第2章
第10話 異世界にもう一人
美琴が転生したケンセイが闇魔法で魔王を倒した日――それは、壮太がこの異世界のどこの誰だかわからない身体に転生した日と同日であった。
「いててて……」
壮太が転生したその身体は、屋内の固い板張りの床にうつ伏せで倒れていた。
ぼぉっとする頭を左右に振りながらゆっくり起き上がった後、冷静に周りを見渡してみる。
そしてまずは美琴の存在を確認するが、当然彼女の姿がそこにあるはずもない。
次に彼が確認したのは自身の顔だ。
壁にかけてある丸い鏡を見つけ、恐る恐る覗いてみる……すると、そこに映るのは欧米人の子供のようなかわいらしい顔立ちであった。
ブラウンの髪が肩くらいまで伸びており、細見で身長は百五十センチ弱、歳は十五、六くらいだろうか。身体がとても軽く感じる。
赤ん坊や余命僅かな老人でなくてよかったと少し安心しながら、見知らぬ世界に転生したことを徐々に受け入れていく。そして、美琴と同じ場所に転生できないことは彼の想定内であったが、それは辛い現実でもあった――。
そこは十畳ほどの部屋が一つあるだけの狭い小屋。壁はベニヤのような薄い板を簡単に組み合わせただけの、強風がきたら吹き飛びそうなぼろい造りである。
また、電気は無いようだが、窓から入る光で中は明るい。そしてランプがあるので、夜はこの灯りで生活するのだとわかった。
その他、置いてある物の様子から、彼が転生した人物は一人で生活していたと思われた。しかし部屋が荒らされた形跡が無いことから、この人物はおそらく病気で死亡したのだと推測する。しかしなぜこの若さで一人、こんなぼろ小屋で生活していたのか――彼にはそれが気になるところではあった。
「でもまあ、いろいろ考えても仕方ないか……」
壮太がそう呟いたとき――。
「クルソーさぁん。郵便ですよぉ」
「うわぁぁぁぁ!」
その声と扉を叩く音が突然鳴り響き、彼は心臓が止まりそうになる。
「び、びっくりした……。郵便だって?」
壮太はこの異世界に郵便制度があることに驚きながらも恐る恐る扉を開ける。
すると黒髪のショートヘアにバンダナのようなものを巻いた、見た目十五、六歳くらいのかわいらしい少女が一人立っており、手紙を差し出してきた。
彼女はなぜか、少し緊張している様子だ。
「きょ、今日はいい天気ですねぇ。クルソーさん……」
「は、はい。そうですねぇ。配達……ご苦労様です」
「えぇぇぇぇ?!」
「え? なに?!」
「ク、クルソーさん、どうかされましたか?!」
「え?! な、なにが?! 僕、なにかおかしかったですか?!」
探り探り会話を始めてみたが、わずか一ターンで失敗したと焦る壮太。
「いや、『配達ご苦労様』なんて、言われたのが初めてでしたから……」
「あぁ、なるほど! って、僕ってそんな感じ……でしたか?」
「だって、いつ話しかけても冷たく不愛想で、手紙を受け取られても『ありがとう』もなく、すぐに扉も閉められてしまいますし……。なんていけ好かない人だと」
「ぼ、僕ってそんなひどい奴?!」
「あ、いえ、ごめんなさい。本当のこととはいえ、失礼なことを……」
「ははは。はっきり言う人だ……。い、いやいや、こっちが悪いんだから、あなたが謝ることないですよ。僕が代わりに謝ります。今まですみません」
「えぇ? ふふふ。クルソーさんって実はおもしろい人だったのですね」
「いや、僕は勉強ばかりして真面目で冗談も言えない、つまらない奴でしたが……」
「でした……って、過去形で話すということは、今日から変わられたということですね」
「あ、ああ、そうですね。僕は今日から社交的……って、ははは。なに言ってんだ、僕は」
「やっぱり面白い人ですね、クルソーさんは」
そのとき、遠くで花火が鳴るような音が聞こえ始める。
「なんの音だろう。ドンドンって……。郵便屋さんも聞こえますか?」
「たしかに聞こえますね。ああ、あれはおそらく砲撃の音ですよ」
「砲撃? もしかして……戦争の?」
「ええ。今日は帝国軍が魔族軍と戦闘しているはずですから、その音でしょう。いい加減、早く終戦になって欲しいものですが……。あ、まずい。私は次の配達がありますので。また今度ゆっくりお話ししましょう!」
「はい。どうもありがとう」
そう言って笑顔で扉を閉める壮太。そして、腰が抜けたかのように床に座り込むのだった。
「はぁぁぁぁ。緊張したぁぁぁぁ! 異世界でいきなり第一村人遭遇って! なんだよ、普通の人間じゃないか! 結構かわいかったし……じゃなくて、なんだか平和そうだし、これならなんとかやっていけそうだ!」
突然戦場に降り立った美琴とは違い、異世界の生活に浮かれる壮太。
そして彼は、手紙を受け取っていたことを思い出す。
「あ、そうだ、手紙だ。すごい。初めて見る文字なのに全部読める……。そう言えば言葉も問題なく通じていたな。日本語じゃないけど、無意識に会話できていたし。ここまではサジっていう魔法使いが言っていた通りか……」
手紙を見ると、日本と同様に表には住所と宛名が書いてあり、そこで自身の名を知った。
「ジャポニ・クルソー? 変な名前!」
壮太あらためジャポニ・クルソーは、聞き慣れない名前に困惑しながらも手紙を読み始める。
――ジャポニよ、元気にしていますか?
