増築

『うぃずダンジョン』の平均レベルが50に達した頃。俺とソウさんは、とある事情で向かい合っていた。


「――マナを傷つけた責任を取ってもらおう」


「いや、そんなこと言われても」


 直径20メートルほどの、石で造られたリング。その床石を踏みしめて相手の様子を窺う。お互いの距離は5メートルといったところか。俺が剣を鞘から引き抜くと、ソウさんも剣を構えた。


「その剣、向かい合うと余計に禍々しいな」


 うっすらと黒いもやを放つ剣身を見て、ソウさんはそんな感想を口にする。

【魔剣ダインスレイヴ】。少し前に手に入れたレア装備だ。極めて高い攻撃力と命中補正を備え、さらに攻撃した相手に回復不能のデバフを付与するという魔剣だった。


 ただ、破格の性能と引き換えに「たまに仲間を攻撃してしまう」という呪いが付与されるのだが……暗黒騎士は呪われた装備に適性があるため、「定期的に自分がダメージを受ける」程度の呪いに軽減されていた。


「暗黒騎士らしいだろ?」


「そうだな」


 そんな軽口を交わした直後。一瞬で距離を詰めた俺たちは、リングの中央で剣を打ち合わせていた。


 盾を持つ左側は不利と見て、俺はソウさんの右側へ回り込んで剣を繰り出す。だが、それを読んでいたソウさんは、盾で剣撃を強く弾いて俺の体勢を崩しにかかった。


「っ!」


 剣を弾かれた瞬間に俺は後ろに跳ぶが、それを追ってソウさんがぴったり追随してくる。だが……。


「【魔女大釜】起動」


 目の前の空間に暗い魔法陣のようなものが浮かび上がる。設置式のスキルだ。俺を追ってきたソウさんは、勢いを止めきれず魔法陣に突っ込み、凶悪なデバフ詰め合わせを受けて――。


「【祝福】!」


 デバフを受けそうになったソウさんは、すぐに手にした剣を掲げた。彼が手に持つ【聖剣アスカロン】には、戦闘ごとに一度だけ相手の攻撃やデバフを防ぐ能力があるからだ。俺が仕掛けた弱体化を回避すると、ソウさんはニヤリと笑った。


「危なかった。さすがジュンだな」


「あっさり防いでおいてよく言うよ」


「だが、アスカロンの【祝福】はこれで打ち止めだからな」


 そんな言葉をかわすと、俺たちは再び剣を打ち合わせる。目まぐるしく位置が入れ替わり、虚実緩急を織り交ぜた攻防が繰り広げられていた。


 そうしてどれほど経っただろうか。こちらが放った【黒十字】とソウさんが放った【聖十字】が激突し、お互いの視界が遮られたところで俺は勝負に出た。


「【闇之剣・天】!」


「【聖剣解放】!」


 だが、相手も同じことを考えていたらしい。お互いが放った本命の斬撃は、ぶつかり合うことなく相手の身体を斬り裂いた。


「――そこまで。HPが規定値に達しました」


 その瞬間だった。ダメージを受けつつ追撃を入れた俺だったが、振るった剣はソウさんの手前で弾かれる。そして『セーフエリア』と表示されたウィンドウを見て、戦いが終わったことを悟る。


「お疲れ様でした。ただいまの戦闘の勝者はジュンさんです」


 そう告げたのは、専属のNPCだ。その判定を聞いて、俺はほっと一息つく。


「なんとか勝てた……」


「ジュン。見事だったぞ」


 ソウさんが背中をバンと叩いてくるが、俺は首を横に振った。


「聖騎士は仲間を守ることに長けた職業クラスだからなぁ。こういった1対1の戦いなら火力型の暗黒騎士が有利になるさ」


「だが、今回のルールは『HPが半分を割ったら決着』だったからな。HPが減るほどに戦闘力が上がる暗黒騎士には不利な面もあったはずだ。……まあ、さっき負けたマナの仇は討ってやりたかったが」


