第7話 魔法陣
診察室の奥に入ると、初老の男性が一人椅子に座っている。
それはテレビで霊媒師と紹介されていた人物だった。
「おやおや、かわいいワンちゃんじゃのぉ。今日は、このワンちゃんの治療かの?」
「い、いえ違います。彼女の治療をお願いしたいのですが」
「ほほほ。冗談じゃよ。ああ、そちらの女性かの。おやおや……。これはかなり体調が悪そうじゃが、どういった治療じゃ」
「癌です……。ステージ4で全身に転移していて、骨にも転移が見られます」
「そうか。しかし癌の治療はできないんじゃ。すまんのぉ。今日の診察料は結構じゃよ」
あまりにもあっさりとした断り方に、壮太と美琴は拍子抜けする。
「へ? あれ? あの……これで終わりですか?」
「終わりじゃのぉ」
「え? 治療は?」
「わしにできることは無いのぉ」
「あ、あれ? ちょっとどこか触ってみたり、気を流し込んだりとかは無いんですか?」
「んん? なんじゃそれは。そんなので癌は治らん」
「い、いや。神の水とか言って、怪しいもの飲ましたりとか、変な煙あてたりとか……」
「なんじゃね、それは。わしをインチキ霊媒師かなにかと思っとるんじゃないか?」
その言葉に、横に立つ狐面の女性が笑いをこらえている。
そして、壮太も自然と笑いがこみ上げるのだった。
「ははは……」
「ん? なにがおかしいんじゃ」
「いや、失礼ですが実はあなたのこと、インチキだと思って来ましたよ」
「ほほほ。正直な男じゃの」
「僕は外科医だったのですが彼女を治すことができなくて……。でもあなたがどんな病気も治すと言われていましたから、治療できなかったら文句でも言ってやろうと思って来たんです。なのに、その前に簡単に断られたんで拍子抜けしてしまいました……」
「なるほどのぉ。そういうことじゃったか。しかし、なんでも治すとは言っとらんよ」
「でも、この前のテレビ番組で『癌を治した』って言っていませんでしたか?」
「ああ、またか……。あれはのぉ。癌の患者もたまに来ると言いたかっただけで、治したとは一言も言ってなかったんじゃよ。だから治療も断っとると言いたかったのじゃが、時間がなくてそこが放送されなかったんじゃ。だから、あれから癌の患者が増えてこちらも困っておる」
「なるほど、そういうことでしたか。……わかりました。でも帰る前に、元医者として一つお聞きしたいことがあります」
「なんじゃ?」
「僕たちの前に診察した女性の顔、どうやって治したんですか?」
「顔……あの火傷の痕かい? それは……企業秘密、と言いたいところじゃが特別に教えてやろうかの。その前に、あんたに聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「あんたは元外科医で、それなりに財産もある。もし、その財産を差し出せば愛する奥さんが助かると言われた場合、あんたはそれができるかの?」
「…………!」
驚きで美琴と顔を見合わせる壮太。
しかし、すぐに彼は冷静に努めようとする。
「そ、そんなこと無理だ。冗談でも患者を目の前にして言うことじゃないですよ」
「本当に無理かの? 火傷の痕が治ったのを見たんじゃろ?」
「そ、それは……」
「現代医学ではあの火傷の痕を瞬時に治すことはできない。では、なぜ私にできたのか……。知りたくはないかね? 全財産、わしに渡す気があるならそれを教えてやるし、奥さんの命も救ってやることができるかもしれん。どうする?」
「……わ、わかりました。払いましょう!」
「ふふ……。ほほほ! いい返事じゃ! 今まで何人かに同じ話をしたが、即答したのは初めてじゃ! 気にいったぞ!」
「壮ちゃん、駄目だ……」
壮太は心配する美琴に止められるが、彼女の手を握り大丈夫だと頷いた。
「それでは、わしは隣の部屋で準備をしてくるから、その間に財産のことすべて、こちらの受付の彼女に説明するんじゃ。土地、建物、銀行口座、現金、パスワードなど、財産に関係することすべてじゃぞ。嘘はいかん。そして話したらもう後戻りはできん。本当によいのか?」
「……わかりました。しかしあなたの話も嘘だった場合は、僕にも考えがありますからね」
「ほほほ。構わんよ。警察でもどこでも突き出せばよい。わしは逃げも隠れもせん」
引き止める美琴の言葉を聞かず、話を進める壮太。
通常であればこんな話を信じる者などいない。しかし、なぜか壮太はこの男にかけてみたいと思ったのだ。火傷痕の治療を見たことも理由の一つにあったのかもしれないが、それだけではない、なにか運命的なものを感じて心が動くのだった――。
財産に関するすべての話が終わった後、二人は隣の部屋へ案内される。
そこには先ほどの霊媒師らしき男が待っていた。
「話は終わったようじゃの。もう一度確認するが、本当によいのじゃな?」
「男に二言はありません。それよりまずは火傷の痕をどうやって治したのか教えてください」
「まあ、そう焦らんでもよい。まずは自己紹介をしておこうかの。わしは『サジ・バンデ』という名じゃ。サジと呼んでくれたらよい。彼女は『サリチル・バンデ』。私の妻じゃ」
サジが目を向けた狐面の女性は隣の部屋から、何本もの蝋燭が入った箱を持ち込んでいる。
壮太は、彼女が慎重にすべての蝋燭を並べ灯をともし、部屋の電気を消すまでの一連の作業を緊張した面持ちで見つめるのだった――。
暗い部屋の中、数十本はある大きな蝋燭の灯が揺れている。
そしてその中央には薄っすらと、なにか大きな模様が浮かび上がる。
それは赤い蛍光ペンキのようなもので書かれた円と直線、そして見慣れない文字……。
そう――それは、直径十メートルはある大きな魔法陣だったのだ。
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