ダンジョンマスターⅠ

 三影ダンジョン第6層にある隠しフロア。小さな会議室を思わせる空間で、俺と藤野さんは二人の男性と向かい合っていた。


「初めまして、栗下と申します。今日はお時間を頂いてホントありがとうございます」


「初めまして。配信者のジュンです」


「初めまして! リリックです」


 名乗りを返しながら、栗下と名乗った男性が差し出した名刺を受け取る。40歳くらいだろうか。みだしなみは整えているのに、どこか雑な雰囲気というか、親戚のおじさんのような気さくさを感じさせた。


「ワルドナさんもすみませんねえ。わざわざお越しいただくなんて」


 そしてもう一人。この場をセッティングした人物。最大手のダンジョンサイト『ダンとも』の管理人であるワルドナさんもまた、栗下さんにお礼を言われていた。


「いやいや、こっちこそすんません。仲立ち頼まれただけやのに、図々しく立ち会わせてもろて」


 ワルドナさんはニカッと笑う。


……そう。事の発端は、ワルドナさんから送られてきた一通のメールにあった。その用件は「政府の人間がリリックちゃんたちに会いたがっている」というものだった。

 どうして政府が俺たちにコンタクトを取る必要があるのか。理由を聞くと「ダンジョンの情報を取りまとめて、国としての対応方針を定めるため」だという。


 多少の胡散臭さは感じたものの、俺たちもいくつか下心があったし、向こうがよからぬことを考えていてもダンジョン内なら無力化できる。そんな考えのもとで、俺たちは面会希望を受け入れたのだった。


