第13話 皇女殿下
その後もケンセイの拘束が解かれることはなかった。ただし牢屋などに監禁されるわけではなく、部屋の外の見張り付きではあったが来賓室で待機する扱いとなったようだ。
それでも納得はいかないケンセイであったが、逃げることもできずただひたすら部屋で一人待つしかない状態となる。
そのとき、彼の部屋に訪れたのはカトレア殿下であった。
カトレア・アルタイル――彼女はカリム皇帝の一人娘で第一皇女殿下である。
幼い頃に母を病気で亡くし、三人いた兄も全員魔族との戦争で失ってしまう。その後、皇帝は独り身のまま養子をとることもなかったため、結果、現在の皇位継承者は彼女一人だけとなった。その重圧もあったのか、まだ弱冠十五歳でありながら、『私の使命は皇帝である父を支えること』を信条とし、幼少期より勉学に励み飛び級にて帝国大学も主席で卒業した秀才であった。
また、黄金の長い髪、細見で容姿端麗のその姿から民からの人気も高いようだった――。
「少々お時間よろしいですか? キャ……キャステリア、ハイ……ハイエス…ハイネスト……ミロード様」
名前が書かれたメモを読むカトレア殿下を見て、ケンセイは面倒臭そうに声をかける。
「ケンセイでいいよ。皇女様」
「わかりましたケンセイ様。わたくしのことはカトレアとお呼びください。もう汗は流されましたか?」
「ああ、結構なお風呂で驚いてるよ。あんな金ピカの桶に毎日入れるなんてな」
「喜んでいただけたのならなによりです。しかし、こんなところに閉じ込めてしまって申し訳ありません。今後のことも含め、少しお話したいことがございまして。ふふふ」
「なんだか、楽しそうだな」
「ええ、とっても。ケンセイ様のような方とお話するのは初めてで、それに鎧を脱がれたお姿もとても眉目秀麗で驚きましたわ」
ケンセイは、用意された服が少し小さかったのか、筋肉質で細身の体形にタイトな半そでの白いシャツと紺のズボン姿となっている。彼は男性でありながら、黒髪が腰まで伸びており、鎧を着ているときは後ろで編んで中に隠していたようだ。
今はほどかれた綺麗な黒髪を揺らす彼は、一八〇ほどの高身長で女性歌劇団の男性役かのような容姿、そして鋭く切れ長の目をしたかなりの美形であった――。
二人は部屋の中央にあるソファーに向かい合って座り話し始める。
「それで、話というのは?」
「先日の謁見で気になった発言がございまして。ケンセイ様は記憶が無いと申されました」
「ああそうだ。記憶が無い」
「同時に、『果たしたい目的』があるとも申されましたね?」
「そ、そんなこと言ったかな……」
「わたくしははっきりと覚えておりますし、記録にも残っています。ただ、大佐の報告では、ケンセイ様は魔王を討伐された日以前の記憶をすべてなくされているとありました。あれからまだ数日しか経っておりませんが、その目的とは、いつ生まれたものなのでしょうか」
「そ、それは……」
「ふふふ。意地悪な質問をして申し訳ありません。しかしこれには理由があります。推測ではありますが、ケンセイ様は今この世界の記憶が無いだけで、この世界に来る前の……元の世界の記憶はあるのでは?」
「……え? な、なんのことを言っているのか、わからんなぁ」
声が上ずり、明らかに様子がおかしくなるケンセイ。
「ケンセイ様は異世界から来たのではないか、という意味ですわ。もしかすると異世界から誰かに召喚されてきた勇者様なのでは」
「ショウカン? ショウカンとはどういう意味だ?」
「なるほど……『召喚』という言葉は本当にご存じないように見えます。ということは『転生』でしょうか」
「なっ! いや、違うぞ。転生などしたことがない!」
「ふふふ。転生という言葉はご存知で……。やはり、ケンセイ様は感情表現がわかりやすいお方です。そうですかぁ。やはり転生魔法で」
「な、なにを言っている。もしそうだとしたら、それがなんだと言うのだ?」
「いえ別になにも。確認しておきたかっただけです。わたくしはサジ叔父様の弟子でしたから」
「なに?! あいつの弟子だと?!」
「ふふふ……。やはりサジ叔父様をご存じで」
「い、いや、誰だ、それは。そんなやつは知らん。全く知らん」
「ふふふ。もう遅いですわ! わたくしは大学で心理学も専攻しておりましたので、誘導尋問は得意なのです。観念してください!」
「お、恐ろしい娘だ……。実はお前が魔王なのではないか?!」
「わたくしは魔王ではありません!」
大きな声を出したカトレア殿下は、コホンと咳払いした後、サジの話を続ける。
「し、失礼……。それではやはり、ケンセイ様はサジ叔父様の魔法で来たのですね。転生魔法は完成されていたのですか。素晴らしいです。しかしこちらから呼び寄せる召喚ではなく、異世界側からの転生で来られたということは……サジ叔父様はもうこちらにはいらっしゃらないのですね。残念です。一年ほど前に突然いなくなったので」
そう言って悲しそうにするカトレア殿下を目にしたケンセイは、刑事時代の経験からも、彼女の表情には裏が無いように感じた。
「わかった……。話せる範囲で話そう。私は確かにサジの魔法で転生してきた者だ。しかし、本当にサジの姪なのか? ラストネームが違ったように思うが」
「なるほど。よくお気づきになられました。叔父様は私の大叔母様にあたるバンデ家に養子に出られ、アルタイル家から離れましたのでラストネームも違うのです。王家の派閥や継承権争いなどが煩わしかったとおっしゃられていました。殿下と呼ばれるのも嫌っておりましたし」
「なるほど、確かにそういう風には見えたな」
「……サジ叔父様はお元気でしたか?」
「ああ、元気だった。今は大金持ちになって、悠々自適に暮らしているだろう。医者も辞めると言っていたな」
「イシャ……? それはお仕事ですか?」
「ん? 医者は医者だ。病気を治す……もしかして、この世界に医者はいないのか?」
「はい、そうですね。初めてお聞きしました」
「まあ、そんなことより……転生のことは誰にも話すなと言われていたのだ。この世界では誰も実現できていない魔法なのだろう? 知られたら私に危険が及ぶと言われたが」
「なるほど、そういうことですか……。わかりました、サジ叔父様がそうおっしゃるならその方がよろしいかと。わたくしもご協力いたします。ただし、条件がございますわ」
「……条件? なんだ?」
「わたくしと婚約してくださいな」
「は?! な、な、なにを言っている!」
「いえ、言葉の通りです。婚約を……」
「ど、どうして会ったばかりのお前と私が婚約という話になる!」
「ケンセイ様はわたくしにとって十全十美、パーフェクトです! 勇者様でありながら容姿端麗、そして父上にも物怖じしないあの態度! ですから婚約を……」
「い、いや駄目だ、駄目だ!」
「どうしてですか?! 貴族が嫌なのであれば、王家に入ってしまえばよいでしょう」
「そういう問題ではない!」
「そんな即答しなくても少しばかりお考えください。皇女の王配となれば、その目的とやらも達成できるかもしれませんよ。話してくだされば、ご協力いたします」
「いや、そういうことではなくてだな! それ以前の話だ!」
「それは、どういうことですか?!」
「私は女性に興味が無い!」
「んなっ……!」
カトレア殿下の顔は、静止画のように固まるのだった。
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