 そんな話をしながら、俺とソウさんはリングを後にする。そこから続く通路を歩いていた俺たちは、やがてのロビーに到着した。


「――あ、二人ともお疲れさまー!」


 すると、観客席で観戦していた藤野さんとマナさんが出迎えてくれる。


「いい戦いだったわ。聖騎士と暗黒騎士の一騎打ちって、とても映えるわねえ」


「リスナーの反応もよかったしね。魔法の撃ち合いもよかったけど、前衛職同士の戦いも手に汗握るっていうか」


「となると、やっぱり課題は職業クラス間の調整か」


「うん。やっぱり前衛職が有利かなぁ。【斥候】系の職業クラスも損してる感じがあるし」


 そんな話を聞きながら、俺は人で賑わっているロビーを見渡した。――『闘技場』。それは、三影ダンジョンのB層に出現した新しいエリアだ。


 基本的にこのダンジョンではプレイヤー同士の戦闘が禁じられているが、闘技場のリングだけは別だ。しかも職業クラスやレベルを調整する機能もあるため、三影ダンジョンの探索者でなくても、様々な職業クラスを一時的に得て戦いに挑むことができた。


 また、これまでとは異なる構造のフロアであり、第1層に出現した2つのゲートからそれぞれA層、B層へそれぞれ繋がるようになっているため、手軽なアクセスも評判がよかった。


「まさか、こんなに人が増えるなんてね」


 いつの間にか俺の隣に来ていた藤野さんが、感心したように告げる。


「対人戦が好きな人は多いからな。PKまで行くと空気が悪くなることもあるが、闘技場形式なら大丈夫だろう」


「本来のダンジョンはそっちのけで、ずっと闘技場にいる人も多いよね」


「人の好みは様々だからな。対戦が好きな人は、わざわざ探索フロアに行く必要を感じないんだろう」


 言って、俺はぐるりとロビーを見回す。


「後は……ランキング表の掲示も欲しいな。ランキングが好きな人は多いし、励みにもなるだろうから」


「リングがたくさんあるから、集計は大変だろうね」


 一般論っぽく装いながら、藤野さんと意見を交換する。それはすべて彼女がダンジョンマスターとして目標を達成するための方策だった。


 藤野さんに病気のことを明かされてから3か月。当時のペースでは間に合わないと判断した俺たちは、だいぶ思い切ったダンジョン改造を断行した。

 独立型ダンジョンの成長に必要なものは生命体が発する感情エネルギーが主らしく、それなら従来のダンジョンでなくても構わないのでは、と考えたのが始まりだった。


「A層の収支はどう?」


 誰もいない区画を見つけた俺は、藤野さんに小声で話しかけた。


「そろそろ拡張に使ったエネルギーを回収できそう」


「よかった。後は儲かるばかりだ」


 その報告に思わず笑顔が浮かぶ。ダンジョンマスターとはいえ、無制限にダンジョンを操作できるわけではない。ダンジョンが集めたエネルギーを消費する必要があるからだ。

 そのため、思うように人が集まらなければ、ダンジョンを拡張した分のエネルギーすら回収できず、かえってゴールが遠のく可能性もあったのだ。


「今日はA層のリポートもするんだよな?」


「うん。ソウさんとマナさんはこういうの慣れてるし、心強いね」


「あの二人が慣れてるのは、食レポじゃなくてイチャつくことだけどな」


「あはは、そうかも」


 そんな密談を経て、俺たちはソウさんたちと合流する。やがて新しい第2層に辿り着くと、しばらくオフにしていた浮遊カメラを起動した。


「――みんな、お待たせー! 闘技場の次はA層のショッピングモールを回っていくよ!」


『待ってました』


『移動タイム終わったか』


『リリックちゃんはこっちのほうが似合うな』


 そんな滑り出しで始まったのはA層――通称『ショッピングモール』の紹介だった。闘技場もかなりの人がいたが、ここはその比ではない。本当に「休日に賑わっているショッピングモール」といった風情だった。


