発覚Ⅰ

「いやもう、マジで死んだと思ったぜ」


「ほんと、よく生きてたよな」


「今日の録れ高、最高じゃない? どう編集しよっかな」


 14層のフロアボス『氷龍』を倒したレイドパーティーは、下山せず戦場となったドームの中で言葉を交わしていた。

 それは、大きな被害を受けたパーティーが回復する時間を待っていたということもあるが、奇跡的にフロアボスに勝利したことで、皆のテンションが上がっていたためでもあった。


『今回のボス戦は熱かったな。なんか設定ミスった感じもあったけど』


『ミスだったら修正入るだろうな。ベヒモスみたいに』


『今回の『うぃずダン』はマジでMVPだろ』


『終盤の高火力は笑った。狂戦士が3人いたからな』


 それはリスナーも同じことのようで、怒涛の勢いでコメントが流れていく。


「あはは、みんな応援ありがとね。戦闘中は返事する余裕がなかったけど、嬉しかったよ」


 そんなリスナーたちに、藤野さんが明るく話しかける。


『リリックちゃんマジおつかれ。格好よかった』


『氷龍が落ちた時とか、勝利の女神感あったな』


「ええ? そっか、女神かー」


『ちょっと照れてるリリックちゃんかわいい』


『もう片方は復讐の女神だったけどな』


『「私のソウ君をよくも傷つけてくれたわね?」ってガチギレしてたからな』


『誰かジュンの活躍にも触れてやってくれ。終盤はガチでMVPレベルの火力出してたぞ』


 そんなやり取りを微笑ましく眺める。俺も混ざったほうがいいのだろうが、タイミングが難しいな。そんな平和な悩みを抱えていると、別パーティーの探索者がこちらへ近付いてきた。


「どうもどうも。『うぃずダンジョン』さんには本当に助けられました。ありがとうございます」


「いやホント、今回は死んだと思いましたもん」


 彼らはそれぞれ『暁光』と『テンプル騎士団』のリーダーだ。『うぃずダンジョン』は一応俺がリーダー扱いのため、代表して言葉を返す。


「こちらこそありがとうございました。誰が欠けても勝てなかったと思います」


「いやいやご謙遜を。今回は全滅して、結氷防壁を覚えて再戦するしかないと半ば諦めてましたから」


「ウチもです。氷龍が墜落した時は呆気に取られましたけど、リリックさんのおかげで迅速に動けた。ありがとうございます」


 最後の言葉は、いつの間にか隣に来ていた藤野さんへ向けられたものだ。


「こっちも何度も助けられたし、お互い様じゃない?」


 彼女は首を横にぶんぶんと振った。一方的に感謝されることに慣れないらしい。そして、『暁光』のリーダーは声をトーンを落として問いかける。


「ところで、アレはどうやったんですか?」


「あれって?」


「もちろん氷龍を墜落させたことです。うちの浮遊カメラの記録を確認していたんですが、リリックさんが直前に何かをしているように見えまして」


「――!」


 その言葉に藤野さんが固まる。一瞬ブラフかと思ったが、そう言えば『暁光』は氷龍を挟んで俺たちのほぼ向かい側にいた。藤野さんが映っていてもおかしくない。


「ギミックというには、あまりに唐突でしたからね。リリックさんが最初に反応したことも、自分で引き起こしたからだと思えば納得できます」


 彼が声を潜めてくれているのは、他人にバラすつもりはないという意思表示だろう。おそらく浮遊カメラでは音を拾えていないはずだ。


「こっちのリスナーの話では、現在、14層全域で飛行できない状況が発生しているようです。飛行モンスターがまとめて墜落してきた、と」


 それは新情報だった。おそらく14層にいて、なおかつボス戦に参加していない配信者がいたのだろう。ということは、氷龍が墜落したのは14層全域が飛行不能エリアになったせいなのだろうか。


 ちらりと藤野さんを見れば、その顔は分かりやすく青ざめていた。ギミックだと言い張るにはあまりに厳しい状況だ。


「――ごめん。ちょっとシークレットモードにする」


 俺はカメラに向かって話しかけた。シークレットモードとは、何かしらの密談をしたい時に画像や音声をオフにすることだ。こういった場面では密談や秘情報の交換が行われることも多く、リスナーも疑いはしないはずだ。


『おお? MVP 争いか?』


『討伐報酬の分け前の話だろ。ギスギスするし映さなくていい』


『むしろそこが見たいんだが』


 そんな反応を流し読みしつつ、シークレットモードに切り替える。


「んー? ウチはお暇したほうがよさそうですね」


 会話は聞こえていなかったはずだが、何かを察したのだろう。『テンプル騎士団』のリーダーはあっさりとこの場から去っていく。その後ろ姿を見送るついでに藤野さんの様子を窺うと、彼女は今も動揺しているようだった。


