天原ダンジョン
「――見てくれてありがとね! じゃあ、また次回の配信で!」
『おつかれさまでした。次も楽しみにしてます』
『乙』
『やっぱリアル配信のほうが好きだわ』
ライブ配信を終えて、配信していた浮遊カメラをオフにする。もう何も映っていないことを確認して、俺はみんなに呼びかけた。
「お疲れさま。カメラ切ったぞ」
「おつかれー!」
「ああ、お疲れ様。マナは今日も大活躍だったな」
「ええ、お疲れさま。……ソウ君のほうが格好良かったわよ?」
最前線である17層を探索していた俺たちは、16層へ繋がるゲートへ向かう。このダンジョンは1、6、11、16層で大きな町が確認されており、それぞれを繋ぐ転移門があるからだ。
「そうそう。今日は16層で解散させてもらうよ。マナと行きたいところがあってね」
「分かった。……花見でもするのか?」
ソウさんの言葉にそう返したのは、11層で見事な桜並木が発見されたからだ。11層が解放された時点では存在していなかったのだが、「攻略組以外の人にも発見の楽しさを感じてほしいよね」と藤野さんが実装したのだ。
「正解よ。お弁当を作れなかったのが残念ね」
「そっかー。いってらっしゃい、楽しんでね!」
彼らの反応が嬉しかったのか、藤野さんは上機嫌で送り出そうとする。その様子が微笑ましかったようで、ソウさんたちも温かい眼差しを藤野さんへ向けていた。
ちなみに「この前の話し合いはどうなった?」と二人に聞かれたのだが、制約で藤野さんがダンジョンマスターだと伝えられない俺は「分からなかった」と答えるしかなかった。
だが、もともと確信を抱いていた二人は何かを察したのだろう。それ以上俺に聞いてくることなく、これまで通りのサポートをしてくれていた。
「そう言えば、ワルドナさんからお礼のメールが来てたぞ。『お陰さまでダンとも5周年イベントは盛況でしたわ! ほんまおおきに!』って」
「そうなんだ。あはは、あの人らしいね」
俺の報告に藤野さんが笑い声を上げる。以前に俺たちが撮ったイベント動画も無事に放映されており、こっそり胸をなでおろしたものだ。
「あのイベントのおかげで『うぃずダン』の登録者数が50万人を超えたし、俺たちとしてもありがたい話だったな」
「うん。あんなに影響があるなんてねー」」
俺たちはそんな話で盛り上がる。登録者数がすべてとは言わないが、重要な数字であることは間違いない。同じダンジョンに潜り続ける配信者としては、50万人はもはやトップクラスと言っていいだろう。
「ただまあ、さすがに頭打ち感はあるな」
「まあ、ターゲット層には概ね認知されただろうしな」
俺の呟きにソウさんが深く頷く。
「それに……最近は融合型ダンジョンが人気だものね」
「ホントそれ。今日のコメントもそんな感じのやつあったし」
「そうなんだよなぁ……」
女性陣の言葉に俺は小さく溜息をついた。彼女たちの言葉どおり、ダンジョン配信のブームは三影ダンジョンのような『独立型』から、封鎖を解かれた『現実融合型』へ移りつつあった。
融合型ダンジョンは、配信者の死亡といったショッキングなシーンが配信される可能性があるため、ライブ配信は禁止されている。
だが、そういった部分を編集できるアーカイブ配信は認められている。そして何より――。
「天原ダンジョンのポーションで不治の病が治っただとか、正直に言って胡散臭いんだがな……」
ソウさんは渋い顔で呟く。……そう。ここへ来て『現実融合型ダンジョン』が人気になったきっかけは、『ダンジョン外へ持ち出したアイテムが有効性を示した』ことだった。
と言ってもダンジョンと同じ効力というわけではなく、『最高級のポーションで軽い傷が治る』程度のものだが、社会の注目度は非常に高かった。
「不治の病はともかく、軽傷がみるみる治ったのは事実よ? 生配信でやっていたし、他のパーティーもいたから細工はしにくいはず」
