氷龍Ⅰ
「――それでは、14層のフロアボス『氷龍』の討伐を開始する!」
吹雪が吹き荒れる雪山の頂上に、朗々たる声が響きわたる。大音声を張り上げているのは、このダンジョンきっての攻略パーティーである『暁光』のリーダーだ。
「軽くおさらいしておく! 我々が氷の祭壇へ近付くと、この台地が氷雪のドームに覆われる! 同時に眷属が召喚されるため、殲滅担当パーティーは速やかにこれを殲滅してくれ!」
そう告げると、暁光のリーダーは次に俺たち『うぃずダンジョン』やいくつかのパーティーへ視線を移す。
「氷龍担当パーティーは、三方から攻撃を浴びせてくれ! 火属性が有効であることは確認済みだ! 火属性魔法や属性付与を活用してもらいたい!」
「よーし、当てるよー!」
藤野さんから気合の入った声が上がる。この横顔は緊張半分、興奮半分といったところだろうか。
「リリックちゃん、先にバフはお願いね」
「今回はマナの弓が攻撃の要だからな」
「ちょっとぉ、あたしの攻撃魔法忘れてない?」
俺たちはそんな会話で盛り上がる。そう、『うぃずダンジョン』はボスと直接対決する役回りになっていた。
フロアボスは東洋の龍で、氷雪フロアにふさわしく氷属性の攻撃を得意としている。体力を半分ほど削ると、氷龍が祭壇を破壊して氷雪ドームを消滅させるギミックがあり、そうなると自在に空を飛び回るため攻撃を当てることが難しい。だが――。
「そして、祭壇防衛パーティーは氷龍や眷属が祭壇を破壊するのを食い止めること! 氷龍が祭壇を攻撃するのは一度だけだ! それさえ凌げば強烈な攻撃は来ない!」
『暁光』のリーダーが言葉を続ける。それが今回の作戦の肝だった。飛ばれると厄介な氷龍を、いかに地上近くにとどめるか。今回の作戦はそこにかかっていた。
「それでは、健闘を祈る!」
「おおおおお!」
俺たちは雄叫びを上げると、パーティー単位でボスエリアへ踏み込んだ。氷で造られた荘厳な祭壇に近付くと、突如として周囲がかまくらのようなドームに覆われる。
「――来るぞ!」
ドームの奥で眠っていた氷龍が目を覚まし、その巨体が悠然と空へ浮かぶ。ドームの天井は20メートルほどの高さだが、氷龍の太く長い体躯がその空間を圧迫していた。
「ォォォォォッ!」
氷龍の咆哮がビリビリと大気を震わせる。その直後、ドームの外周部に毛むくじゃらの大男と和服の女モンスターが現れた。タフさが厄介な雪男と、状態異常や氷魔法を多用する雪女だ。数はそれぞれ3体ずつ。倒せないことはないが、倒しきるには時間がかかる相手だ。
「殲滅班、頼むぞ!」
そんな指示が飛ぶよりも早く、担当パーティーは動き出していた。彼らは慣れた動きで雪男を足止めし、雪女を先に撃破していく。
『さすが余裕だな』
『これで三度目の挑戦だろ? そりゃ慣れるわ』
そんなコメントを聞き流しつつ、氷龍の動きに注目する。相手は浮いているため、前衛戦士職の俺がダメージを与えられるタイミングは少ない。嚙みつきなどの直接攻撃に合わせてカウンターを決めるくらいだ。
「エンチャントいくよ、【火属性付与】!」
藤野さんの支援魔法が発動して、俺たちの武器が赤い輝きを帯びる。さらに攻撃強化のバフが重なったところで、マナさんが静かに進み出た。
「一番乗りかしら――【火龍一条】」
次の瞬間、マナさんの弓から強烈な赫光が迸る。赤い光線と化したマナさんの矢は、狙い過たず氷龍の喉元に突き刺さった。
『お見事』
『この技量の百分の一でもリリックちゃんにあれば……』
「グォォォォォォ――!」
地の底から響くような重低音とともに、氷龍の頭部がこちらを向いた。直後に二方向から炎魔法が直撃したが、その視線は依然として俺たちに向けられたままだ。マナさんの攻撃が最もヘイトを稼いだのだろう。
「――!」
ゴゥ、と空気が揺れた。その巨体からは想像できない速度で、氷龍がマナさん目がけて突進してくる。噛みつきか、それとも体当たりか。どちらにせよ食らえば大ダメージは避けられない。
「はっはっは、やはりマナの魅力には抗えないようだな!」
だが、俺たちに動揺はない。いつの間にか前に出ていたソウさんが、俺たち――というかマナさんを守るように立ちはだかっていたからだ。巨大な盾を構えて氷龍と対峙する姿は、まさに聖騎士そのものだった。
「いくよ、【物理障壁】!」
「【守護方陣】!」
ソウさんの前方に白く輝く防御壁が展開され、密度の高い赫光が要塞のように俺たちを取り囲む。藤野さんの防御魔法と、ソウさんの防御スキルを重ねた形だ。
そして、氷龍は光の防御壁を破壊し――速度を落としながらも【守護方陣】に激突する。
「――っ!」