「それで、私たちにどのようなお話ですか?」


 椅子に腰かけたタイミングで話を切り出す。こっちから口を開いたのは、向こうのペースに乗せられるのは嫌だという感情的なものだ。


「この5年で、ダンジョンは世界各国に出現するようになりましたからねえ。しかもその影響は甚大とくる。政府としても、対応方針を定めないとマズいってことになりまして」


「対応と言うと、ダンジョンを閉鎖する可能性もあるっちゅうことですか?」


 そこへワルドナさんが口を挟む。彼としても、政府筋の人間と情報交換できる機会は貴重なのだという。


「正直に言ってその可能性はありますねえ。なんですが……」


 ダンジョンを生活の一部にしている俺たちに配慮したのか、栗下さんは言葉を付け加えた。


「そうならない判断をするためにも、ダンジョンの詳しい情報がほしい。人間、よく分からないモンには蓋をしようとしますからね」


「情報って、どんな?」


 藤野さんが問いかけると、彼はすぐさま答えを返してくる。


「なんでも。ダンジョン自体のことはもちろん、皆さんにとってダンジョンはどういった存在なのか。ダンジョンが人に与えている影響を知りたいんです」


「……分かりました。私たちが伝えられることはお話しします。でも、そちらの情報も提供してもらえるんですよね?」


 俺は先に釘を刺す。俺たちとしても、一方的に情報を提供するつもりはない。そこは譲るつもりはなかった。


「私が提供できる範囲なら、なんでもお答えしましょう。たとえばどんなことですかね?」


「天原ダンジョンのことを教えてください。今はどんな状況ですか?」


「へえ? 天原ダンジョンですか」


「はい。すでに多くの探索者が潜っていることは投稿された動画で知っていますが、それ以上の情報を持っていますよね?」


 俺の申し出を受けて、栗下さんは熟考するように目を細めた。


「なぜそのことを尋ねようと思ったのか聞いても?」


「昔、天原ダンジョンに潜っていましたから」


「ジュンさんは『被災者』でしたか」


 その情報は掴んでいなかったようで、栗下さんが軽く驚きの表情を浮かべる。


「それじゃリリックさんも?」


「ううん。ジュンだけ」


 彼女が首を横に振ると、栗下さんは何事かを考えているようだった。


「なるほど、被災者なら天原ダンジョンのことは気になって当然か……あのダンジョンが注目を浴びたきっかけは知ってます?」


「天原ダンジョンのポーションを使った検証動画が始まりですよね」


「ええ、そのとおりです」


 栗下さんは軽い苦笑を浮かべる。その反応からすると、好ましくない展開だったのかもしれない。


「その反応からすると、政府としては不本意やったんですか?」


 同じことを考えたようで、ワルドナさんが疑問を投げかける。


「ま、ウチも一枚岩じゃないんでね。色んな派閥がいる、と言えば分かってもらえると思いますが」


 その言葉には説得力があった。高校ですらそうなのだ。国のような大きな組織となれば、人々の思惑が入り乱れているのだろう。


「じゃあ、栗下さんとしては不本意だったんですか?」


「いやぁ……政府としては統一した見解をまだ出せなくてねえ」


「栗下さんの派閥、もしくは個人的な考えでもいいです」


 重ねて告げると、彼は不思議そうに俺へ視線を向ける。隣にダンジョンマスターがいる身としては、彼のスタンスを早めに把握しておきたかったのだが、露骨だっただろうか。


「昔の関係者としては、どうしても気になるんです」


「ああ……」


 そう言えば、栗下さんもそれ以上疑うつもりはないようだった。その表情に納得の色が浮かぶ。


「さっきの回答ですが、不本意ですね。ぶっちゃけて言えば、私はもともとダンジョンの開放に反対する立場でして」


 彼は苦笑を浮かべると、溜息とともに言葉を続けた。


「ただ、こうなっちゃもう止められない。お偉い先生方が乗り気になった以上、俺たちにできることはソフトランディングだけだが……せめて浮かれた気分で命を落とす国民を減らしたい」


 そう告げる瞳は真剣なもので、今の言葉が嘘ではないと思わせた。だからこそ、俺も真面目に質問をぶつけることにした。


「数カ月前に、また大勢の人が天原ダンジョンで亡くなりましたよね?」


「どうしてそれを――」


 思わず、といった様子で栗下さんは言葉をもらす。


「リアルでの身体能力が跳ね上がったからです。融合型ダンジョンは、現実との融合が進むとダンジョンでのステータスが反映されていくはず」


「……それ、どこで知りました?」


 彼はスッと目を細める。ひょっとすると、この情報は機密レベルだったのかもしれない。実際、俺も藤野さんに教えてもらうまで知らなかったしな。


「栗下はん、目がマジになってまっせ。二人を怯えさせるつもりなら、この場はお開きにさせてもらいますけど」


 と、鋭利な雰囲気をまとった栗下さんに対して、ワルドナさんが素早く牽制の言葉をかける。ワルドナさんがこの場にいてくれてよかったな。思わず身構えるところだった。


「おっと、これは申し訳ない……ウチとしちゃけっこうな重要機密だったんで、つい漏洩を疑ってしまって」


ホントに申し訳ない、と栗下さんは何度も頭を下げる。そして、威圧的にならないようにだろう、彼は揉み手をするかのような低姿勢で口を開いた。


「ちなみに、もちろん答えなくてもいいんですが、その情報を誰に聞いたか教えてもらえたりは……」


「諦めの悪いお人やな……」


 ワルドナさんが呆れたように呟くが、栗下さんが言葉を撤回する様子はなかった。まあ、場合によってはダンジョンマスターに繋がりかねない情報だからな。


「本人に秘密にしてくれるなら、教えてもいいですよ」


「そうか、やっぱりダメか――え!? いいの!?」


 彼は見事なノリツッコミを見せてから、食いつくように身を乗り出した。その隣にいるワルドナさんも興味津々といった様子だ。


「そう言っていたのはエグゼさんです」


「エグゼって、あの【摩天楼】リーダーのエグゼでっか? マジかいな」


 先に反応したのはワルドナさんのほうだった。少し前の5周年イベントでも【摩天楼】は呼ばれていたから、余計に驚きが大きいのかもしれない。


「はい。昔の仲間経由ですけど、そんな話を聞きました」


 俺は頷きを返す。その言葉は嘘ではない。昔の仲間うちでそんな情報が流れていたのは事実だし、その出処がエグゼさんであることも本当だ。ただ、ここで彼の名前を出したのは、思うところがあったからだが……。


「なるほどねえ」


 予想通り、栗下さんの反応は驚きというほどではなかった。むしろ納得したように見える。


「エグゼさんのこと、栗下さんはどう思っていますか?」


「彼は天原ダンジョンのトップ探索者で、多くのアイテムをダンジョンから持ち帰っている重要人物だ」


 返ってきた言葉は、彼についての見解というよりただの事実だった。栗下さんも分かっていて誤魔化したのだろう。だから、俺はまず自分の見解を表明することにした。


「エグゼさんは天原ダンジョンを成長させようとしている。私はそう考えています。あのダンジョンの探索再開をずっと求めていたのも【摩天楼】ですし、きっかけになったポーション検証動画だって、裏で糸を引いていたのはエグゼさんだと思っています」


 俺はそう断言して言葉を続ける。


「あの時点ではダンジョンが大して成長していないことを考えると、検証動画では最上級のエリクサーを使ったはず。配信したパーティーはそんなものを入手できるレベルじゃありませんでしたし、エグゼさんが提供したんじゃないでしょうか」