お父さんが亡くなった後、『これからは自分が独り立ちして強くなって母さんを助ける』と言って山に入ってから、もう五日が過ぎました。
食事はちゃんとしていますか? その山では毎年、毒キノコを食べて命を落とす人がたくさんいます。あなたも気をつけないさいよ。
本当ならお母さん、すぐにでも駆けつけて助けてあげたいところだけど、心を鬼魔族にして我慢しています。
今度会ったときは、こんなお母さんを誉めてください。
それではまたお手紙出しますね。 母、アメリより――。
「もしかしてジャポニは毒キノコで死んだの? いやいや、それよりも家を出て五日で手紙って早すぎるし、どれだけ過保護なんだか……。でも、こんな溺愛しているお子さんが死んで別人が転生していると知ったら悲しむだろうな」
ジャポニはそう言って手紙を置くと、かなりの空腹であることに気づく。
すぐに部屋の中を探し回るが、食べられるような物が無い。貨幣と紙幣は少しだけあったが、外の景色は木しか見えない山の中。買い物に行こうにも、どこへ行けばよいかもわからない状態となっていた。
「仕方ない、とりあえずなにか探しに行くか」
そう言って、小屋を出るジャポニ。
そのとき、空が真っ暗になると同時に《ドーン!》という、大きな爆撃音が鳴り響いた。
先ほどから小さく鳴り響いていた花火のような砲撃音とは明らかに違う音で、地面もビリビリと振動している。
「な、なんだぁ? すごい砲撃だな。外に出て大丈夫なのか?」
不安になるジャポニだが、その後は空も明るくなり、砲撃音は一切聞こえなくなった。
「と、とりあえず大丈夫そうだな。よし、行くぞ!」
ジャポニは気合いを入れて一歩を踏み出す。
そして周りを見渡すが、そこは高い木に囲まれた森の中だ。
日光が遮られているからか、地面に草花は生えておらず苔が多い。また、落ち葉で埋もれる地面には舗装された道も無く、郵便配達のあの少女がどうやってこの小屋までたどり着いたのか不思議に思えるほどだった。
無事に帰れるよう、拾った石で木に傷をつけながら一時間ほど歩きまわるが、人がいる気配は全く無い。すると、森の中ではあるが、木が数本倒れ日光が差し込んでいる広場に出た。
「おぉっ。ここはなにかありそうな気配がする」
壮太は日本で医者になる前、研究の一環として薬草の採取に没頭したことがあった。そのため、山や植物の知識は豊富にあったのだ。
「植物の種類は日本とよく似ているな……四季があるのかな。あっ、おそらくこれはマイタケと同じ種類だろう。これはヤマブドウに似ているぞ。それと、これはワサビの葉みたいだ。水が綺麗なんだな、この山は……」
その後も山菜や薬草を取り続けるジャポニ。夢中になっていると、あっという間に日が暮れ始める。
「ふぅ。疲れた……。もうこれ以上持てないし今日は帰るか。それにしても、ここは宝の山だな。薬草も使えるものばかりで、それにケシまで咲いているし。これはアヘンが取れるからモルヒネの原料として使えるけど……ちょっと危険かな」
そう一人呟きながら、来た道を帰り始めるジャポニ。
すると、行きと風向きが変わったのか、このとき初めてある匂いに気づいた。ジャポニは誘われるように、黙ってその匂いの方へ夢中になって進んでいく。
そしてたどり着き彼が目にしたのは――黄色い花を風に乗せて綺麗に飛ばす、数十本の金木犀の木であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます