第11話 生活魔法

「これは参ったぞ……」

 壮太ことジャポニ・クルソーは、机の上にある山盛りの山菜を見て困り果てていた。

 なぜなら、食材は揃ったものの、火を点けることができないためだ。

 小屋の中には簡単な調理器具や、炭で使うコンロやフライパンのような物、そして塩と砂糖に似た物はあった。しかし、煮たり焼いたりするための火を点ける術がどこにも無い。


 ――さすがに火を通さずに食べるのは怖いな。とりあえず生で試してみるかだけど、このゼンマイやマイタケ風のものは炒めて食べたいところだ……。転生して一日目でまたキノコで死んだらシャレにならないぞ――。


 不安になるジャポニであったが、空腹も限界となり仕方なく生で食べられそうな小さな果実系の実を口に入れてみる。しかし、どれだけ食べても腹いっぱいにはならなかった。

 そうこうしているうちに辺りも暗くなってくる。そして食材の色や形もよく見えなくなってきたとき、ふとあることに気づいた。


「あれ? そう言えばランプがあったよな。あれは使った形跡があった……。ということはやっぱり火は点けられたはずだ。いや、でも待てよ? 火を点ける物がここに無いということは、逆に考えると必要なかったのかも。もしかして……魔法で?」

 そう考えたジャポニは、月明かりの中で左手にランプを持ち、右手の人差し指をその中心へ向けてみる。そして適当な言葉を、ぶつぶつと念じ始めた。


「火よ、点け! 火よ、灯れ! 火よ、燃えろ! 燃えろよ、燃えろ、炎よ、燃えろ……」

 五分ほど、様々なポーズや言葉で試してみる――しかし全くなにも起きない。


「くそっ! やっぱり駄目だ! それにちょっと恥ずかしい! 一人でも恥ずかしい!」

 そう言って、顔を赤くしながら魔法を諦めようとしたそのときだった――。


「なにをしてるんですか?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 暗闇の中、突然声をかけられ飛び上があがるジヤポニ。

 声の方を見ると、小屋の窓の外から郵便配達の少女が中を覗いているのが見えた。


「き、君は朝来てくれた郵便配達の……。もしかして、今の見てた?!」

「火よ、点け! 火よ、灯れ! のことですか? 私はなにも見ていませんよ」

「いや、見てたよねぇ! しかもそれ最初の方!」

「すみません。配達の帰りで前を通りかかったら、中から気持ち悪い声が聞こえてきたのでどうかされたのかと思いまして……。でも大丈夫そうなので、これで失礼します」

「い、いや、ちょっと待って!」

 ジャポニは慌てて扉を開けて、少女を呼び止める。

 その少女はランタンを持っており、その灯りを照らして夜道を歩いているようだった。


「そ、そう! それそれぇ! 君! そのランプの火を分けてくれないか!」

「はい? ランプの火を? 火が必要なんですか?」

「そ、そうなんだ。料理しようかと思ったんだけど、火が点けられなくて……」

「ああ、魔素切れですかね? たまにありますよね」

「魔素切れ? 魔力が切れているということ? ご、ごめん。そのランプの火でうちのランプを点けて欲しいんだ」

「ランプの火……えっとぉ。すみません。おっしゃる意味がよくわからなくて……。このランプは火ではなくて光ですよね」

 そう言われてよく見ると、確かにランプに火は点いておらず、小さい手の平サイズの光の玉がその中心で浮いているように見えた。


「ほんとだ……。これは炎じゃない。光だ……」

「あの……クルソーさん、やっぱり変ですよ。本当に大丈夫でしょうか。変なキノコでも食べたんじゃないですか?」

「変なキノコは昨日食べたかもしれないけど……。いや、本当のことを言うとね。実は今日の朝、家で倒れていてね。目が覚めたらその……、き、記憶喪失になっていたんだ!」

「記憶喪失?!」

「そ、そう! だから、このランプのこととか、自分の名前もすべて覚えてなくって。君の名前も……」

「そういう設定ということでしょうか」

「いや、設定とかじゃないから! 本当です。マジで記憶喪失なんです」

「マジですか。まあ、そんな嘘ついても仕方ないので信じますけど」

「し、信じてくれるの?」

「ですが、私の名前は元々ご存知なかったはずです。聞かれたことがなかったので。私はクックです。クック・ミレイ」

「クックさんか……。ごめん、驚かせてしまって。もう夜中だし君も早く帰らないと危ないだろうけど、とりあえずはランプの付け方を教えて欲しいんだ。頼む!」


「……わ、わかりました。四、五歳の子でもできる生活魔法がわからないなんて、本当になにも覚えてないようですねぇ。ランプは魔力でつきますから、ランプの柄を持って、魔力を流し込むだけですよ」

「魔力を流し込む? それって、どうやって?」

「どうやって? えっとぉ。どう説明したらよいのか。具体的に説明するとなると難しいですね……。とりあえず柄を持ってください。そうそう。それで、その手の先からランプに向かって力を流し込むイメージです。手の平から息を吐くイメージですよ。そう、そうです、上手ですよ! そのまま、そのままです! もう少し明るくなったら止めてください。はい、そこでストップ!」

 ジャポニは『手の平から息を吐くイメージ』がとても分かりやすかったのか、すぐにランプを点けることができた。


「そうか……。火を点けるイメージではなくて、力を流すイメージだったのか。すごい。僕にも魔法が使えるんだ! 感動だよ!」

「ふふふ。無邪気な人ですね。魔力はほとんどの人が多かれ少なかれ持っていますからね。それにしても、そんなことも知らないなんて、本当に記憶喪失なんですね。とりあえずご両親とか親族がいる場所に戻られてご相談されてみては?」

「そうだね。明日行ってみるよ。それで……クックさんは、明日も仕事? いつもこのルートを通るのかな」

「はい。このルートは毎日通っていますし、明日も通りますよ。それと『クックさん』じゃなくて『クック』で結構ですよ」

「それじゃぁ、僕のことも『ジャポニ』でいいよ。それでね、クック。もしできればでいいんだけど、明日もここに寄ってくれないかな。母親の住所は手紙に書いてあったけど、場所がわからないから教えて欲しいんだ……。駄目かな?」

「そうですね……。わかりました。それでは明日はここを最後に回りましょうか。明日の夕方にまた来ます!」

 そう言い残し消えて行くクックを見送るジャポニだったが、同時に重要なことを思い出す。


「しまった! 火の点け方を聞くの忘れたぁ!」

 ジャポニはその夜、空腹に耐えながら眠るのだった。

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