第6話 霊媒師
壮太が病院を辞め、美琴と暮らし始めてから一年が過ぎようとしていた頃。
その間ずっと、彼は仕事をせずに貯金を切り崩しながら自宅で美琴の看病を続けていた。
それは美琴が手術や抗がん剤治療などの延命処置をすべて拒否し、壮太と籍を入れ一緒に暮らすことを選んだからであった。
そして、食事も受け付けず痩せ細り一年前とは別人のようになった美琴を、壮太は胸が締め付けられる思いで見守り続けるのだった――。
「壮ちゃん……。いつも……ありがとう」
「スープ、熱くないかい? スプーン持てる?」
「だい……じょうぶ…‥」
震える手でスプーンを持ちスープを口に運ぶ。そして頑張って一口飲み込み、無理して笑顔を見せる――そんな美琴を見た壮太は涙が出そうになるのがばれないよう、テレビの方へ目をやった。
するとその画面には、マイクを持った女性タレントが霊媒師のような服装をした初老男性にインタビューする姿が映っている。
『みなさん、ついにご本人に会えましたよぉ! 毎日多くの人が順番待ちされているのですが、今日は無理を言ってお時間をいただきました。それでは早速お話を聞いてみましょう。お忙しいとこころ失礼しますぅ。あなたが霊力でどんな病気も治してしまう霊媒師の方ですかぁ?』
『霊媒師? ま、まあなんでも構わんが……。わしはすべての病気を治せるわけではないがねぇ。わしの知識にあるものなら治療はできるかもしれんがの。あ、顔は映さんでくださいよ』
壮太は、あまりにも馬鹿げた内容にテレビを消そうかとリモコンを取った。しかしなぜかそれを美琴に奪い取られ阻止される。
壮太は驚きながらも、仕方なくその番組を見続けることにした。
『例えばですがぁ。こちらのADさん、先日事故で腕を骨折してしまったのですが、これを治療することはできますかぁ?』
その女性タレントが指差す先には、腕にギプスを巻いたスタッフが立っている。
『そんなの簡単じゃよ。しかし、治療するところはテレビでは映さんでくれよ』
テレビには女性タレントの顔だけが映っているが、その横でなにか治療をしているようだ。
『ほれ、治ったぞ』
『へ? もう終わったんですか? どうですか? ADさん。治っていますかぁ?』
『えっとぉ。……あれ? 痛くないです。治ったみたいです……』
そう言ってブンブンと腕を振りまわすスタッフ。
しかしあまりにもインパクトがなくインチキっぽい映像となってしまい、女性タレントもどう進行しようか困惑しているようだ――。
「あはは。なんだ、これ……。こんなんで治療できるなら、医者はいらなくなるね――って、美琴さん?!」
呆れる壮太とは対照的に、美琴は身を乗り出してその番組に見入っている。
そしてテレビに目を向けたままの彼女は、『静かに』と指を立てて注意するのだった。
『ああ、もうお時間が無いようですが、ちなみに今までどういった病気を治されたのですか?』
『治した病気じゃと? そうじゃのぉ。全部は覚えておらんが……。切り傷や火傷とか形成外科っぽいものが多いかの。あ、たまに癌治療もあったが――』
『癌ですか?!』
『そおじゃ。たまに癌患者も来るんじゃが――』
『あ、申し訳ありません。もうお時間がきてしまったようで、それでは中継は以上です!』
ここで中継は突然ストップし、画面にはコマーシャルが流れ出した――。
壮太は、その番組の内容に呆れている様子だったが、横からの熱い視線に気づく。
それは、目を輝かせて壮太を見つめる美琴であった。
「あ、あの……美琴さん?」
「会いたい……」
「え? えっとぉ。もしかして、今の霊媒師に?」
うんうんと黙って頷く美琴に、壮太は『あんなのインチキだよ』と言いそうなるが、嬉しそうにしている彼女を見るとなにも言えなくなってしまった。
しかし実際に会いに行って治療できないとわかったとき、更に彼女を苦しめることになるのではないか……そんなことが頭をよぎる壮太。
そのため『行くのはやめよう』と口に出そうとしたが、美琴にそれを止められてしまう。
「壮ちゃん、わかっている。大丈夫……。なんでもいいからベルと三人でお出かけしたいから……。霊媒師はそのついででいい。会いに行って、それで治らなかったら……殴ってやろう」
「はは……。あははは! そうだね! あんなの医者を馬鹿にしてるよ! そうだ、会いに行って治らなかったら文句言ってやろう!」
二人は久しぶりに、心から笑い会えたのだった――。
壮太はすぐにテレビ局に電話し霊媒師のことを確認するが、個人情報は非公開であり、なにも知ることができなかった。しかしそれでも諦めずに、ネットや知人のつてを頼り一週間後になんとかの居場所を突き止める。そして今日、車で五時間かけて、かなり山奥にあるその診療所まで辿り着くことができたのだった。
それはかなり古い木造の建物で、入り口にもどこにも診療所らしき看板が無い。しかしすでに数十の人が入り口に並んでいることから、ここであることには間違いなかった。
診療開始までまだ一時間あるため、壮太は美琴と子犬のベルを車に残し最後尾に並ぶ。
すると壮太の目の前に、狐のお面で顔を隠した一人の女性が現れた。
そしてなぜか、手に持つ大きな看板を渡されるのであった。
「え? 僕が持つの?」
黙ってその場から立ち去ってしまう狐面の女性に困惑しながら、看板の文字を読む壮太。
『今日の診察はここで終了です。この後ろには並ばないでください』
「え? 僕たちが最後ってこと? しかし、患者にこれを持たせるなんて……」
いい加減なやり方に呆れる壮太。そして、ふと車の方に目をやると、看板を持つ彼を見て笑っている美琴が見えた。
「ま、いっか……」
その後、人が来るたびに、最後尾の壮太がなぜか頭を下げながら看板を見せるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二時間ほどして、ようやく壮太たちの順番が回ってきた。
壮太は美琴とベルを車から呼んだ後、受付を済まし待合室らしき場所で待っていると、少しして声をかけられる。それは、先ほど看板を手渡しにきた狐面の女性だった。
「次の方……。ああ、ワンちゃんもご一緒ですか……。まあ、最後の患者さんですし結構でしょう。どうぞ中へお入りください」
その言葉に立ち上がり、中に入ろうとする壮太と美琴。
そのとき治療を終えたばかりの、一つ前に並んでいた女性とすれ違う。
同時に壮太は、彼女の顔を見た衝撃で言葉を失った。
なぜなら――その女性の顔右半分には古い火傷の痕があったのだが、それが完全に消えていたからだ。
「そ、そんなばかな! あの傷がこんなすぐに治るわけない。もしかして……ドッキリ番組? そうか、あれは特殊メイクだったのかも。そうとしか考えられない――」
「どうした? 壮ちゃん……」
「ワンッ!」
頭が混乱しながらも、美琴とベルにせかされて中に入る壮太。
そして彼は、これから目の前で起こる事態に更に衝撃を受けることになる。
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