増員Ⅰ

「それにしても、まさかジュンが【暗黒騎士】を選ぶなんてね」


 もはや常連と化したダンジョン近くのカフェ。俺と藤野さんはその一席に陣取って、今日の探索について話し合っていた。

 なお、このカフェは普通の高校生なら多用できないお値段なのだが……配信収入のおかげで、あまり気にする必要はなかったりする。金銭感覚が狂わないよう気を付けないとな。


「あたしの職業進化クラスアップよりコメントが盛り上がってなかった? なんか悔しい」


「盛り上がったというか、厨二病に対するリアクションだけどな」


 コメントを思い出して苦笑する。いやまあ、性能面以外にも惹かれるものがあったのは事実だが。


「ジュンがちゃんと考えて出した結論なんだから、なんでもいいじゃん」


 そう言って藤野さんはメロンソーダに口を付ける。その上にはアイスやフルーツなんかが山のように盛られていて、今にも崩れ落ちてきそうだ。

 そんな甘味群を美味しそうに食べていた彼女は、ふと思い出したように口を開く。


「そう言えばさ、6層のボスが見つかったってコメントあったけど知ってる?」


「ああ、聞いた。町の中心部に大きな城があっただろ? あの中は戦闘エリアみたいで、いろんなギミックもあるらしい」


「へー。それじゃ【斥候】が活躍しそうだね」


「うん。先行パーティーの『暁光』には【忍者】に職業進化クラスアップした人もいるし、情報を待ちたいところだ」


「あ、知ってる。【侍】と【陰陽師】もいる和風パーティーのとこでしょ?」


「城じゃなくてからくり屋敷だったらぴったりだったのにな」


 そう答えながら、俺は別のことを考えていた。第6層に出てくるモンスターのレベルは20から25だ。もう少しレベルを上げれば、ボス戦にも充分参加はできるだろう。ただ……。


「ジュン、ひょっとしてボス戦のこと考えてる?」


「……ま、まあね」


「やっぱり。なんかこーんな顔してたから」


 言って、藤野さんは自分の眉間に皺を寄せる。せっかくの綺麗な顔が台無し――ということもないな。険しい顔をしていても、美人はやっぱり美人のままだった。


「参加したいけど、また迷惑かけたくないよね」


 藤野さんは悩みを吐き出すように息を吐いた。経験則で分かったことだが、三影ダンジョンのボスは戦闘に参加している人数で強さが変わる。そのため、数の暴力で押し切ることはできず、適切な役割分担が必要になるのだが……。


「二人パーティーだと、何かと中途半端になるからなぁ」


 俺も彼女の言葉に同意する。三影ダンジョンでは、4人から6人くらいでパーティーを組むことが多い。補助魔法や範囲回復魔法を一気にかけられる人数がそれくらいだからだ。

 役割分担や連携の観点でも、パーティー単位でボス戦に参加するのが最も効率がいいのだが、いかんせん俺たちは二人しかいない。バランスはとれているものの、どうしても手数が少ないため、ギミックが多い第5層のボス戦では他パーティーに何かとフォローされる羽目になったのだ。


「『暁光』のリーダーから、ボス戦の声掛けはしてもらってるんだ」


「うーん……気を遣われてるんだったら悪いよね。楽しんでほしいもん」


 そう明かすと、藤野さんは迷っているようだった。三影ダンジョンを有名にしたのが『うぃずダンジョン』だと、関係者はみんな知っている。ダンジョン配信において影響力を持っていることも事実だし、忖度されていないとは言えない。


「もちろん、戦力としてアテにされている可能性もある。ボスのタイプによっては有効だ」


 俺は慰めるように告げる。トップではないものの、俺たちのレベルはあのダンジョンでも上位だし、二人パーティーとしては最優だという自負だってある。ただ、ボス戦に向いていないというだけだ。


「仲間……増やしたほうがいいのかな」


 そう呟く藤野さんの様子から、とても迷っていることが伝わってくる。迷っているということは、二人で探索・配信している現状に価値を感じているということで、俺としては嬉しいことだった。


 ただ、仲間を増やすべきかという話は何度かしたことがあった。パーティーを組まないかと動画経由でメッセージをくれたり、ダンジョン内で提案してきた人もいる。


「その人を本当に信頼できるか、って判断するの難しいよねー」


「俺たちはそこそこ有名になっちゃったからな」


 彼女の言葉に同意する。藤野さんはかわいいし人気があるので、下心を抱いた輩のお誘いには事欠かない。パーティーを組もうと言ってきた人のSNSを調べたら、「パーティー申請してみた。絶対リリックちゃんと○○○してみせる」と願望を垂れ流していたことも珍しくない。

