増員Ⅱ
第8層は火山地帯だった。最大の特徴はたまに噴火する活火山であり、その火山の中腹には巨大な洞窟が存在している。フロアボスが待ち受けているとすれば、おそらくその洞窟の最奥だろう。
と、非常に暑そうなフロアなのだが、それは火山の周囲にあるエリアだけだ。それ以外のエリアは草原もあれば森や池も存在している。温泉があるという噂もあるが、今のところ見つかってはいない。
「みんな、お待たせー! 今日は第8層を探索していくよー」
配信を開始するなり、藤野さんが挨拶をする。それはいつも通りの展開だ。だが、今日の視聴者数はいつもより多かった。なぜなら――
『重大発表につられた』
『なんか嫌な予感がする』
『ちょっとした重大発表ってなんぞ。まさかクソエイム卒業か?』
そう。今回の配信で、『うぃずダンジョン』はちょっとした重大発表を行うと告知していたのだ。そのおかげで視聴者数は多いが、はたして彼らに受け入れてもらえるのか、と俺は密かに緊張していた。
「突然だが、みんなに報告がある。これまで『うぃずダンジョン』は俺とリリックの二人で探索してきたが……別のパーティーと組むことにした」
『ええええええええええ』
『マジで!?!?』
『二人のやり取りが好きだったからショック』
『ついに来たか……』
そんな発表を受けて、コメントがものすごい勢いで流れていく。その一部に目を通しながら、俺は事情を説明した。
「みんなも知ってのとおり、最近の俺たちは攻略に貢献できてない。6層も7層も、足を引っ張ることを懸念してフロアボス戦に参加していないくらいだ」
『スタイルは人それぞれでいいと思うけどな』
『配信の雰囲気が変わると悲しい』
コメントの傾向からすると、発表に消極的な視聴者が多いようだった。だが、それは予想していたことでもある。
「とは言っても、これまで俺とリリックでやってきたわけだし、他パーティーと合併して上手くいくとは限らない。だから、合併じゃなくて『手を組む』というのが正確なところだ」
『?? つまりどういうこと?』
『なにか違うの?』
「えっとねー。向こうも二人パーティーなんだけど、浮遊カメラはそれぞれ自分のを使うし、別行動だって多いと思う」
俺が答えるより早く、藤野さんがコメントに答える。予想以上のヘイトが集まった場合を考えて、できるだけ俺が話すようにしていたのだが、それに気付かれたのかもしれない。
「もちろん、連携ができるくらいには一緒に戦うし、ボス戦とかはセットで動くと思うけど、今の二人旅がなくなるワケじゃないよ」
『あー、そういうことね』
『不安は残るけど最悪の形じゃなさそう』
『そう上手くいくか? 最近はザコ戦も苦労してるし別行動は無理だろ』
藤野さんが説明を追加すると、リスナーの皆もある程度納得してくれたようだった。反対意見もそれなりに見られるが、俺の想定よりは少ない。
『問題は組む相手だろ』
『このダンジョンの同レベル帯で二人組パーティーって誰だ?』
『リリックちゃんに色目を使う奴はお父さんが許しません』
そして、コメントは自然と相手パーティーの話へ移っていく。ある程度予想が並んだところで、俺は口を開きつつ手招きをする。
「というわけで、今後組むことになるパーティーを紹介するぞ」
――なのだが。手招きした人物は、俺のサインに気付いていないようだった。
『あれ? トラブル?』
『いきなり今後が不安になったな』
ぽつんと俺だけが写った配信画面はさぞ哀愁が漂っていることだろう。その間に、藤野さんが相手のところへ駆けていった。彼女が話しかけると、二人は慌てた様子でこちらへ向かってくる。
「すまない! サインを見過ごしてしまった」
「本当にごめんなさいね」
