第8話 治癒魔法
「これは……魔法陣? ははは……。なんですかそれ。今すぐ帰ってもいいですか?」
壮太は床に書かれた魔法陣を見て、呆れた様子でそう言った。
「ほっほっ。まあ、それが素直な反応じゃ。ここで帰っても構わんが、とりあえず説明を聞いてからにしてはどうじゃ? それでも帰るというなら財産のことはなかったことにしよう」
「……わかりました。とりあえず、聞くだけ聞いてみます」
壮太は少し黙って考えた後、サジにそう答える。
すると蝋燭の灯りだけに照らされた暗がりの中、サジが魔法陣の中央までゆっくりと移動するのが見えた。そして嘘のような真実が告げられるのであった。
「わしはな……異世界から転移魔法で来た魔法師じゃ。そこにいる妻のサリチルも一緒に転移してきたのじゃよ」
「は、はぁ?」
壮太は内心、『この老人やばい』と思い、ここへ来たことを深く後悔する。しかし危険な目に合うのを避けるため、なるべく話を合わせながら様子を見ることにした。
「わしらは向こうの世界で恋に落ちてのぉ。あちらでは、わしと彼女が付き合うのはご法度じゃったんじゃよ」
「……それはなぜです?」
「それは彼女が『魔族』だったからじゃ」
「……え? 魔族……ですか。魔族ってお面で顔を隠す習性でもあるんですか?」
「習性? いやいや違う。この狐面は神秘的な雰囲気を出すための演出じゃ」
「え、演出って……」
「だが同時に彼女の顔を隠すためでもあるんじゃ。サリチル、見せてあげなさい」
その言葉で狐面を取り、そして同時にカツラも脱いで見せたサリチルの姿に、壮太と美琴は絶句する。なぜなら彼女の頭には、羊のような丸まった太い角があり、口元にはライオンのような大きな牙があったからだ。
それはどう見ても特殊メイクとは違うリアルなものであった。
「向こうの世界では魔族と人族が戦争状態にあってのぉ。結婚はおろか、会うことすら簡単ではなかったんじゃ。だからわしらは数年前、異世界転移魔法でこの世界に来たんじゃよ」
壮太と美琴は突拍子もない話の連続に混乱し、ポカンと口を開けたままだ。
「ま、まあ、話を続けるかの。それで……この世界に来た後、ここには魔法が無いことに気づいた。そこで治癒魔法をつかって、金を稼ぐことを思いついたんじゃ」
「治癒魔法?」
「そうじゃ。『ヒール』と言ってな。向こうの世界では多くの人族が普通に使える魔法じゃ。そうじゃな……。例えばお主たち、身体のどこかに昔の痕やアザのようなものはないかの?」
「え? そうですね。僕の膝だったら、昔の切り傷痕がありますけど」
壮太はそう言いながら、顔を近づけくるサジに右足の裾をめくり上げて見せた。
するとすぐに、サジの手の平から浮かびあがった青白い光で右膝全体が包み込まれる。
そして数秒後、その光はゆっくりと消えた。
「ほれ、終わったぞ」
「え? もう終わりですか? なにも感じませんでしたけど……」
壮太は懐疑的な表情のまま、携帯電話のライトを膝に当てて確認してみる。
そして、すぐに驚きの声を上げるのだった。
「そんな……信じられない! どういうことだ!」
膝の傷痕が完全に消えている。
それはトリックでも錯覚でもない、間違いない事実だった。
「ほっほっほっ。これが治癒魔法じゃ」
「治癒魔法?! そんな馬鹿な!」
「これが火傷の痕を消したカラクリじゃよ。うまく使えば金になる、というのはわかるじゃろ」
「そ、それは間違いないですが、いろいろと騒ぎになるのでは……」
「そうじゃ。この世界では魔法師だとばれるといろいろとまずいことになる。だから山奥で細々とやっておったんじゃ。しかし最近マスコミに目をつけられてしまってのぉ。高額のギャラ目当てに撮影を許可したんじゃが、騒ぎも益々大きくなってきた。もうこれ以上目立つ訳にもいかんから、そろそろ廃業しようと思っていたところじゃ」
「そこに僕たちが現れたと……」
「そうそう。そういうことじゃ」
「でも……先ほど癌は治療できないと言っていましたが……」
「そう。ヒールでは癌は治せんよ。ヒールでは自分の知識にあるものや、目視できる外傷は治療できる。だが、癌のような身体の中のことはイメージが湧かんので治療できんのじゃ」
「なるほど……。だから表皮にある傷痕は治療できたということですか。それじゃあ、治癒魔法以外でどうやって彼女の癌を治療するのですか?」
「別の魔法を使う。癌を治すのではなく、癌そのものを無かったことにするんじゃ」
「えっとぉ、それはもしかして、時間を戻す……ということですか?」
「ほっほっほっ。惜しいが、ちと違う。時間を戻す魔法は無いのぉ」
「では、どうやって……」
「奥さんが向こうの世界に行くんじゃよ」
「はい? 向こうと行くというのは『異世界へ転移する』、ということですか?」
「正しくは違うな。『転移』でない。『転生』するのじゃ」
蝋燭の火が揺れる向こう側、ニヤリと笑うサジの顔が見えた。
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