強烈な攻防で凄まじい衝撃波が振り撒かれ、気を抜けば吹き飛ばされそうになる。だが、俺も傍で見ているわけにはいかない。
「【闇之剣・贄】――!」
ソウさんが攻撃を抑えきることを信じて、今の俺が使える最大火力を叩き込む。強烈な破壊力の代償としてしばらく全スキルが使えなくなる特殊技だが、どうせ氷龍に攻撃できる機会は滅多に来ないのだ。温存しておく必要はない。
「グォォォォォ!」
生み出された暗紫色の光剣が、爆発したような衝突音とともに氷龍の顔面を打ち据える。俺の全力攻撃は期待以上の大ダメージを与えたようで、その右目からは大量の血が噴き出ていた。
『おおおお。最初から飛ばしてるな』
『視界潰したか?』
『序盤のMVPは頂きだな』
マナさんと俺が強烈な攻撃を叩き込んだことで、『うぃずダンジョン』のリスナーたちが盛り上がる。さすがに返事をしている余裕はないが、彼らのおかげでどこか自分を客観視できるのはありがたい限りだった。
怒り狂った氷龍が俺たちに何度も攻撃を試みるが、数々の
そして、俺たちが攻撃を凌いでいる間に他パーティーが高火力の遠距離攻撃を当てていく。自在に飛び回られると対処のしようがないが、ドーム内なら氷龍の巨体はいい的になるようだった。
そうして、かれこれ20分ほど戦闘が続く。氷龍の攻撃は激しいが、対策をしているおかげで脱落者はゼロだ。定期的に召喚される雪男と雪女も、邪魔になる前に殲滅担当パーティーが撃破してくれていた。
「よーし、今のところ順調じゃん」
『リリックちゃん、フラグ立てないでー!』
『一級フラグ建築士w』
藤野さんの一言にツッコミが殺到する。そんなやり取りに意識を向けられる程度には、俺たちには余裕があった。
「ソウさん、大丈夫ですか?」
「ああ。マナとリリックちゃんのバフもあるし、ジュンもフォローしてくれるからな」
「うふふ、頼もしいソウ君も素敵よ」
「はっはっは、氷龍の動きは掴んだ。君には指一本触れさせないさ」
そんなやり取りをしつつ、氷龍の動きを注視する。俺の予想では、そろそろ氷龍が――。
「動きが変わった! 祭壇を守れ!」
『暁光』リーダーの声が飛ぶ。狭いドームから逃れようと、氷龍が祭壇を破壊しに向かったのだ。
「来るぞ! 絶対に祭壇を死守するぞ!」
巨大な盾や防御結界で、万全の態勢を整えた防衛パーティーが気炎を上げる。氷龍は少し高度を上げると、祭壇の上空で静止して鎌首をもたげた。
「氷つぶてだ! 火魔法で弾幕を張るんだ!」
その言葉通り、氷龍からおびただしい数の氷弾が放たれた。豪雨のように降り注ぐ氷弾は、まともに受ければ身体が穴だらけになるだろう。だが――。
「うわ、あの後衛の人すごくない!?」
「見事な【火炎防壁】ねぇ。攻撃にも転用できそう」
藤野さんたちが声を上げる。祭壇の前方に展開された火炎防壁は、まるで城壁のような存在感だった。巨大で厚みのある炎の壁は、自らをすり抜けようとする氷弾を水や水蒸気に変えていく。
「――まだだ!」
と、防衛パーティーのリーダーが声を張り上げた。氷龍が体当たりを仕掛けたのだ。強烈な衝突音とともに、氷龍の巨体が防衛パーティーの
「っ、至近距離で吹雪か……!」
思わず言葉がもれる。吹雪と言ってもただの自然現象ではなく、氷雪を含んだ竜巻と言ったほうが正しいだろう。まともに当たれば、風圧だけで祭壇が破壊されかねない。
『耐えた!』
『あのパーティーどこだっけ?』
だが、その攻撃すらも防衛パーティーは凌ぎきった。祭壇やパーティーの周囲には幾重にも防御結界が張り巡らされており、個人個人も様々な
「――祭壇への攻撃は『テンプル騎士団』が抑え込んだ! 各々、彼らの活躍に恥じぬ戦いを見せてくれ! 総攻撃ぃぃぃぃ!」
そして、機を逃さず『暁光』のリーダーが突撃指示を出す。祭壇を守り切ったおかげで、氷龍は攻撃可能範囲にとどまっている。後衛職の魔法やスキルであれば、充分ダメージを与えられるはずだった。
「よし、畳みかけるぞ」
俺は三人と頷き合うと、氷龍へ向かって駆け出した。
◆◆◆
戦いは激しさを増すばかりだった。荒れ狂った氷龍は強力な攻撃を連発し、雪男や雪女の召喚速度もアップしている。その猛攻に耐え、ここぞという場面でカウンターや遠距離攻撃をヒットさせることで、俺たちは少しずつ勝利を引き寄せていた。
「よーし、あたしも頑張るからね!」
そんな中、藤野さんが明るい声を上げた。その表情は輝いており、これまで我慢してきた魔法攻撃を解禁するつもりだと分かった。
『そうだな。
『リリックちゃんの一撃が、このシリアスな空気を台無しにしかねないw』