「だが、全員がグルだという可能性も……でもなぁ」
ソウさんは困ったように腕組みをした。彼が融合型ダンジョンの効果を否定しきれない理由は、俺にもよく分かっていた。なぜなら――。
「
「そうなんだよな……」
俺はその言葉に同意せざるを得なかった。最初は気のせいかと思ったのだが、現実での身体能力が不自然に向上しているのだ。たとえば、今の俺は100メートルを10秒ちょうどくらいで走ることができる。これは日本記録に近い数字で、一介の高校生に出せる速度ではない。
そのため、最初は三影ダンジョンが現実に影響を及ぼしたのかと思ったのだが……藤野さんだけ能力が変わらないこと、そして
「
「3人とも高レベルだったものね。私なんて指先から火花が出せるようになったし、バレたら人体実験送りかしら」
マナさんがさらりと怖いことを言う。だが、彼らの言葉通り、このステータスの上昇は天原ダンジョンに関係すると見てよさそうだった。
「マナ、大丈夫だ。俺がいる限りそんなことは絶対にさせないさ」
「ふふっ、ありがとう。私も同じ思いよ」
そんな会話をかわしつつ、俺たちは16層の街へ辿り着いた。宣言通りソウさんとマナさんはここで離脱し、11層の花見へと出かける。
「では、俺たちは離脱させてもらう」
「それじゃあね。二人とも気を付けて帰るのよ?」
そんな挨拶をすると、二人は腕を組んで去っていく。その後ろ姿を見送ってから、俺は藤野さんに話しかけた。
「マナさん、ついに魔法が使えそうだな……」
「うん。マナさんって天原ダンジョンでは魔術師だったんだよね?」
「ああ。高火力ですべてを灰にする魔女として有名だった」
「ええ……と、ともかく、魔法が使えるようになると決定的だね。
「だよなぁ……」
相棒であるダンジョンマスターの断言に、俺は肩を落とした。世界を創造するという目的を持つダンジョンだが、『独立型』と『現実融合型』では目的に大きな違いがある。
前者は新しい世界を創造するのに対し、後者はこの世界を侵食し、融合という形で新しい世界を創る……らしい。
「つまり、天原ダンジョンのダンジョンマスターはゴール寸前ということか」
俺は嫌そうな顔を隠さず告げる。あんなに多数の死傷者を出したダンジョンが一抜けするのは嫌だという、感情的な理由だ。
「やー、どうかなぁ。現実融合型はコストがすごいもん。現実世界の復元力をねじ伏せるためには、より多くのエネルギーが必要なんだって」
「まあ、エネルギー云々はいいんだが……また人を殺すつもりなんだろうな」
「うん……あのタイプのダンジョンは、生命を奪わないと成長しづらいから」
藤野さんは申し訳なさそうに答える。彼女が悪いわけではないのだが、どうしてもダンジョンマスター寄りの意識になってしまうのだろう。
「ポーションもそうだし、【属性石】なんかは新しいエネルギー資源になる可能性があるって言われてる。探索者が続々と集まる未来しか見えないな」
となれば、また大きな犠牲が出るのだろう。……いや、最近になって現実への影響が強まったということは、すでに多数の死者が出ているのかもしれない。
「ん?」
と、そんな話をしていた時だった。前方から近付いてくる人影に気付いて、俺たちは会話を切り上げる。
「それで、次の配信なんだけどさ」
「うん。いつにしよっか」
そうして当たり障りのない会話しながら、近付いてきた探索者とすれ違おうとしたのだが――相手は目の前で立ち止まった。どうやら俺たちに用事があるらしい。
「やあ、こんにちは。『うぃずダンジョン』のリリックさんとジュンさんですね」
「その通りです。失礼ですが、貴方、は――」
相手の顔をまじまじと見た俺は、一瞬言葉を失った。そこにいたのは、ダンジョン配信者の最高峰の一角。
「初めまして。『摩天楼』のリーダーを務めているエグゼです」
