第9話 異世界でまた会える

「転生? 転移と転生って違うのですか……?」

 壮太のその質問に、サジの解説は続いた。


「転移というのは、今の身体のまま別の場所へ移動するということじゃ。わしとサリチルは転移してきた。だから彼女の姿は魔族のままじゃ。この意味は理解できるかの?」

「はい。わかります」

 横で聞いている美琴もコクリと頷く。

「それに対して転生というのは、異世界で別の人間に生まれ変わるということじゃ」

「生まれ変わる? そ、それって別人になるということ……?」

「そういうことじゃ。そのとき異世界で死んだばかり者に魂が転生する。ということは、今とは別の身体になるのじゃから、奥さんの癌は無かったことになる、ということじゃ」

「なるほど、そういうことか……」

「ただ、生まれ変わった身体にも癌があったら意味無いがのぉ。ほっほっほっ!」

「いや、それは笑えないですよ」

「すまん、すまん。今のは冗談。まあその可能性は無いとは言えんが、かなり低い確率じゃろう。なぜなら転生した場合、その者が死亡した直接の原因は解消された状態になるようじゃ」

「死亡の原因が解消される?」

「そうじゃ。例えば誰かに刺されて死んだ者に転生したのなら、その刺し傷は消えとる。同じように癌で死亡した者に転生したならその癌は消えとるよ。おそらく転生魔法にはハイヒールといわれる最高位階魔法が含まれると考えられるが、まだ誰もそこまでは解析できておらん。まあ要するに、転生した身体が末期癌である可能性は低い、ということじゃ。どうじゃ?」

「い、いや、ちょっと待ってください。病気が治るとしても、その異世界はどこにあるのですか? どんな世界? 安全ですか? サリチルさんのような魔族がいるってことは、おそらく地球じゃないってことですよね? 転生して、またこちらに帰って来られるんですか? 頭が混乱して、わからないことだらけですよ!」

「まあ、落ち着くのじゃ。一つずつ答えていこうかの。まず、異世界に転生した後は残念じゃがこちらには戻って来られん。なぜなら転移に使うゲートと呼ばれる建造物が向こう側にしかなく、それに異世界転移魔法が使えるのは、わしだけだからじゃ。だから向こうへ転生した後、転移で戻ることはできん」

「戻って来られない……」

「それと向こうの文明はこちらよりも少し劣っておる。電気も火薬も無いし、こちらでいう中世のヨーロッパの様な文明かの。生態系や社会構造もこちらの世界によく似ておる」

「それを聞いて、少し安心しましたが……」

「しかし魔法が存在する。そしてサリチルのような人型をした魔族、そして動物が狂暴化した魔物も存在する世界じゃ。わしが転移した数年前は人族と魔族は交戦中だったが、今どうなっとるかはわからん。ただ、戦争と関係無い平和な町が多くあるのも確かじゃ」

「しかし死んだばかりの人に転生するということは、転生先は選べないといことですよね。転生してみないとわからない、と」

「そうじゃ。どこの町へ飛ぶか、どこの誰になるか、何歳でどういう人種なるかなど、すべてがわからん。運任せじゃ」

「今の記憶はどうなるのですか?」

「いい質問じゃの。今の記憶は引き継がれ残ったままじゃ。それで、死んだ者の記憶に上書きされる。しかし、言語や文字のような永久記憶に刷り込まれた記憶はおそらく残るはずじゃ」

「ということは自分の記憶が残ったまま、異世界の言語で読み書きできるということですか」

「実際に転生をした者に聞いたらそういうことじゃったな。しかしそれでも、異世界で生活を始めるのは大変なことじゃ。その埋め合わせということかもしれないが、特殊能力が付くこともあるらしい。神がくれるおまけのようなものじゃな」

「特殊能力? それってどういう……」

「それは、わしにもよくわからん」

「そうですか……」


「それと、こちらから一つだけお願いがある」

「なんでしょうか」

「向こうの世界では、転生のことは誰にも言わないで欲しいんじゃ。王族や貴族などの高い位の者には特に、じゃ」

「王族や貴族がいるんですか。なぜ言ったらまずいんですか?」

「転生魔法は王族や魔法学者が数百年研究を続けておるが、まだその方法は解明できず、実現できないと考えられておる。それなのに、もし二人が転生してきたと分かったら、世界の常識がひっくり返り大騒ぎとなり二人にも危険が及ぶかもしれん」

「わかりました。でも、解明されていないのに、なぜあなたは使えるんですか?」

「それは、わしが古代の魔法書を翻訳し解析することに成功したからじゃよ。わしは魔法師であり言語学者、そして物理学者でもあったからの。おそらくだが、この魔法を解析できたのは、まだわししかおらんじゃろう」

「なるほど……」

「他に聞きたいことは?」

 すると、ずっと黙って聞いていた美琴が、かなり辛そうにしながらも声を出した。

「転生で……命は助かっても、壮ちゃんと別れることに……そんなの意味無い……」

「まあ、確かにのぉ。お主が転生したらすぐに旦那さんとは別れることになるが、しかし命は助かるんじゃ。元気な身体で新しい人生をリスタートできるチャンスじゃぞ」

「でも……」

「それに、もし転生せずにここで暮らしたとしても残念ながら病で……おそらく今日にでも別れが来くるかもしれん。辛いことを言うようじゃが、いずれにしても旦那さんと別れるのは同じことじゃ」

 その言葉を聞いて、壮太は悩む。

 サジの話が本当だとした場合、転生したら今ここで、すぐに別れとなるからだ。


「さぁ、話は以上じゃ。どうする? わしらの秘密も聞かれてしまったし、本当ならキャンセルは受け付けないつもりじゃったが、お主らは善人そうじゃ。今日のことを誰にも話さないと誓うなら、今ならすべてなかったことにしても構わんぞ」

 永遠の別れは辛い。しかし美琴の命は助けたい……。その二つの思いが壮太を悩ませる。

 そして、壮太は決断した。


「よし、決めた! やってみよう、美琴さん! 絶対僕は、美琴さん……それにベルとも出会える気がする。なぜかそう感じるんだ!」

「なぬっ? そのワンちゃんも一緒に行くのか?!」

「ええ。ベルも病気で余命が短い。だから、こいつも連れて行きます。結構な額支払うんですから、追加サービスしてくださいよ」

「しかし、くどいようだが本当にいいんじゃな?! 皆が同じ場所に転生されるとは限らんぞ。今説明したように、どこの誰に転生するかもわからんのじゃ。お主は爺さん、奥さんは赤ん坊に、なんてこともありえる。お主の寿命は今より短くなるやもしれん」

「でも、逆に言えば寿命が長くなる可能性もありますしね。お互い若くなって再会して今より長く一緒に過ごせる可能性もある」

「そんな楽観的な……。それに向こうは、この世界のように電話や詳しい地図など無いし、電車や飛行機のような交通手段も無いのじゃぞ。そんな世界で二人が出会える確率などゼロに等しい。転生するのはいいが、向こうでまた出会えるなどと思わん方がいい」


 すると壮太は笑顔で美琴を見る。

 そして彼女の手を強く握りベルの頭を撫でるのだった。

「美琴さん、一緒に行こう! 根拠はないけど、異世界でまた君に会える気がするんだ」

「私も……。私も異世界で壮ちゃんを見つけ出す……。絶対にまた会える!」

 美琴も覚悟を決め、笑顔で答えるのだった――。


 その日から、壮太と美琴、そしてベルの姿を見るものはいなくなった。

 なぜならそれは、サジの異世界転生魔法が見事成功したからだ。

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