どうやらリスナーのコメントは聞こえていないようで、藤野さんは不敵に笑うと杖がわりの小枝を構えた。そして――。
「【炎熱弾・斉射】!」
彼女を起点として無数の火炎弾が放たれた。間断なくばら撒かれる火炎弾は嵐のようで、もはや範囲攻撃と化している。氷龍の巨体ではどう考えても回避できないだろう。
『当てにいったw』
『ボス戦だしな。リリックちゃんも考えるようになったな』
そうして、藤野さんが放った火炎の嵐が氷龍に襲い掛かる。さすがの氷龍も諦めたのか、回避する動きすら見せない。
「――グォォォォ!」
だが、彼女の火炎弾が氷龍に当たることはなかった。氷龍が目の前に氷の防御壁を展開したからだ。火炎弾が雨あられと降り注ぐ中、氷壁は蒸発し体積を減らしながらも猛攻に耐え続ける。
「えー!? それあり!?」
そんな氷龍の対応は予想外だったようで、藤野さんは不満の声を上げた。
『そうきたかー』
『結局当たってないww』
『もはやクソエイムなんて称号じゃ収まらない』
「で、でも外したワケじゃないし!」
リスナーのコメントに藤野さんが抗議の声を上げる。その瞬間、俺たちの傍で赫光が迸った。いつの間にか弓を引き絞っていたマナさんだ。
「――【火竜一条・貫】」
彼女の矢がカッと輝き、強烈な熱線となって氷龍を狙う。藤野さんの火炎弾が尽きた瞬間に着弾した炎の矢は、脆くなった氷壁を貫通して氷龍の頭部に突き刺さった。
「ォォォォォッ――!」
これまでとは異なる氷龍の雄叫びが轟く。ひょっとすると、それは悲鳴なのかもしれない。そう思わせるほどにマナさんの攻撃は強烈だった。
「まるで女神アルテミスのようだ……素敵だよ、マナ」
「もう、ソウ君ったら」
油断なく盾を構える聖騎士と、難度の高い攻撃を当てた精霊弓士。両者の瞳は氷龍に向けられていて、視線すらかわしていない。それにもかかわらず、その場には甘ったるい空気が流れていた。
『今イチャつくとか……』
『さすがソウマナやで』
『とりあえず爆ぜろ』
彼らの感想には全面的に同意する俺だったが、今の攻撃が効いたことは間違いないし、何も文句は言えないな。
「もー。マナさん、あたしの魔法が防がれる前提で準備してたでしょ」
と思ったら、藤野さんは違うようだった。拗ねたように頬を膨らませている。どこかで聞いたことのあるやり取りだ。
「素晴らしい連携だったわ。リリックちゃんが氷龍の気を引いて、私が撃ち抜く。チームワークの勝利ね」
だが、マナさんは穏やかに微笑む。あまりに平然とした様子に藤野さんのほうが戸惑いを見せた。
「え? や、そうじゃなくて――」
「素晴らしい連携だったわ」
「……むー」
もう一度笑顔で言い切られて、藤野さんはしょんぼりと引き下がる。本気で突っかかったわけじゃないだろうし、フォローは必要ないか。
『マナが大人の対応で草』
『リリックちゃんが不憫に見えてきたw』
『お? ボスの動きおかしくね? カメラ遠くて分からんけど』
「――え?」
最後のコメントに不穏なものを感じて、俺は氷龍の動きに注視した。深手を負って怒り狂っていたはずの氷龍は、複雑な動きで長い体躯を揺らめかせる。その厳かな様子は、まるで儀式のようにさえ見えた。
「――!」
そして。氷龍が音のしない雄叫びを上げた瞬間、空気が変わった。無理やり言語化するなら、世界にパキリ、とヒビが入ったような違和感。
「なんだ……?」
俺だけの錯覚ではないようで、藤野さんたちも戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。だが、何が変わったとも思えない。氷龍はさっきまでと同じく氷つぶてを放つだけで、タイミングよく展開された炎の壁が攻撃を防ぐ。
そのはずだった。
「ぐは――っ!」
「くっ!? どうして!?」
氷つぶてに狙われたパーティーから悲鳴が上がる。マシンガンにでも撃たれたかのように防具は破損し、全身は出血で赤く染まっていた。
「馬鹿な――」
俺は彼らの斜め上方へ視線を向けた。何度も氷龍の攻撃を防いだ炎の防壁は健在で、魔法が失敗したとは思えない。だが、彼らの負傷はどう見ても無数の氷つぶてに襲われたものだった。
「――まずい! 援護を!」
そんな声が上がるが、各パーティーは範囲攻撃を警戒して距離を取っている。すぐにフォローに入れる距離ではなかった。
だが、あの攻撃をあと二、三回喰らえば彼らは全滅するだろう。そして、パーティーが一つでも崩れると勝算は大幅に下がる。
「一体何が起きたんだ……」
突如として悪化した戦況を前にして、俺は呆然と呟いた。
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