天原ダンジョンに潜り、数々のアイテムを現実世界へ持ち出しているトップ攻略者が目の前に立っていた。
◆◆◆
「突然お邪魔してすみませんね。お二人……特にリリックさんにはお会いしてみたかったんです」
年齢は20代半ばだろうか。ぱっと見では細身に見えるが、ダンジョン戦闘においては国内最巧との呼び声も高い人物だ。そんな彼は、微笑みとともに口を開く。
「え? あたし?」
「はい。実はダンとも5周年イベントでリリックさんの存在を知りまして。なんでも、このダンジョンで不思議な現象によく遭遇するとか」
「あはは、よく言われます」
「ワルドナさんも、リリックはダンジョンに愛されている気がすると言ってました」
藤野さんの言葉に続けて、俺もフォローするために口を開く。すると、エグゼさんは興味深そうに俺を見つめた。
「そうなんです。リリックさんはダンジョンに愛されているようでしたから、ぜひお話をと思って」
「えーと……」
藤野さんは戸惑った様子で俺に視線を向けた。おそらく【奇跡】のスキルをでっち上げるか悩んでいるのだろう。
「いいんじゃないか?」
俺は頷きを返した。氷龍戦の後と同じように、【奇跡】という非表示スキルのせいにしてしまえばいい。『暁光』のリーダーにも同じ説明をしているし、矛盾はないはずだ。
「……なるほど、よく分かりました」
藤野さんから【奇跡】スキルの説明を聞いたエグゼさんは、大仰なほど深く頷いて見せた。そして、なぜか愉快そうに口の端を上げる。
「
「!?」
唐突な断定に息を呑む。エグゼさんは底知れない微笑みを浮かべたまま、俺たちの様子をじっと窺っていた。
「エグゼさんはダンジョンマスター実在派なんですね。突然のお話でびっくりしました」
おかしな流れになる前にと、俺は藤野さんに先んじて口を開いた。そんな俺を、エグゼさんは再び面白そうに眺める。
「貴方は……彼女がダンジョンマスターだと知っていましたね? これは驚いた。独立型のマスターがそこまで信頼関係を結べるとは」
「あの、なんのことでしょうか……?」
豹変した彼に困惑した風を装いつつ、この場を切り抜ける方法を考える。エグゼさんはダンジョンマスターの様々な制約を知っているようだ。となれば、あくまで何も知らない探索者を演じ続けるしかない。
「気にしないでください。有望なダンジョン……いえ、ダンジョンマスターをこの目で見ておきたかっただけです」
尊大に告げて、エグゼさんは周囲をぐるりと見回した。
「私には目的があります。このダンジョンはその邪魔になるかと思いましたが……心配するほどではなかったようです」
「はあ」
俺は気の抜けた返事をするのが精一杯だった。何を言っているのか半分も分からないが、放置してもらえるならそれに越したことはないだろう。
「さて。用事は済んだわけですが……手土産代わりに一つ情報を進呈しましょう」
「いえ、結構です」
俺は本能的に答えた。嫌な予感しかしなかったからだ。だが、エグゼさんは気を悪くした様子もなく鷹揚に言葉を続ける。
「まあ、そう言わずに。貴方の大切なダンジョンマスターに関わることです」
「え?」
思わず聞き返す。反応してしまったことを後悔していると、エグゼさんは喉の奥でクックッ、と笑う。
「貴方は知っておくべきです。最後に恋人に裏切られるのは辛いでしょう?」
「何を……?」
「――っ!」
その言葉を訝しむ俺の隣で、藤野さんがはっと息を呑んだ。それはつまり、彼女に心当たりがあるということで――。
「独立型ダンジョンのマスターは……」
聞きたくないという感情と、聞かなければならないという思いがせめぎ合う。だが、そんな俺の心情に関係なく、彼は言葉を続けた。
「――目標達成とともにこの世界から消える」
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