異世界でまた君に会えたなら

はるなん

第1章

第1話 異世界で一人

「……はっ!」


 その男はまるでAEDで心肺蘇生されたかのように、ビクっと身体を震わせ目を覚ました。

 意識が朦朧とする中、青空と真っ白な雲が瞳に映る。

 次に、手の平には地面の感触が。そして頬には心地よい風があたった。

 男はその少ない情報からも、自身は今、屋外で仰向けに倒れているのだと理解していた。

 すると次の瞬間――。


《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》


 突如凄まじい爆音が響くと同時に、地面が激しく揺れた。

 しかもその音と揺れは一度ではなく、その後、幾度も連続で繰り返される。

 今まで体感したことがない轟音、焼け焦げる臭い、充満する煙。

 男は全身に痛みを感じながらも必死に上半身を起こし、周りを確認してみる。

 するとそこは彼が初めて目にする景色で、緩い丘の上から見下ろすように果てしない大地が広がる荒野だとわかった。同時に男は自身から一キロほど先を見て、繰り返されている爆音と衝撃の原因を一瞬で理解する。

 その原因とは、そこで繰り返されている砲撃にあったのだと。

 そう、そこは戦場であり、自身はそこで戦う一兵士だったのである。


 その現実を知り呆然とする男は、続けて更なる混乱に襲われた。

 なぜならそこで戦う数百の兵士たちの中に人ならざる者がいたからだ。

 彼らは人の体格より数倍大きい者や翼がある者など、一目見てその容姿が人ではないとわかる種族――すなわちそれは魔族であった。

 人族と魔族との争いが今まさに目の前で繰り広げられている。

そんな戦場でその兵士は、目を覚ましたのだ――。



 彼はすぐにその場から離れようと決め、立ち上がろうと地面に片手をついた。

 しかし、その手がぬるりと深く吸い込まれてしまう。

 なぜならその兵士の周りはひどくぬかるんだ沼地になっていたからだ。そして、そのぬかるみは不気味な赤褐色をしており、直径五十メートルほどの円状に広がっていた。

 それに気づいた兵士は一瞬とまどいながらも前に進もうともう片方の手をついてみる。

 とそのとき、手の先になにかが触れた。

 そして、なんとなく拾い上げてみるとそれは――人間の手。

 紛れもない人間の右手、それも自身と同じ鎧を着た兵士の手だ。

 その手が伸びる先はぬかるみの中で見えないが、それ以上確認する勇気もなく放り投げる。

 続けて前に進むと、またなにかが手の先に触れてしまう。

 恐る恐るそれを持ち上げてみると、それは別の人間の足であった。

 そして、兵士はすべてを理解した。

 自身の周りに見えていたものは、ただの沼地ではなかったのだと。

 その正体は――自身を中心として周りに転がる数百の兵士と、そこから流れる大量の血液でできた沼地だったのだと。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 地獄絵図のようなその光景に、叫び声をあげ嘔吐しながら立ち上がる。

 しかしその後は恐怖で足が震えるのと死体を踏まないようにするのとで、思うように走ることができない。結果、十分以上の時間をかけ、なんとか這い出すように広がる死体の外に出ることができたのだった。

「……っ……。どっ……。どこだ、ここは……。いったいどうなっているんだ……!」

 爆音が鳴り響く中、疲れ果てて固い地面に手をつく兵士。

 ここがどこであるのか、まったく理解できていない。

「は、早くここから逃げないと……。ん? 声がおかしい……」

 煙を吸い過ぎたのかと喉に違和感を覚えながら立ち上がった兵士は、突然後ろから声をかけられる。

「おい、お前! 大丈夫か?!」

「どこの隊のものだ!」

 それは馬に乗る二人の兵士であった。

 先頭の馬の上には、豪華な鎧とマントを身にまとった紅い髪の女性兵士が乗っている。そしてその後方には、身体の大きな男性兵士の姿が見えた。

二人とも腰には立派な大剣をさしており、ただの兵士でないことは一目瞭然である。

 しかし二人に声をかけられたその男はそんなことはお構いなしに、なぜか相手の名前を確認するのだった。


「も、もしかして、どちらかが壮ちゃんか?!」


 その言葉に、前にいた女性兵士が不思議そうに返答する。

「ソーチャン? 我らの名前のことか?」

「い、いや、違うならいい。なんでもない」

「なんだ? おかしなやつだな……。そうだ大尉、他に生存者がいないか見てきてくれ」

「はっ!」

 女性兵士は大尉と呼んだ男にそう指示した後、再び目の前の兵士に声をかけた。

「お前は帝国軍ではないようだが、王国軍の兵か? 私はアルタイル帝国騎士団のシャロン・ミリタイドという者で、同行していたのはタンク大尉だが……」


 シャロン・ミリタイドと名乗る女性騎士――彼女は帝国騎士団大佐である。

 歳はまだ二十歳と若い騎士でありながら、その実力が認められ大佐となった。

そして自ら『紅の騎士団』という名の大隊を結成し、その団長を務めている。

 帝国騎士団の中には複数の大隊が存在するが、紅の騎士団の勢力は三本の指に入るともいわれており、数百名の騎士が在籍。彼女はそのカリスマ性と剣の腕でのし上がってきた剣豪であり、多くの騎士や兵士に崇拝される存在でもあった――。


「それよりお前は、あの広域魔法の範囲内にいたのによく無事だったな。なにか特別な防御魔法でも持っているのか?」

「私は……その……」

 その兵士は口ごもり、気まずい様子で目を反らした。

「様子が変だが、混乱しているようだな。それでお前の所属と名前は?」

「わ、私は、名前がわからない……」

「わからない? 思い出せないのか? 魔法を受けた衝撃か……。ああ、そうだ。首にかけているプレートに名前が書いてあるだろう」

「プレート? 私は……ケンセイ一等兵。サロメニア王国軍第二部隊……」

 その兵士はここで初めて、自身の名前と所属がわかったようだ。

 すると、死体の山の中を馬で駆け回り生存者を確認していたタンク大尉に、ミリタイド大佐が声をかける。

「大尉! 治癒魔法が効きそうな者はおるか?!」

「いえ! 残念ですが、全員死亡のようです!」

「そうか……。わかった! 大尉は一度本隊へ戻り、サロメニア王国軍の第二部隊は男性兵士一名のみ生存を確認、と伝えるのだ! 第一部隊はいまだ帝国軍とともに戦闘中だ!」

「はっ!」

 タンク大尉はすぐに馬を走らせ後方へと消えていく。


「よし! それでは君も一旦後方に戻って手当を――ん? どうした?」

 ミリタイド大佐は驚いた様子で言葉を止めてしまう。

なぜなら、ケンセイという名の兵士が黙って下を向き、プルプルと全身を震わせている姿が目に入ったからだ。

「ケンセイ、どうした? どこか痛むのか?」

 心配するミリタイド大佐に、ケンセイは目を合わせないまま確認する。

「今……。『男性兵士一名』と言わなかったか?」

「え? 確かにそう指示したが……。それがどうした?」


「男性……。私が『男』だと?」


 ケンセイはそう呟くと、近くに落ちていた大剣を拾い上げた。

 そして、その剣先に息を吹きかけ手で何度か拭いた後、自身の顔を映して確認する。

「こ、この顔は男……。わ、私は男に転生を! なんてことだ……」

 自身が男性であることに気付き、その事実になぜかショックを受けるケンセイ。

 そしてフラフラとよろめきながら、前方の戦闘地帯に向かって歩きだす。

 そしてケンセイは、叫ぶのだった。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ! 異世界めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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