「今日も混んでるなぁ……」


「まあ、今日は土曜日だしな」


 ソウさんの呟きに相槌を打つ。この人混みにはもちろん理由があった。ここで手に入れたものはダンジョンから持ち出せないため、装備品やアイテム類の販売は下火だが、ここにはそれを補って余りあるメリットがあるからだ。


「今日は何を食べようかな……マナさんは希望とかある?」


「そうね。大きなパフェはどうかしら」


 彼女がそんな提案をすると、藤野さんは一瞬で食いついた。


「はい採用! 行こっ!」


『即決ww』


『男二人に選択肢がないw』


『女性陣の目がマジだ』


 リスナーがそんな様子を茶化すが、藤野さんは満面の笑みを崩さない。


「だってだよ!? 夢のスイーツじゃん」


 ――そう。それが人気の秘密だった。独立型ダンジョンのものは持ち帰れないという特性が作用した結果、「ダンジョン内の飲食店はどれもカロリーゼロ」という奇跡のコラボレーションが生まれたのだ。


 当初はテーマパークのような施設を作っていたのだが、この特性が判明したことで方針を変更し、フロアの多くを飲食店が占めるようになったのだ。

 初めはダイエット目的の女性が目立っていたが、病気で好きなものを食べられない人にも広まり、今ではいろんな人がこのフロアに集っている。


「このダンジョンに潜っていて、本当によかったわぁ」


 マナさんはいい笑顔で告げる。料金はダンジョンの通貨で支払うことになるが、価格設定を抑えてあるため、低レベル層をうろついた稼ぎだけでそれなりの食事ができる。

 まして、俺たちのようにダンジョンの深層まで行ける探索者ともなれば、もう食べたい放題だ。


「じゃあ、ここにしよっか」


 やがて俺たちが辿り着いたのは、最高クラスの金額設定がなされたカフェだった。ゆったりとした贅沢な空間と品のある内装は、まるで貴族のお茶会会場のようだ。


『さすが稼いでる探索者は違うな』


『上級国民だな』


「だって見たでしょ? 他のとこ満員だったし」


 藤野さんはそんなコメントに反論するが、夢中でメニューを選んでいる彼女に説得力はない。


『まあ、ここは中層に潜れる探索者じゃないと金銭的にきついからな』


『混まないわけだ。リアルマネーが使えないからな』


『ここに入りたいがために、すごい勢いでダンジョンを踏破してるやついたな』


 そんなコメントを拾いながら、俺たちは注文したメニューを待つ。なお、給仕をしてくれるのはNPCだが、人間とは限らない。エルフやドワーフ、翼人といった種族が働いている店もあり、それも人気の一端になっていた。


「――お待たせしました。『霜の巨人のパルフェ』です」


 そうして3分ほど待っただろうか。実際の調理工程が存在しないおかげで、驚くほど早く注文した品がテーブルに載せられた。


「うわ……これやり過ぎじゃない?」


「カロリーゼロでも、ダンジョン内にいる限り満腹感は発生するからな」


 マナさんたちが頼んだ直径30センチ、高さ1メートルのパフェを見て、俺たちは唖然としていた。彼女は設定に関わっているはずだが、ここまでだとは思っていなかったのだろう。


『のっけからフードファイト』


『誰だよこれ考えたやつww』


 そんなコメントが爆速で流れていくが、全面的に同意しかない。あれは何かの宣伝用にしか思えない。


「普通のパフェにしといてよかった」


 藤野さんは自分のパフェを見てほっと息を吐く。まあ、それも普通のサイズではあり得ないほどに大きいのだが。


「ソウ君。ほら、あーん。――ふふ、美味しい?」


 と。そんなことを考えていたら、いつの間にか隣の二人のモードが切り替わっている。


「マナに食べさせてもらったら、それだけで美味しさが増すよ。……マナ、あーん」


『おおぅ……流れるように始まった【ソウ×マナ】タイム』


『食ってるパフェの解説すらしないww』


『こうなったらリリックちゃんの食レポに期待するしかない』


「あたし? よーし、期待してて」


 藤野さんは不敵な笑みを浮かべると、自分の顔の高さまであるチョコレートパフェにスプーンを入れた。チョコレートシロップがたっぷりかかった生クリームとチョコブラウニーをすくって、一気に口に入れる。


