発覚Ⅱ
「ていうかさ。ジュンは怒ってないの?」
「怒るって何に?」
そんな質問を受けたのは、しばらく沈黙してからのことだった。彼女の表情が真剣なものだと気付いた俺は、軽く背筋を伸ばす。
「あたしがダンジョンマスターだってこと。その……ジュンは天原ダンジョンで友達を亡くしたんでしょ?」
「!」
その言葉に俺は息を呑んだ。どうして彼女がそのことを知っているのか。……いや、そうか。もし藤野さんにそのことを話すとしたら――。
「ソウさんとマナさんが教えてくれた。きっと知っておいたほうがいいって」
「……そうか」
俺は静かに答える。別に隠すつもりはなかったし、どうして教えたのかと二人に詰め寄る気もない。藤野さんが知れば気後れするだろう。そう思って黙っていただけだ。
「――ああ。だから俺がダンジョンマスターを嫌っていると思ったのか」
そして納得する。たしかに、目の前に天原ダンジョンのダンジョンマスターがいれば襲い掛からない自信はない。だが、様々な人間がいるようにダンジョンマスターも様々なのだろう。そう思えたのは藤野さんに会えたからだ。
「うん。だからバレないようにしてた……つもりだった」
藤野さんの顔に苦笑が浮かぶ。
「そう考えると、氷龍を飛行不能にしたのは思い切ったな」
「それは……」
藤野さんは何かを言いかけて口ごもった。目で続きを促すと、彼女はためらいがちに理由を説明する。
「ジュンが必死だったから。『
「……たしかに、それもあるな」
彼女の指摘を素直に認める。様々なダンジョンに潜っておいてなんだが、俺はまたあの悪夢が起きることを恐れている。それでもダンジョンに挑み続けているのは、ここで逃げると何かが折れてしまいそうだったからだ。
「あれ? その言い方だと違った?」
予想が外れたことが意外だったのだろう。彼女は不思議そうに訊き返してくる。
「俺が必死になってたのは、藤野さんが死ぬ可能性を考えていたからだ」
「あたし?」
俺の説明を聞いて、彼女はきょとんとしていた。どうやら違ったらしい。
「ああ。ダンジョンマスターが自分のダンジョンで『死んだ』場合、現実でも死ぬかもしれない。そう思ってさ」
「そうだったんだ……あれ?」
呟いてから、藤野さんは何かに気付いたようだった。そして、なぜか楽しそうに笑い始める。
「ってことはさ。あたしたち、二人とも相手のことを心配しすぎて勘違いしちゃったんだ」
「あー……そういうことになる、な」
俺は藤野さんが死ぬかもしれないと思って。藤野さんは俺のトラウマになることを心配して。それぞれ深読みしすぎたということか。
「でも、あたし死ぬわけじゃないよ? ……その分ダンジョンのエネルギーが減っちゃうけど」
そして、さらりと告げる。世界中が知りたがっているであろう真実の一端を投下されて、俺はしばらく口が利けなかった。
「……ちょっと待ってくれ。いきなり真実に迫るのは心臓に悪い」
「もー、大げさなんだから。でも、知りたいことがあれば答えるよ?」
彼女はケラケラと笑うが、こっちはそうも言っていられない。最重要事項である藤野さんが死ぬ可能性については解決したが、それ以外となると何から聞けばいいのだろうか。
「じゃあさ。ダンジョンマスターの目的って教えてもらえるのか?」
「『新しい世界の創造』だよ」
「……はい?」
あっさり明かされた最終目的は、俺の予想を超えたものだった。というかなんだ世界の創造って。創世神話でもやるつもりなのか。
「なんかねー、世界のサイクルがあるんだって。成熟した世界から新しい世界が生まれて、生まれた世界が成熟したらまたそこから新しい世界が生まれる……みたいな?」
「ちょっと待ってくれ。俺の正気度がピンチだ」
本当に創世神話みたいな話だった。だが、ダンジョンのおかしな性質を考えればまったくあり得ないとは言えない。
「それじゃまるで、ダンジョンの運営は世界を創造・運営するための練習台みたいだな」
「あ、そうだよ。作り上げたダンジョンがベースになるみたい」
「おおう……」
まさか、俺の軽口が正鵠を射ていたとは思わなかった。しかし……世界の創造か。俺はまじまじと藤野さんを見つめて口を開く。
「なんだか不思議だな。藤野さんは世界の創造とか興味がないタイプだと思ってた」
「えー? そんなことないし。ほら、こんなにダンジョンの運営頑張ってるしさ」
「それはそうだが……」
俺は内心で首を傾げる。そんなに世界の創造に興味があるなら、もっとダンジョン運営に自分のオリジナリティを出しそうなものだ。そんなことを考えていた俺の脳裏を、ふとある疑問がよぎる。