そう言ってカメラに映ったのは、体格のいい爽やかな男性と、どこかおっとりした雰囲気を持つ女性の二人組だ。二人とも大学生であり、四歳くらい年上のはずだった。
『この二人が組む相手?』
『おおおおおおおおお』
『え? 誰?』
『まさかそう来るとは……』
『そういや三影ダンジョンの配信してたな』
そんな彼らの登場を受けて、リスナーたちのコメントは様々だった。思ったより視聴者層が被っていたのか、彼らのことを知っている人も多いようだった。
『バカップル配信の人じゃん』
『【ソウ×マナ】と組むのは予想外だった』
『ジュンのさっきの合図、イチャついてて気付かなかったに一票w』
浮遊カメラによってそんなコメントが読み上げられる中、二人は慣れた様子で自己紹介を始めた。
「初めまして。【ソウ×マナ】のソウです。ジュン君やリリックさんと組んで攻略を進めることになりました。よろしくお願いします」
「同じく、マナです。普段はソウくんと一緒に配信をしています。お二人の邪魔をしないように頑張りますね」
ソウさんは体育会系を思わせる力強さで、マナさんは柔和な笑みを浮かべて挨拶をする。リスナーの反応のとおり、二人はその道では有名な配信者であり……そのジャンルは『バカップル配信』だった。
『バカップル配信者って……こいつら戦力になるのか?』
『ちょっと納得。この二人、ダンジョン攻略はわりとガチだぞ』
『ジュン……そこまでしてリリックちゃんに悪い虫を付けたくなかったのか』
「【ソウ×マナ】を知ってる人、けっこう多いんだな」
彼らの反応に思わず呟く。すると、予想外の言葉が返ってきた。
『カップル配信を微笑ましく見ている層は意外と多いぞ』
『尊い若人からしか摂取できない栄養素があるのだ』
「そういうものか……奥が深いな」
俺にはよく分からない嗜好だが、齢を重ねると分かるようになるんだろうか。
『『うぃずダン』もカップル配信として摂取してる奴けっこういるだろ』
『呼んだ?』
なるほど、バイアスがかかっていたのか。【ソウ×マナ】を知ってるリスナーが多いわけだ。……じゃなくて、ちゃんと否定しておかなければ。
「だから、何度も言ってるけどカップルじゃないんだって」
『ククク……その反応こそが我らの糧よ』
『寿命が延びますなあ』
『お前ら、俺たちのリリックちゃんを勝手にカップリングしてるんじゃねえぞ』
と、そんなコメントを眺めていると、藤野さんが腕をちょんとつついた。
「ねえ、今度はあたしたちが向こうに挨拶する番だよ」
「あ、そうだった」
その言葉に段取りを思い出す。さっきの二人と同じように、今度は俺たちが向こうのリスナーに向けて挨拶をするのだ。
準備していた台詞を口の中で何度も繰り返しながら、俺は彼らの下へ向かうのだった。
◆◆◆
お互いのリスナーに挨拶をした俺たちは、四人でこのフロアをうろうろしていた。目的は連携戦闘の練習だ。ソウさんの
二人ともレベルは28とのことだが、俺たちも30に上がったばかりのため、そういう意味でもバランスはいい。
四人でお互いの能力を再確認していると、前方に2体の土色の巨人が現れた。ロックゴーレムだ。その姿を最初に見つけたマナさんは、早速とばかりに弓を引き絞る。
「まずは私からね……【蔦地獄】」
風を切って放たれた矢が2体のロックゴーレムの中間に着弾する。直後、大地に突き刺さった矢を中心として無数の蔦が伸長し、器用にゴーレムの四肢をからめとった。
「これなら――【黒十字】!」
その隙を逃さず、俺はゴーレムの片方に攻撃を仕掛ける。狙うのは敵の足下だ。一見すると攻撃が外れたように見えるが――やがて、足下から漆黒の十字架が立ち昇る。
「よし……!」