「ん~~~っ!」


 一拍遅れて、彼女は感動の声を上げた。その顔はどう見ても幸せいっぱいで、誰も彼女がダンジョンマスターだとは思わないだろう。

 ちなみにメニューの原型は彼女が設定しているのだが、ダンジョンマスター権限でも試食はできなかったらしい。


『リリックちゃん嬉しそう』


『味の感想も頼む』


「もうねー、最っ高!」


 いい笑顔で答えて、藤野さんは再びパフェを頬張る仕事に戻った。何かを喋るわけではないが、キラキラと輝いている目が彼女の心情を物語っていた。


『ダメだ。リリックちゃんも食レポ無理勢だったか』


『だが美味いってことは嫌ほど伝わってくるからな。食レポとしてはアリかもしれん』


 そんなコメントに頷きながらも、藤野さんは食べるペースを落とさない。かわいらしい小動物か何かに見えてきた。


『残るはジュンだけか』


『頼む。少しくらい俺たちにどんな味か教えてくれ』


 そして、藤野さんから情報を引き出すことを諦めたリスナーたちは、俺に白羽の矢を立てた。といっても、俺が頼んだのは3人のようなパフェではなく、ただのフルーツタルトだ。見た目は凄く綺麗だがパフェのような迫力はない。


 そんなことを思いながら、俺はタルトを食べやすいサイズに切って口に運ぶ。そして――。


「これは……美味いな。一見するとクリームが控えめで物足りなさそうに思えるが、上に載ったフルーツの果汁とタルト台が合わさって、それだけで味わいが完成されてる。

 果物と調和させるためだろうけど、タルト台もクリームも甘さが抑えられていて、そのおかげでフルーツがしっかり存在感を出しているのも好きだな」


 俺は浮かんだ感想を告げる。その味は期待を超えるもので、甘いもの好きの藤野さんの底力を思い知った気分だった。他の飲食店も評判になっていることを考えると、彼女はそっち方面が得意なのかもしれない。


『???????』


『まさかの食レポ適性持ちだったww』


『やればできる子だと信じてた』


『普段より喋ってなかったかw』


 と。気が付けばコメントにはけっこうな勢いが付いていた。これ、喜ぶべきなんだろか。


『ただ、リポートの内容はともかく華がないな』


『まあジュンだからな』


『魔剣ダインスレイブを肩に担ぎながら食べたら? 凶悪な暗黒騎士がケーキを食べる絵面はグッとくる』


「周りの人がドン引きするだろ! というか個人的な性癖すぎない!?」


 俺はリスナーとそんなやり取りを繰り広げる。ちらりと横を見れば、藤野さんはそろそろ食べ終わりそうな頃合いだった。


『しっかし様変わりしたな。初めて『うぃずダン』が動画を配信した時、誰がこの状況を想像したよ』


『この数カ月でダンジョンの概念が崩れたからな』


「たしかにな……」


 そのコメントに頷く。俺に限って言えば、ダンジョンどころかダンジョンマスターの概念すら崩れたからな。


『最近、飲食店があるダンジョンはたまにあるな。こんなショッピングモールみたいな規模じゃないけど、海の家くらいのやつ』


「そうなのか? それなら焼きそばとかき氷くらいは食べたいな」


 言葉を返しながら、俺はその情報を胸に刻みつける。結果としてショッピングモール増築という賭けに勝った俺たちだが、ダンジョンマスターが実在する以上後追いは避けられないし、長い目で見れば人も減っていくのかもしれない。


 だが、これまでに得た知名度とエネルギーのおかげで、当分は一人勝ちの状態だというのが俺たちの予想だった。

 そして何より、俺たちはずっとダンジョンを繁盛させる必要はない。先行者利益で逃げ切って、必要となるエネルギーを集め終えればいいのだ。


 そんな決意を胸に秘めて、俺は流れるコメントを眺めていた。


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