第12話 勇者降臨

「カリム皇帝陛下! こ、こちらが先日ご報告しました勇者様になります!」


 そこはアルタイル帝国の王宮内、華やかに装飾された謁見の間であった。

 数十名の王族や貴族たちの見守る中、ミリタイド大佐の他、数名の騎士たちが中央の赤絨毯に膝をつき、王座に向かって頭を下げている。

 その王座には、カリム皇帝陛下と呼ばれた男が腰をかけ、長い白髭を撫でながらミリタイド大佐の報告を聞く姿があった。


 カリム・アルタイル――彼は絶対王政を敷くアルタイル帝国の皇帝である。

 この世界にて時を遡ること千年前、人族が支配するアルタイル帝国と、魔族が支配するサルミド王国の戦争が勃発する。

 しかし人族の勇者がサルミドの国王である魔王を制圧した結果、両国間で停戦協定が結ばれることとなった。そして残った人族と魔族は大陸を二分するかたちでそれぞれの国を創り、互いを干渉しないこととする協定を結んだのだ。

 その勇者の直系であり、現帝国を築き上げたのがアルタイル王家である。

 そして現皇帝陛下であるカリム・アルタイル。その見た目は初老ではあるが、全身から放つオーラは人並外れたものであった――。


 それは勇者降臨という喜ばしいニュースにも関わらず、謁見の間には緊張が漂っていた。

 なぜなら、すべての者が頭を下げ敬礼する中、美琴――いや、美琴が転生したケンセイだけは苛立った様子で腕組みし、仁王立ちのまま話を聞いていたからだ。

 本来であれば、不敬罪で処罰されても不思議ではない。しかし、ケンセイは皆が初めて目にする勇者。その立場、扱いがよくわからないため、そのままで放置されているようであった。

 そんな異様な空気が流れる中、ケンセイはカリム皇帝に声をかけられる。


「勇者よ。お主の名前は?」

「私は……ケンセイ。ラストネームは覚えていない」

 ケンセイは目も合わせず、憮然とした表示で答えた。


「へ、陛下! 勇者様のお名前に関して発言してよろしいでしょうか!」

 そう割って入ってきたのは、ケンセイの言葉に焦る様子のミリタイド大佐だった。

「許可する」

「はっ! 軍の記録によりますと、勇者様の名はケンセイ・キャス……キャステリア……ハ、ハイネスト……」

 なぜか言葉に詰まるミリタイド大佐。

 皆が不思議に思い目を向けると、彼女は手の平に書いてある消えそうな文字を読んでいるところであった。

「か、彼は『ケンセイ・キャステリア・ハイネスト・ミロード』と申します!」

「うむ……わかった。大佐の報告によると、ケンセイよ。お主はサロメニア王国軍の一等兵であったのだな。親族や先祖の中に、勇者に繋がるような特別な者はおったのか?」


 その質問に、一瞬の間をおいてから答えるケンセイ。

「……そう言われても、私には記憶が無い。名前も歳も生まれも、性別も……、さっき知ったばかりだ。覚えてないことは答えようが――」

「へ、陛下! 勇者様のご経歴に関して発言してよろしいでしょうか!」

 更に焦る様子のミリタイド大佐が、再び割って入る。

「……許可する」

「はっ! 勇者様の知人であった兵士および軍の記録では、勇者様は十四歳でサロメニア王国軍に入隊し現在十六歳。戦争孤児で身寄りはなく、親族の情報も不明となっております。勇者となった経緯も現時点では不明となっております!」


「なるほどそうか。ではケンセイよ。記憶の無いお主が、闇魔法を詠唱できたのはなぜだ?」

「闇魔法? あの魔法のことか……。それはわからない。なんだか興奮して我を失いそうになったとき、あの言葉が勝手に頭の中に浮かんできた。それを自然と口に出しただけだ」

「自然と浮かんだ……か。その一撃で魔王を消滅させるとはな。ところで、その闇魔法をもう一度詠唱することは可能か?」

「あれをもう一度? なぜか全文覚えてはいるから詠唱はできるとは思うが、あんなのはもうごめんだ……。そうだ、文字に書き出せば、他の者でも詠唱できるのではないか?」

『許可なく陛下に質問をするな!』

 ケンセイは、王座の横に立つ護衛に命令される。

 同時に、皇帝が手を横に出してそれを制止するのが見えた。


「ケンセイよ。古文書には、闇魔法は誰が詠唱しても使えるというものではないと記されておる。勇者と呼ばれる者のみに許される魔法なのだそうだ」

「なるほど。だから私が勇者、ということになっているのか」

「そういうことだ。一応確認だが、ヘルクライムと浮遊魔法以外で使える魔法はあるか?」

「いや、なにも……」

「そうか。ではそれは今後のお楽しみ、とういことだろうな。それで……お主を勇者と見込んで一つお願いがあるのだが――」

「騎士団への入団ならお断りした!」

 間髪入れないその返答に謁見の間はざわつき始めた。

 すると、皇帝の横に立つ中の一人で、豪華なドレスを身にまとった少女の笑い声が響く。


「ふふっ、ふふふっ……」

「カ、カトレア殿下! ご静粛に!」

 殿下と呼ばれたその少女は、横に立つ女性に注意されるが、なぜか笑いが止まらないようだ。


「ご、ごめんなさい。スカーレット。ふふふっ……」

「どうした? カトレアよ」

「くくっ……。公式な場なのに申し訳ございません、お父様。なんだかおかしくって」

「なにがおかしいのだ?」

「だって、皇帝陛下に対してこんな話し方した人、生まれて初めて見ましたもの。聞いている皆さんの冷や汗が止まりませんわ。さすが勇者様、勇猛無比でいらっしゃる」

「ははは。確かにそうだ。この態度だけ見ると彼が勇者というのも間違いでは無いかもしれんな……。で、ケンセイよ。すでに説明されたかもしれんが、人族と魔族はこの千年、休戦状態にあったのだ。しかし数年前に魔王が復活し、人族を襲撃してきたことで休戦協定は破られることとなった。しかし、もう魔王はいない。このまま終戦となるのも時間の問題であろう。勇者と認められたお主は、魔王亡き今、これからの世をどう生きる? 貴族となれば爵位も授与され富も名声も得られるというのに、お主が騎士となるのを拒む理由はなんだ?」

「その答えは簡単だ。私は富や名声に興味が無い。今この世に命があるだけで十分。後は静かに暮らしたいと思っている」

「ほお……。富や名声に興味がなく、命あるだけで十分か。欲の無い勇者だな」

「それに私は勇者ではない。私はある目的を果たすためにここに来たんだ。しかし今は、ある理由でそれが困難だとわかり、どうすればよいか悩んでいるところで……。だから貴族になる訳にはいかない。私を早く自由にして欲しい!」

「はは……ははははっ! 貴族になりたくない、と申したか! 面白い! さすが勇者だ!」

「だから、私は勇者ではないと言っている!」


「お父様、わたくしも発言してよろしいですか」

「ああ、構わんよ。カトレア」

「勇者様にもいろいろ考えるところがあるようで、これでは平行線のままです。今日は一旦終了としてまた次の機会に、ということでいかがでしょう。この後も予定は詰まっておりますし」

「……そうだな。よし、本日はここまでとしよう」


 カリム皇帝の言葉で謁見は終了し、ケンセイはその部屋から外に連れ出されるのであった。

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