついてきて……って、お前まさか……ベルか?」

『キューキュー』

 その魔獣は嬉しそうに鳴いているが当然言葉はわからない。

「ま、そんな偶然あるわけないか……。あ、そうだ。お前怪我しているんだよね。ちょっと見せてごらん。動物は専門外なんだけど……」

 ジャポニはそう言って、引きずっていた足を触診し始める。

「なるほど……。骨折だな、これは。添え木でもしておくか」

「ソエギってなんですか?」

「添え木っていうのは骨折したときに、骨がつながるまで木をあてて固定することさ。そうすると骨が真っ直ぐつながって、治るのも早いんだよ」

「へぇ~。よくご存じですね……。しかし、そのウンチクを台無しにするようなこと言って悪いのですが、骨折ならヒールで簡単に治せますよ。ジャポニさんにもできるはずです」

「え……。そうなの? それ、早く言ってよ。ちょっと恥ずかしい……」

「でも、記憶がないのに、どうしてソエギとか知ってるんですか?」

「え、えっと、それは、今、思い出したんだ。なんか突然、頭にわいてきて」

「へぇ~。ほぉ~」

「そ、それで、そのヒールっていう魔法は無詠唱でいいんだっけ?」

 ジャポニはヒールのコツをクックに教わり魔獣に当ててみた。

 すると驚くことに、ラビルの骨はすぐにつながり歩けるようになるのだった。


「すごい……。こんなことができるなんて、感動だ! でも、あれ? ちょっと待って。お前、顔をよく見せてごらん」

 ジャポニはそう言って、魔獣の顔をつかんで観察している。

「どうかしましたか? ジャポニさん」

「なるほど……。この子は白内障だよ。おそらく片目が見えてない」

「ハクナイショウ?」

「白内障っていうのは、目の中のレンズが曇る病気でね。目が見えなくなるのさ」

 そう言いながら、目にヒールを当ててみるジャポニ。

 しかし、なぜか魔獣の目は治らなかった。


「あれ? ヒールが効かないな……。治せない病気もあるのかな」

「ヒールはすべての怪我や病気に効くわけではないですよ。それだと人はみんな不死身になって、人口が永久に増え続けてしまいますからね」

「た、確かにそうだねぇ。でも骨折は簡単に治ったのに、どうして……」

 そのとき、ジャポニはサジが言っていた言葉を思い出した。


 ――ヒールでは自分の知識にあるものや、目視できる外傷は治療できる。だが、癌のような身体の中のことはイメージが湧かんので治療できんのじゃ――。


「そうか、イメージだ……。ただ魔法を当てるだけじゃなくて、問題がある組織を明確に復元するイメージでやるってことなのかも……」

 ジャポニはそう言って、目の中の水晶体の構造を頭に浮かべながら、白内障の手術をするイメージでヒールを当ててみる。

 すると、魔獣の目の濁りは一瞬でなくなり、白内障は完治したのだった。


「なるほど、やっぱりそうか。これで目は治ったね。でもこれで本当に大丈夫なのかな。他にも悪いところかないか心配だな。こいつ、連れて行って数日経過を見てみるか……」

「ジャ、ジャ、ジャポニさん! 今、なにをしたのですか! どういうことです?! あなたいったい何者ですか?! やっぱりただの変な人ではないですよね!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて……。ヒールっておそらく、細胞を再生させる原理だろ? だから同じように濁った水晶体を再生するイメージでヒールを当てただけだよ。簡単なことさ」

「簡単って……。ジャポニさん記憶喪失なのに、どうしてそんなことができるんですか?! 本当は記憶あるんでしょう。やっぱり私に嘘ついていましたね! この嘘つき!」

「ち、違うよ! 記憶が無いのは本当さ。でも、僕は元医者で……いや、医者を目指していたみたいでね。その勉強した記憶はなぜか記憶に残っているみたい。いやぁ、目指してみるもんだなぁ、医者! あははは……」


「……イシャ? イシャってなんですか?」


「え? 医者を知らない? 医者はこの世界にはいないの?」

「初めて聞く言葉ですよ」

「そうか。医者って言うのは医学っていう病気を治す研究を元にして、病気を治療する職業のことさ。この世界で言うとそうだね。ヒールで治せない患者さんを治療する仕事かなぁ」

 すると突然、ジャポニはクックに強く両手をつかまれる。

「クック……どうしたの?!」


「ジャポニさん、お願いがあります! 私の祖母を治療してください!」

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