放課後革命倶楽部コミューン

音羽ラヴィ

第1話「マルクス、JKになる」

 丸木楠子マルキ クスコはこの春から北宮高校に通う1年生だった。父は地元の工場に、母は少し遠い神戸にある商社でOLをしていて、そして小学3年生になる弟がいた。猫の額ほどの小さな敷地に建てられた二階建て一軒家に住まう普通の一家だった。

 両親が共働きということもあってか、中学時代から弟の世話は楠子の仕事だったが、弟の楠生クスオがよく言うことを聞く素直な子であったため、特に苦労したことはない。それに、楠子の友人の遠藤京子エンドウ ケイコがよく丸木家にやってきて、楠生の世話を手伝ってくれたのも苦労が少なかった原因かもしれないが、京子は「苦労人だね」と同情的に接することが多かった。


「文芸部を辞めてまで弟さんの面倒見るとか、本当にそれで良かったの?」

「まぁ、後悔はちょっぴりあるけどさ。でも仕方ないじゃん、お父さんとお母さん、あんまりうちにいないし」

「親の仕事だと思うけどなぁ」

「家族は助け合いだよ、京子ちゃん」


 京子は軽く鼻で笑うようだった。何故笑うかを問い質せば、いつかはわかるよと躱してしまう。楠子はそんな京子の態度がいまいち釈然としないことが多かったが、けれど友達のいない楠子にとって京子からはよく学べるものがあると感じているので、全く問題に思うことはなかった。

 そんな楠子も、4月からは高校生になる。高校の門扉を潜り、入学式の式場と化した体育館で硬いパイプ椅子に座りながら、温かい春風よりも眠気を誘う校長先生の有り難い演説に耳を傾けながら、楠子は未来の自分を妄想した。

 中学の時のように、弟の面倒を見ながら学校に通って、特に何かが起きるわけでもない平穏な日常を3年繰り返す。大学に入っても、きっとそんな風に過ごして、まるで父が働く工場で生産されたネジみたいに、画一的で規格化された社会人になるのだろう。

 結婚したり子供が出来たり、子育てをしながら働いて、その子供も自分と同じように生きて、学んで、規格化され、社会という現場に出荷される。

 そんな人生で良いのだろうか。いいや、良いのかもしれない。校長に聞かされるつまらない演説も、”耐えてしまえば”ただのそよ風だ。社会に迎合するということは、そよ風を受け流す力ということなのだろう。


 だがそれは、家に帰ってぐったりと、死んだように眠ってはまた朝早くに働きに出掛け、暇も休みもなく労働に勤しむ両親の姿を肯定することだ。資本主義社会は労働者に対して、どこまでも貪欲かつ残酷な要求をしてくる。そよ風として流し続ければ、いずれは身を食い尽くされるだけなのだ。


 楠子は強烈な、自分の内奥にある蛇のような衝動が鎌首を持ち上げるように浮上してくるのを感じていた。それは彼女が、否、”彼”であった頃に強烈に突き動かされた。

 労働者の血涙の奉仕が報われる理想社会。やがては崩壊する資本主義に代替する社会体制。物質的価値観を至上とし、科学に基づく統制と人権を最優先とし、その持続可能性を究め続ける思想…………社会主義。

 ”彼”の記憶は完全に呼び覚まされた。入学式が終わった後、教室へ向かうクラスの列を乱してまで、楠子は京子の元へ走った。京子は楠子の取り乱した様子を見て、珍しいなと興味深そうにしていた。

 だがやがて息を整えた楠子は、「私、思い出したの!」と上ずった声で言う。


 京子はにやりと笑った。まるで旧友と十数年ぶりの再会を果たして、煮える鍋のふちからこぼれるような笑みだった。


「やっと目覚めたか、マルクス!」

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放課後革命倶楽部コミューン 音羽ラヴィ @OTOWA_LAVIE

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