「リリックが【上級巫女】だということはご存知ですよね?」


 だから、俺は代わりに口を開くことにした。その問いかけに『暁光』のリーダーは頷きを返す。


「無論です。ボス戦に参加するパーティーの情報は頭に入れていますし、まして数人しかいないユニーク職ですからね」


「それなら【上級巫女】の説明テキストもご存知ですか?」


「ええと……たしか、天上ならざる神とか、奇跡の因子とか――」


 彼は中空を見つめながら暗唱する。聞いておいてなんだが、この人よく覚えてるな。


「それです。リリックには【奇跡】という隠れスキルがあるんです」


「なんと……!?」


 その言葉に驚きを見せて、リーダーは藤野さんへ視線を向ける。そして……藤野さんもまた、俺の言葉に驚いて目を見開いていた。


「リリック、大丈夫だ。この人なら秘密にしてくれる」


 彼女の表情をごまかすために小芝居をはさむ。藤野さんは今も混乱しているようだが、事前に打ち合わせていたソウさんとマナさんが彼女の両側に待機してくれている。大抵のことはなんとかなるはずだ。


職業進化クラスアップのウィンドウと同じで他の人には見えないし、使えるタイミングも、何が起きるのかさえ不明なんです」


「それは使いにくいスキルですね……ですが、どうして秘密にしていたのですか?」


「俺たちの願いは、三影ダンジョンを皆に楽しんでもらうことです。ユニーク職やユニークスキルは、それを得られなかった探索者にネガティブに働くと思って」


 俺は真実を織り交ぜて説明する。『うぃずダンジョン』は、フロア攻略の名誉より探索の楽しさを伝えることを優先している。これまでの活動を見れば、そこを疑う余地はないはずだ。


「なるほど……。リリックさん、ジュンさん。秘密を明かしてくださってありがとうございます。フレーバーテキストにも意味があるんですねぇ」


 完全に信じたのかは分からないが、『暁光』のリーダーは俺の説明を受け入れてくれた。そもそもダンジョンは謎だらけだから、否定する材料がないだけかもしれないが。


「『うぃずダンジョン』さんは、ちょくちょく不思議な現象に遭遇しているようでしたから、気にはなっていたんです」


「ああ……」


 その言葉に苦笑を浮かべる。突然地割れに飲み込まれたボス『ベヒモス』を筆頭に、藤野さんがつい地形や物理法則をいじったケースは少なくない。


「ですが、これですっきりしました。攻略の参考になればと思ったのですが、再現性がないスキルであれば、計算に組み込むわけにもいきませんね」


 ありがとうございました、と握手をして、『暁光』のリーダーは去っていった。彼が声の聞こえない範囲まで遠ざかったことを確認すると、俺はほっと息を吐く。


「えっと……ジュン? どうして、その……なんて言うか……」


 そして藤野さんはと言えば、戸惑い100パーセントの表情を浮かべていた。それはそうだろう。ありもしないスキルをでっち上げられたことで、彼女の混乱は最高潮に達したようだった。


「リリック。『外』で話したいことがあるんだけど、付き合ってもらっていいかな」


 そんな彼女を警戒させないよう、俺はできるだけ紳士的に言葉をかける。ビクリと身体を震わせた藤野さんは、やがて小さく頷いた。


「……うん。分かった」


 返ってきた声は、彼女のものとは思えない静かなものだった。




 ◆◆◆




 俺と藤野さんは、ダンジョン近くにあるカラオケ店の一室で向かい合っていた。


「えーと……ジュン、歌う?」


「話が終わったらね」


 俺は藤野さんの提案を笑顔で一蹴した。女の子と二人でカラオケに来る。それだけを見れば、陰キャの俺的には大勝利事案だ。これはデートなのでは、と浮かれてもおかしくない。


 だが、俺たちがここにいるのはあくまで消去法の結果だった。ダンジョン内は関係者だらけだし、いつもの喫茶店は秘密の話をするにはオープン過ぎる。かと言って、どちらかの家に上がり込むのは色々とマズい。


「まず、先に言っておきたいことがある」


 そう切り出すと、藤野さんの顔が強張った。緊張と不安が入り混じった彼女の表情を和らげようと、俺はまずスタンスを表明する。


「俺は藤野さんの味方だ。たとえダンジョンマスターだったとしても、それだけで怒ったり失望したりしない」


「え――」


 その言葉が予想外だったのか、藤野さんは呆気に取られた顔で俺を見つめていた。


「これまでは気付かないフリをして、リスナーへのフォローだけ考えていればよかった。だが、『暁光』みたいに気付いた人へ対応する方針を考えるためにも、真実を確認しておきたいんだ」