その破壊力に耐えられず、攻撃を受けたゴーレムが粉々に飛散する。【黒十字】は高威力のスキルだが、足下に剣撃を撃ち込んでから攻撃判定の発生までに数秒かかるため、使いにくいスキルだったのだ。
「うおおおおおっ!」
そしてもう一体のゴーレムはと言えば、ソウさんが雄叫びを上げて突貫しているところだった。元々の体格のよさも手伝って凄まじい迫力が伝わってくる。
「マナに! 束縛されていいのは! 俺だけだあぁぁぁ!」
「……」
訂正。ちょっと迫力が弱まったかもしれない。俺の中で勝手に下方修正された聖騎士は、それでもウォーハンマーでゴーレムをどつき倒す。聖騎士にしてはごつい武器選択だが、その破壊力は抜群だ。鈍器による一撃はゴーレムの右足を完全に砕いていた。そして――。
「ソウさん、避けてね! 【振動波】!」
蔦による束縛と片足の破壊。ゴーレムが避けられないことを確信した藤野さんが、強烈な攻撃魔法を叩き込む。避ける素振りを見せたゴーレムだったが、動けなくてはどうしようもない。
藤野さんの攻撃魔法が直撃したゴーレムは、全身にヒビが入ったかと思うとガラガラと崩れていった。
「思い知ったか! マナに束縛されるとはなんと羨まし……図々しいゴーレムだ!」
「うふふ、今日もソウ君は凛々しいわぁ」
「傍にマナがいてくれるからさ」
そんなゴーレムを前にしてソウさんは高々と笑い声を上げ、マナさんは嬉しそうに目を細める。その一方で、こちらはと言えば――。
『リリックちゃんの魔法が当たったぁぁぁぁっ!!!』
『うおおおおお! いつぶりだ!?』
『マジか!? 奇跡を目の当たりにした……!』
『リリックちゃんにあやかって、ちょっとガチャ回してくる』
こっちはこっちでリスナーの皆が大盛り上がりだった。お祭りモードのコメント欄は流れが早く、コメントを拾うのにも一苦労だ。
その賑わいが一段落してくると、今度は新たな仲間たちについての感想が増えていく。
『最初は心配だったが、意外といい組み合わせだったな』
『マナが蔦地獄をチョイスしたところに、リリックちゃんへの優しさを感じた』
『あれなら誰でも当てられるw』
『けっこうこなれた動きだったな、あの二人』
どうやら【ソウ×マナ】はうちのリスナーに受け入れられたらしい。もちろんネガティブな反応もあるが、今さら撤回するつもりはない。そんなことを考えていると、少し離れた場所から藤野さんが呼びかけてきた。
「ジュン、もうちょっと火山に近付かない? 今度はマグマゴーレムに魔法を当てるから……!」
「リリックちゃん、マグマゴーレムに蔦地獄は効かないわよ?」
「そっか、燃えちゃうよね。けど大丈夫。今度はアシストなしで当ててみせるし」
「せっかくのマナの蔦地獄を燃やすとは……モンスターとは愚かだな」
早くも二人に慣れてきた様子の藤野さんは、新たなパーティーメンバーと楽しそうに話している。
この様子なら大丈夫そうだ。そう判断した俺は、ほっとしながら彼らの下へ歩き出した。
◆◆◆
「今日はお疲れさまでしたー! かんぱーい!」
ダンジョン近くにある、いつものお洒落カフェに藤野さんの声が響く。まるで宴会が始まるかのような音頭だが、彼女が手に持っているのはなんとかフラペチーノとかいう甘そうな飲み物だ。
「リリックちゃんは本当に元気ねぇ」
「見ているこっちまで楽しくなるな。配信が人気になるわけだ」
そんな藤野さんを見て、向かいに座る【ソウ×マナ】の二人がにこやかに笑い合う。その言葉だけを聞けば年長者の余裕というやつなのだが、彼らは一ミリの隙間もないほどぴったりくっついているし、机の下では密かに手を握り合っている。分かっていたことだし、二人を勧誘したのも俺だが……軽く爆発しろと思う気持ちは止められない。
「二人だって人気だったぞ。うちのリスナー、けっこうな割合で【ソウ×マナ】のこと知ってて驚いた」