「ところで、ずっと引っ掛かってたんだけど……自分がダンジョンマスターだって、俺に話してよかったのか?」
それは、俺がずっと気にしていたことだった。世のダンジョンマスターがすべて藤野さんみたいな感じだったら、今頃はネット上にダンジョンマスターの目的が暴露されているはずだ。
「それが……あたしもびっくりしたんだよね。自分がダンジョンマスターだってバラすの、いくつか条件があるから」
「条件って?」
「えっとね、一つ目はダンジョンの中にいること」
「ここはダンジョンなのか……?」
カラオケルームの室内を見回して、ぼそりと呟く。すると藤野さんはぶんぶんと首を横に振った。
「ほら、あたしってダンジョンマスターじゃん? 『外』にいても、あたしの傍はダンジョン内と同じ扱いになるっぽい」
「なるほど。そういうものなのか」
「だから、あたしがダンジョンマスターだってことは、ダンジョンから出たりあたしが離れたりすると忘れるはず」
「そんなことができるの?」
彼女の説明に戸惑いの声を上げる。なんとも不思議な話だが、スキルや魔法と同じくそのダンジョンでのみ発現可能ということだろうか。
「だが、俺はもともと藤野さんがダンジョンマスターじゃないかと疑っていたぞ。この場合はどうなるんだ? 『藤野さんはダンジョンマスターじゃない』って思うようになるのか?」
そう尋ねると、藤野さんはしばらく考え込む。
「うーん……その場合、疑いは持ったままじゃないかな」
「それじゃ、メモを残したり動画に撮ったりしたら?」
「本人の意識に制約がかかってるから、『秘密がバレるかも』って行動はできないよ」
そう答えてから、藤野さんは少し警戒心を覗かせる。
「ていうか、バラすつもりじゃないよね?」
「それはない。ただ、ダンジョン外にいる時でも、藤野さんの正体がバレないような対策を考えたかったから」
「なーんだ。焦って損した」
藤野さんはほっとした様子で息を吐いた。冗談めかしていたが、今の言葉は本音だったことが伝わってくる。
「ところで、ダンジョンマスターが正体を明かす条件って、他には何があるんだ?」
そして情報収集を続ける。一つ目の条件で安全措置が設けられていることは分かったが、それだけということはないだろう。
「二つ目は、そのダンジョンマスターが作ったダンジョンに好意的であること」
「ああ、それはそうだな」
その条件に納得する。否定的な人間に正体を明かすメリットはないからな。
「それで、三つ目は?」
「三つ目は……えーと」
突然、藤野さんの口が重くなる。その表情は何かをためらっているように見えた。深刻な話に繋がるのかもしれないが、分からなければ対処のしようもない。
「どうせ俺は藤野さんと離れたら忘れるんだし、パーッと情報開示しよう」
「まー、そうだよね」
俺が無責任に提案すると、藤野さんは小さく頷いた。そして、なぜか視線を逸らして告げる。
「三つ目の条件は……ダンジョンマスターが心から信頼している相手であること」
「……」
その言葉で、俺は藤野さんが口にするのをためらっていた理由を悟る。つまり、照れていたのか。
「ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいんだけど」
その言葉通りに、ちょっと顔を赤くした藤野さんが抗議の声を上げる。たしかにその通りなのだが、俺も何を言えばいいのか分からないくらいにはテンパっている。
「――ありがとう、信頼してくれて」
ようやく出てきたのは、そんな片言っぽい言葉だった。顔が熱いのは照れているせいだろうか。目の前の藤野さんよりも顔が赤くなっている気がする。
「……ん」
対して、彼女はくすぐったそうな顔で頷く。それからしばらく沈黙が続いたが、俺たちの間には穏やかな空気が流れていた。
「……あ」
それからどれほど経っただろうか。ふと藤野さんが声を上げた。
「ジュンが気付いたってことは、ソウさんとマナさんもあたしの正体に気付くかもしれないよね?」
「それは――」
「二人のことは好きだけど、さすがにジュンと同じレベルで信頼してるかって言われると……」
藤野さんは困ったように眉根を寄せた。だが、俺にとってみれば今さらの話だ。
「大丈夫だ。あの二人は、藤野さんがダンジョンマスターだという前提で協力してくれてるから」
「えぇっ? どういうこと?」