 そんなこんなが続いたせいで、俺たちはパーティーメンバーを増やすことには慎重だった。


 ――そして、それだけではない。もう一つ、俺には迂闊にパーティーメンバーを増やせない理由があった。


「それにしても、あの職業クラスの多さは圧巻だったな。他の職業クラスもあのペースで上級職が増えるなら、全国のダンジョンでもトップクラスの豊富さだ」


「ホントに!? お世辞じゃないよね!?」


 俺が唐突に話題を変えると、藤野さんはぱぁっ、と表情を輝かせた。もっと詳しく聞かせろと嬉しそうな顔が語っている。


「本当だって。俺はああいうシステムが好きだから、他のダンジョンの仕様もけっこう知ってるんだが……あの規模は珍しいな。きっと、あそこまで設定するの大変だったんじゃないか?」


「そりゃもう! ……た、大変だったんだろうね」


「そういう意味では第6層も手が込んでるよな。まるごと町にして、その中に個別で戦闘エリアを作るとは思わなかった。戦闘エリアって建物ごとに指定できるのか?」


「うん。ちょっと手間はかかるけど、みんなが楽しめるかなって」


 そこまで言ってから、藤野さんは焦った様子で言い直す。


「……って、ダンジョンマスターも思ったんじゃないかな」


 答えつつ、藤野さんは目を泳がせる。――これだ。これこそが、信頼できない人間をパーティーに加えたくない最大の理由。


 俺は、藤野さんがダンジョンマスターだと考えていた。


 今思えば、藤野さんの言動は最初からちぐはぐな面があった。最初はダンジョンが好きだから故の反応だと思ったが、そう考えたほうがしっくり来るのだ。


 ダンジョンそのものを有名にしたいこと。ゲームバランスの調整が迅速で、ほぼ俺の指摘通りに修正され続けていること。ゴブリンに襲われた時の抜け道や、ベヒモスが地割れに飲まれたことも、ダンジョンマスター権限で地形操作を行ったのなら説明はつく。


 職業進化クラスアップの時も、彼女は自分の職業クラスより俺の反応を楽しみにしていた。これも自分で準備した成果を見たかったと考えれば辻褄は会う。


「実を言えば、あそこのダンジョンマスターには感謝してるんだ。ダンジョン配信がすごく楽しいから」


 それは偽らざる本音だった。正確に言えば、楽しいのはダンジョンマスターのおかげではなく、相棒としての藤野さんのおかげではあるが。


「そ、そうなんだ!? ダンジョンマスターに感謝とか、変な感じだよね!」


 そんな俺の言葉に、藤野さんは嬉しそうに笑み崩れた。その後、慌てた様子でフォローを試みるが……その顔は明らかにニヤけていた。


「……」


 彼女のこういった反応こそが、藤野さん=ダンジョンマスターという図式を描くきっかけだった。そういう観点で彼女の発言を分析すると、隠す気がないのかというくらいボロが出ているのだ。


 最初はそこまで分かりやすくなかったはずだが、今ではあまりに緩んでいる。それでも配信中は気を張っているようだが、こうしてオフになると途端に正体が出そうになっていた。

 まあ、俺はそれを「気を許してくれているのでは?」と喜んでしまっているのだが。それに……。


「しかし、ダンジョンマスターの目的は分からないままだよな」


「そ、そうだね。誰も会ったことないみたいだし」


「でも、何の理由もなくダンジョンを管理しているとは思えない。ひょっとしたら世界を崩壊させる計画の下準備かもしれないし……」


「――そんなことないし! そんな理由でダンジョンマスターになったんじゃ……ない……んじゃないかな。たぶん」


 極めつけはこれだった。こんな反応をする藤野さんが、人を不幸にするような願いを持っているとは思えないのだ。

 ダンジョンマスターとパーティーを組むことが正しいとも思えないが、解消するつもりもない。だからこそ、俺は今も一緒に配信を続けていた。


「で、でもさ。もしダンジョンマスターが目の前に現れたらどうする? やっぱり戦うの?」


 と、今度は藤野さんから質問してくる。いつかカミングアウトしてくれるんだろうか。そうなったら、俺はどんな反応をすればいいんだろうな。


「できれば戦いたくないな。三影のダンジョンマスターは好きだから」


 俺や他の探索者の意見を取り入れるために、懸命にダンジョンを操作しているであろう藤野さんを想像すると、そんな言葉がすんなり出てくる。


「っ――!?」


 次の瞬間、藤野さんが盛大に咳き込んだ。どうやらメロンソーダでむせたようだった。炭酸で鼻が痛いのか涙目になっている。そんな様子をちょっとかわいいと思ったのは秘密だ。


 ……じゃなくて。俺はようやく現実逃避をやめた。


「いや、違うんだって! ダンジョンに対する取り組み方が好きって意味だから! ダンジョンマスターの好き嫌いなんて考えたこともないし」


 そして、大慌てで誤解を解く。いや、誤解というわけじゃないが、そういう意味で言いたかったのは事実だ。


「けほっ……あ、そういうこと? びっくりしたぁ」


 今も軽くむせながら、藤野さんは屈託なく笑うのだった。

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