第2話 闇魔法
「おい、お前! どこへ行く! こっちだぞ!」
「タンク大尉! あやつは戦闘の衝撃でおかしくなったのかもしれない。殴って気絶させてでもよいから、連れて戻してこい!」
「はっ……!」
人族と魔族の戦闘地域から少し離れた場所。
そこには自身が男性であると気づき、なぜかショックを受けるケンセイがいた。
報告を終え戻ってきたタンク大尉が馬を降りて駆け寄り、ケンセイの肩をつかみ引き留めようとする。
しかしケンセイは混乱した様子で耳を貸そうとせず、ぶつぶつとなにかを呟き始めた。
「どうしてこんなことに……。確かに転生は成功したようだが、なぜ男なのだ! 男の姿をした私など彼は嫌がるに決まっている! くそぉ、これからどうすればよいのだ。こんな姿では彼には会えない! ……そうか。いっそのこと、あれを切るか。そうだ、あれを切ってしまえば私は女に……って、そういう問題ではないだろ! くそっ! こんな異世界で彼に会えないなんて、これからなにをモチベーションにして生きていけばよいのだ! あのインチキ魔法使いめぇ。性別が変わるとは聞いてなかったぞぉ……。くそぉぉぉぉ!」
「お、おい……。しっかりしろ! お前はさっきから、なにを話しているんだ。向こうに行ったら魔族に攻撃されるぞ! 危ないから戻れ!」
タンク大尉がかけた言葉も空しく、ついにケンセイは暴走する。
「私はケンセイじゃない! 私は桂木美琴だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
興奮した彼はなぜか女性の名前を叫びながら、第一部隊がいる戦闘地域へ向かって走り出してしまった。
それを見て馬で後を追うミリタイド大佐。
「待て! 戻ってこい!」
そしてすぐに追いつきケンセイの腕を取ろうとした瞬間――なぜか彼を見失ってしまう。
「なに?! 消えた?!」
しかし大佐のその言葉は誤りであった。
なぜならケンセイは消えたのではなく、大佐の頭上、百メートルほど上空で宙に浮いていたからだ。
「浮遊魔法だと?! そんな馬鹿な!」
ミリタイド大佐を驚かせた理由――それはこの世界において、浮遊魔法は膨大な魔力を消費するため、使える者は一握りの魔法士か魔族のみであったからに他ならない。一等兵であるケンセイが長時間宙に浮くことなど、常識ではありえないことだったのだ。
すると続けて、更に驚く事態が起こり始める。
我を忘れたケンセイの口から、誰も聞いたことの無い言葉が溢れ出したのだ。
――我は請願する。
闇の中の闇、その漆黒の中、光り輝く喪失のその先、不変の陰影がもたらす終焉。
我はそのすべてを請願する――。
「ミ、ミリタイド大佐……。いったいあいつは、なにをしているのでしょうか……」
後から追いついたタンク大尉の質問に、大佐は驚いた様子で回答する。
「あ、あの複数節の詠唱は……闇の詠唱。おそらく闇魔法だ!」
「闇魔法? 魔法に闇なんて属性ありましたでしょうか……。騎士の学校で習ったのは火・水・土・風の――」
「その四属性の他にも、特別な者しか使えない光と闇の属性があるらしい。私も古代の書物で研究したことはあるが……。その一節の中にたしか『すべての光の根源たる闇、その闇は勇者にのみ顕現す』という言葉があったはずだ」
「と、いうことはもしかして……」
「ああ、そうだ。彼は勇者だ!」
まだ続く詠唱。その途中で、ゆっくりと両手を上げるケンセイ。
その手の平が包み込む中で、渦を巻く黒い塊が発生する。
そして詠唱は最後の一節となる。
――その蒼黒の中、我がここにもたらすは無の世界。
その力、我がケンセイの名において執行する。
ヘルクライム――。
ケンセイが魔法名を詠唱すると同時、直径十メートルほどに大きくなったその黒い塊が、戦闘地帯に向かって一直線に放たれる。
それは人族の部隊を追い越し、その先にいる魔族の後方集団に着弾した。
その瞬間――着弾地点を中心として周りすべての光が吸収され、一瞬で辺り一帯が暗闇となる。同時にすべての音も吸い込まれ無音となった。
そして数秒後――。
《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》
巨大な隕石でも落ちたかのような爆音と、その一帯を襲う爆風。飛ばされそうになる人や馬。前線で戦闘中だった魔族も、後方の本陣付近がなにかで爆撃されたと気づく。
そして爆風が止んだ後、退散命令が出た魔族は戦闘地帯から一斉にいなくなり、人族だけがその場に残る。
結果その爆撃に巻き込まれたのは魔族の後続部隊だけであり、人族は無事であった。
すると突如、空中から落下し始めるケンセイ。
それにいち早く気付いたミリタイド大佐とタンンク大尉が運よく受け止めることに成功する。そして大尉は、彼の意識がないことに気づいた。
「た、大佐! こいつはもしかして……」
「いや、息はある。ヘルクライムは勇者固有の最高位魔法の一つだと聞いたことがある。おそらく一気に魔力を失い意識を喪失したのだろう。休めば回復するだろうが……」
「で……どうされますか。大佐」
「ケンセイとこの一件は騎士団で預かろう。我々は一旦戻るぞ!」
「は、はっ!」
そのとき――信じがたい言葉が、前方の兵士たちから彼らのもとに伝わるのであった。
「魔王が消滅したぞ! 戦争は終わりだ!」
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