「藤野さんとパーティーを組めば、いつかはバレると思ってさ。だからそれ前提で、周囲にバレないよう協力してくれる人を探したんだ」
「……っ」
藤野さんは驚きすぎたようで、口をポカンと開けたまま固まっていた。そこまでバレているとは思っていなかったのかもしれない。
「でもさ。あたしがダンジョンマスターだって、ジュンは二人に伝えられなくなっちゃったよね? 逆に変に思われない?」
「藤野さんの正体がバレないようにフォローする、という部分は変わってないから、大筋では問題ないと思う」
彼女を安心させるために断言する。そして、あの二人なら上手く対応してくれるという信頼もあった。
「……あたし、知らない間に助けてもらってたんだ」
俺の話を聞いて、藤野さんはしみじみと呟く。やり過ぎだと気味悪がられる可能性も考えていた俺としては、その反応はほっとするものだった。
「ありがとう……ジュン」
そして、彼女はしっとりとした笑みを浮かべる。その初めて見る表情と、なぜか落ち着かない呼びかけに俺の心臓がドクリと跳ねた。
「ふじ――」
「あー、スッキリしたぁ! やっぱ一人で秘密を抱えるのってしんどいよねー」
そして、俺が何かを口走りかけたその時。それまでの雰囲気が嘘のように、彼女は賑やかな声を上げた。
「ジュン、こうなったら一蓮托生だからね? これからはダンジョンマスターの相棒としてもよろしく!」
「ああ。頑張るよ」
テンション高く笑いかけてくる彼女に、俺は力強く頷きを返した。
◆◆◆
【藤野 詩季】
家の2階にある、自分の部屋。一人だけの空間に帰ってきた詩季は、着替えることなくベッドに身を投げ出していた。
「バレちゃったかぁ……」
抱きしめた枕に向かって呟く。自分がダンジョンマスターであること。そんなトップシークレットは、ジュンにあっさりバレてしまっていた。
「でも、ジュンでよかった」
バレたら政府に捕まって、拷問や人体実験を受けるかもしれない。そうでなくても、彼に縁を切られるかもしれない。だが……ダンジョンの活動において、ジュンがいない状態はもう考えられなかった。
そんな懸念を抱いていた彼女にとって、相変わらず協力するというジュンの反応は予想外のものだった。
それに、心が軽くなったのも事実だ。一人でずっと抱えてきた秘密。それを分け合える存在がどれだけありがたいかを、彼女は痛感していた。
ダンジョン運営自体が楽しくなっている詩季にとって、彼は二重、三重に頼れる相棒だと言える。
抱えた枕ごとぐるりと身体を回転させて、彼女は仰向けで天井を眺める。
「まさか、本当に協力者になってくれるなんて――」
カラオケルームでの会話は驚きの連続だった。自分がダンジョンマスターだとバレていることも驚きだったが、自分の正体を彼に話せたことのほうが驚きは大きい。
『ダンジョンマスターが心から信頼している相手であること』――自分でも気付かない間に、ジュンはこの条件を満たしていたのだ。
「心から信頼、かぁ」
周りから単純な性格だと思われることもあるが、彼女だって裏表のない人間ではない。兄の一件以来、少しひねくれたという自覚もある。そんな自分が、しかも異性に心を開くなんてまるで――。
「……あれ?」
唐突に浮かんだ思考に焦って、思わず声が出る。
「それってあたし……そういうこと? いやいや、そんなハズないし」
たしかにジュンは頼りになる相棒だし、最近では学校での人気も高い。登録者数の増加で自信がついたことや、以前より女慣れしたこともあって、今では彼を陰キャだと思っている人は少ない。
それどころか、ダンジョンでジュンを見たことのあるクラスメイトは「橋江くん、けっこうよくない?」などと言い出す始末だ。
最初は避けていた高校周辺でのお茶や待ち合わせも、そんな女の子たちへの牽制を兼ねて――。
「……ちょっと落ち着こう」
また思考がおかしくなった気がして、詩季は大きく深呼吸をする。ジュンのことはたしかに信頼している。あれだけ親身になってくれて、意外と果断で格好いいところもあって、でもからかうと楽しくて……。
「――やめた。今はダメな気がする」
妙な結論が出る前にと、彼女は思考を中断した。協力者を得たことで自分はハイになっているに違いない。そのせいでこんなピンク色の思考が頭をチラつくのだ。
「……寝よ」
抱いていた枕をベッドの隅に放り投げると、彼女は目を閉じた。
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