 正直に言って、俺はエグゼさんを疑っていた。あの日の言葉はダンジョンマスターか、それに近しい『協力者』でなければ知り得ないことだったから。


「まあ、私怨が入っていることは認めますけど」


もちろん、その話を馬鹿正直にするわけにはいかない。だが、被災者の俺が、天原ダンジョンを復活させたエグゼさんに反感を持っていたとしてもおかしなことではない。


「これはまた――」


 栗下さんはそう言ったきり沈黙する。ずいぶんと考え込んでいる様子だったが、そうさせるだけの情報だったということだろう。それだけでも収穫だ。


「いやぁ、驚いたねえ。まさかそこに辿り着くとは……ねえねえ、卒業したらウチに就職しない?」


「将来、就職先に困ってたらお願いします」


 そう答えると、藤野さんとワルドナさんが軽く噴き出した。


「なに、今のやり取り」


「最近は公務員もなり手が少ないらしいから。有望な子にはコナかけときたいんやろ」


「なんか親戚のおじさんが自分の会社に誘ってるみたいだった」


「軽かったなぁ。体よくフラれとったけど」


 そんなやり取りが聞こえるが、とりあえず無視だ。俺は栗下さんから視線を外すつもりはなかった。


「もう言っちゃうけど、ウチもエグゼさんを怪しんでてねえ。4か月前、秘密裏に天原ダンジョンを探索していた部隊が全滅した時も、不自然な動きがあったし」


「やっぱり犠牲者が出ていたんですね」


「ああ。天原ダンジョンの安全性を調査するため、という名目で駆り出された自衛隊員や研究者たちだ」


「研究者?」


 俺が首を傾げると、栗下さんは渋い顔で息を吐いた。


「お偉い人が万病の薬や不老不死を求めるなんてのは、遥か昔からのお約束だからね。『誰か』に唆されて、研究者という名目で大勢の素人がダンジョンに潜っていたのさ」


「封鎖されてたわけじゃないんですか?」


「もちろん封鎖されていたさ。あくまで封鎖を解くかどうかの『調査』だからね」


 そう答えて栗下さんは肩をすくめる。だが、その表情には怒りが垣間見えた。


「で、二度目の犠牲者が出たと。なるほどなぁ……そして、結果として天原ダンジョンが成長して、ポーションの効力が強うなる。そしたら、効力が強まったポーションやアイテムが欲しくて探索者が天原ダンジョンへ集まり、また死者が出てダンジョンが成長すると。ようできてるなぁ」


 ワルドナさんは感心したように告げる。ダンジョンの謎が知りたくてダンジョンサイトを立ち上げただけあって、強い興味を示しているようだった。


「ワルドナさんが言うとおり、もうこのサイクルは止められない。たとえ全ダンジョンを封鎖しても、有力者が寄ってたかって撤回させるか、秘密裏に探索を進めてアイテムを独占するだけさ」


「あらら。もう詰んでますやん」


「正直に言ってくれるねえ……」


 その反応に苦笑を返しつつ、栗下さんは俺たちを見る。


「ダンジョン封鎖が無理なら、逆に実態を国民に明かしてしまったほうがマシさ。今のように一部の有力者が私欲で独占している状況は避けたいからね。まして、何も知らない人々がダンジョンへ駆り立てられるなんて論外だ」


 再び彼の目に力が宿る。栗下さんにとっては人々の安全が優先事項なのだろう。そして、それは俺たちにとっても朗報だった。


「他の機関とそのあたりの調整や方針の統一をしたいところだが、今はどの省庁が管轄するかで揉めている有様とくる。せめて対策を取る時間が欲しいところだが……」


「そんなに天原ダンジョンの融合は進んでるんですか?」


「早ければ一年で、ダンジョンが目標を達成すると見ている」


そうなれば天原ダンジョンの高レベル者による治安悪化や、アイテムの市場流出による社会や経済の大混乱が発生してしまう。栗下さんはそう付け加えて大きな溜息をつく。


「一年か……」


 だが。俺にとってその予測は悪いものではなかった。それどころか、あと少し足りないピースを埋めることさえできるかもしれない。


 ……と、そう考えた時だった。


「――やあ、面白そうな話をしてるね」


 4人しかいない会議室に聞こえてきたのは、その場にいない5人目の声だった。直後、会議室内の空間がぐにゃりと歪み、そこから人影が現れる。


「な――」


「誰だ!?」


「……子供?」


 突然の事態に俺たちは騒然としていた。万が一に備えて椅子から立ち上がると、俺は魔剣を抜き放つ。


「ちょっと。そんな物騒なものを向けないでほしいな」


 この場に現れたのは10歳くらいの少年だった。一体何が起きたのか。彼は何者なのか。そんな混乱した表情を浮かべる4人の前で、彼は大仰に一礼してみせた。


「――初めまして。この三影ダンジョンのダンジョンマスターだよ」

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