「そうそう! あたしもびっくりした――しました」
「あら、今さら敬語なんて使わなくていいのよ? 配信中は普通に話してくれたじゃない」
慌てて言い直した藤野さんに、マナさんが笑いながら告げる。
「だって配信中は戦闘とかもあるし、お互いのリスナーのこともあったから……」
「俺たちは気にしないし、むしろ配信中とそれ以外で態度が変わるほうが落ち着かない。それに――」
言って、ソウさんは俺のほうへ視線を向けた。
「どうせジュンはタメ口だぞ。
「敬語を使おうとするたびに拗ねたのは誰だよ」
「中学生になったばかりの子供が無理するからだ」
「あの頃のジュンはかわいかったわねぇ……」
そう言って、二人は懐かしむようにこちらへ視線を向けた。――そう。俺は【ソウ×マナ】と初対面ではない。ダンジョンがこの世界にできた頃からの付き合いだった。
藤野さんはダンジョンマスターかもしれない。その秘密を共有できるほどに信頼できて、なおかつダンジョン探索に精通している人物として、白羽の矢を立てたのが彼らだったのだ。
さらに言えば、二人は俺の動画を以前から見ており、三影ダンジョンの存在も早々に認識していたらしい。そのためデートスポットとしてさんざん活用しており、すでに中堅層のレベルに達していたことも大きな理由だった。
「……二人とも昔話はやめてくれ。リリックが置いてけぼりになる」
今も昔話を続ける二人に苦言を申し立てると、彼らは申し訳なさそうに昔話を切り上げる。すると、そんな様子を見て藤野さんが笑い声を上げた。
「あはは、あたしは昔話も気になるけどね。ジュンに年上の友達がいるなんてびっくりしたし」
「どうせ俺は友達が少ないよ」
「もー、そこまで言ってないでしょ」
そんなやり取りをしていると、マナさんが紅茶のカップをコトリと置いた。その姿勢のまま、彼女は藤野さんに話しかける。
「でも、リリックちゃんはよかったの? 自分以外が全員知り合いだなんて、ちょっと気が引けない?」
そう問いかけるマナさんの顔は真剣なもので、本気で心配していることが伝わってくる。実は俺もそれを心配していて、何度も藤野さんに念押しをしたものだ。
「うーん……別に? ジュンがあれこれ考えてくれてたのは知ってるから、それを信じるだけっていうか」
だが、藤野さんの答えはあっさりしたものだった。思っていたよりも藤野さんに信頼されていることが分かって、どうにも表情が弛みそうになる
「そうか、それならよかった。これからもよろしく頼むよ」
俺が表情筋と戦っている間にソウさんが話をまとめてくれた。ありがたい。そう思っていると、今度は藤野さんから質問が飛んだ。
「ていうか、二人こそよかったの? あたしたちに合わせて
彼女がそう質問したのは、【ソウ×マナ】の初期
「無理はしてないさ。もともと俺はマナを守る【聖騎士】になるつもりだったからな!」
言って、ソウさんは恋人の肩を抱き寄せる。……それ以上密着するとか、逆に痛かったりしないんだろうか。
「でも、マナさんが【精霊弓士】になったのはこっちに【斥候】系統がいないからでしょ?」
「否定はしないわ。でも、四人でダンジョンを探索するなら、それが一番楽しめると思ったのよ」
マナさんはそう答えて微笑む。その笑顔を見せられてはこれ以上言い募ることもできない。
「マナの心は女神のように……いや、女神より美しいな」
「うふふ、惚れ直した?」
「もちろんだとも」
……このやり取りがなければ、もっと素直に感謝できるんだけどな。そんなことを考えながら、俺は少し慣れてきたコーヒーを啜った。
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