「……」


 藤野さんは何も答えない。動揺しているのは明らかだったから、俺は黙って彼女の言葉を待つことにした。


「ドリンク取ってくる」


 いつしか一杯目のドリンクを飲み干してしまった俺は、そう声を掛けて立ち上がる。少し時間をかけて戻ってこようか。そう考えた時だった。


「――待って」


 沈黙していた藤野さんが口を開く。言葉を受けて椅子に座り直すと、彼女は軽く息を吸い込んだ。


「……やっぱりさ、飛行禁止ルールの追加はバレバレだった?」


 そして、わざとらしい陽気な口調で告げる。その言葉は、彼女がダンジョンマスターであることを認めるものだった。


「けっこう露骨だったからな。あの非破壊オブジェクト設定を解除したほうが穏便だった気はする」


「限定エリア内で、しかもアクティブになった直後のルールは変更が難しいんだよね。祭壇が非破壊オブジェクトになっちゃったのも予想外だったし……」


 自分でもまずかったと思っているようで、彼女はしょんぼりとした様子で説明する。……これじゃ追い打ちをかけるようだが、この際だから言っておくか。


「補足しておくと、藤野さんの正体を疑い出したのはもっと前だ」


「ええぇっ!?」


 俺の言葉を聞いて藤野さんは大声を上げた。だが、そのやり取りで逆に緊張がほぐれたのか、彼女の表情が少し柔らかくなる。


「どこで分かったの?」


「原因は特にないな。最初の頃から違和感が積み上げられていて、ある日ふと『藤野さんがダンジョンマスターだったら説明がつくな』って思い当たった」


「違和感って、ベヒモスを地形操作で落としたやつとか?」


「あれは印象的だったな。それに、最初にゴブリンに襲われた時の逃げ道も」


「めっちゃ最初じゃん! そこからバレてたとか恥ずかしすぎるんだけど」


 藤野さんにとってその指摘は予想外だったらしい。両手で顔を覆って隠しているあたり、本気で恥ずかしがっているのだろう。


「その時点で気付いてたわけじゃないさ。後で振り返って『ああ、そういうことだったのか』って気付いただけで」


 今思えば、モンスターが彼女の攻撃を見事に避けるのも同じ理由かもしれないな。ダンジョンマスターの「そこを狙う」という強い意思がモンスターに伝わっていたのかもしれない。


「うー……」


 藤野さんは顔を上げないまま、かわいい唸り声を上げる。まだ顔を上げる踏ん切りは付かないらしい。


「むしろ、きっかけになったのはダンジョンの修正だな。俺が言ったことがそのまま反映されてるんだから、さすがに疑念は持つさ」


「だって……あたしよりジュンのほうがダンジョン詳しいし。ネットで情報調べるだけじゃピンと来なかったもん」


「おかげで、物凄く好みのダンジョンになって嬉しい。ありがとう」


「あはは、どういたしまして」


 そんな会話で気が軽くなったのか、藤野さんはようやく顔を上げた。そして、窺うような瞳で俺を見つめる。


「ところでさ、さっきのは本気なの? ほら、その……あたしがダンジョンマスターでも味方でいてくれるって」


「ああ。本気だ」


 俺は問いかけに即答する。ここで躊躇うようでは彼女の信頼は得られないだろう。だが、それでも藤野さんは信じきれないようだった。


「本当に? ダンジョンマスターが何か知らないんでしょ?」


「それは知らないが、これまでのダンジョンの修正を見れば、藤野さんが『ダンジョンを皆が楽しめる場所にしたい』と願う誠実なダンジョンマスターだということは分かる」


 それは噓偽りない俺の本心だった。それが伝わったのか、藤野さんは照れたように視線を逸らす。この様子だと、信じてもらえるまでもうひと押しか。


「そして何より『藤野さん』も『リリック』も俺の大切な相棒だからな。全面的に信頼しているし、万が一裏切られたとしても、それは俺が甘かっただけだ。恨むつもりはない」


 俺は覚悟を決めて言い切った。さすがに彼女の目的が人類抹殺とかだったら止めるだろうが、それだって傍にいなければできない話だ。


「……」


 藤野さんは何も答えない。だが、顔を逸らしたまま、ちらちらと視線をこちらへ向けてくる。ひょっとして引かれたのだろうか。

 なんだか恥ずかしいことを言った気がして落ち着かなくなってくるが、ここで視線を逸らすのは駄目な気がする。


 そんな睨み合いがどれほど続いただろうか。やがて、藤野さんが口を開いた。


「ジュンって……意外とそういうことが言えちゃうタイプなんだ」


 そう言って、彼女はからかうような笑みを浮かべた。……やっぱり恥ずかしい台詞だったか。今更ながら羞恥心が湧いて――。


「あー、ごめん! やっぱ今のなし!」


 と。俺が反省しかけたところで、藤野さんが慌てたように声を上げた。その慌てように驚いていると、彼女は申し訳なさそうに言葉を続ける。


「……その、照れ隠しで失礼なこと言っちゃった。ホントごめん」


 藤野さんは拝むように両手を合わせて謝罪してくる。あまりに彼女らしいその反応に、思わず笑い声がもれた。


「なんで笑うのよ」


 それを見咎めた藤野さんがジト目で聞いてくるが、もはや微笑ましさしか感じられない。


「別に? やっぱり藤野さんは信頼できる人だな、って再確認しただけ」


「何それ」


 よく分からない、というように彼女は肩をすくめる。だが……その顔が照れていることはバレバレだった。

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