初配信Ⅲ

「――初めましてー! あたしはリリック。こっちのジュンと一緒に、この『三影みかげダンジョン』を探索していこうと思いまーす!」


 俺たちが命からがら駆け込んだ巨大な門。そのすぐ内側にある広場では、藤野さんの明るい声が響いていた。


 本当は入口に戻って撮るつもりだったのだが、職業クラスを得る前にまたモンスターに襲われてはたまらないため、町中から配信をスタートすることにしたのだ。

 ちなみに、『三影ダンジョン』という名前は最寄り駅の名前から取ったものだ。


「……ねえ、こんな感じ?」


 やがて、簡単な説明を終えた藤野さんが緊張した顔で聞いてくる。彼女はカメラの前でも平然としていそうなイメージだったが、そんなことはなかったらしい。ちょっと親近感が湧くな。


「うん。それでいいと思うけど……今も配信中だぞ」


 そう答えると、藤野さんは焦った顔を見せた。


「え、マジ……!? 後で編集とかできる?」


「運営にBANされるレベルじゃない限り、編集する予定はないよ」


「えー!」


 浮遊カメラがそんな藤野さんの様子を撮り続ける。初心者感が全開だが、無理に背伸びするよりも好意的に捉えてもらえるだろう。そんな狙いもあった。


「こんにちは、ジュンです。よろしくお願いします」


 藤野さんに続いて、俺は手短に挨拶をする。あくまでメインを藤野さんにするつもりだからだ。ちなみに『ジュン』という配信名は、俺の本名『橋江潤』からくるものだ。別の名前も考えたのだが、昔の動画もこの名前を使っていたため、今さら別の名前を使いたくなかったのだ。

 なお、藤野さんの『リリック』は、藤野詩季の『詩』の字から持ってきたらしい。


「え? それだけ? あ、ひょっとして寡黙キャラで行くつもりとか?」


「違うわ! というか、本当にそのつもりだったらどうするんだ。いきなりキャラ付け暴露とか、むごすぎるだろ」


「それを乗り越えてこその個性じゃない?」


「無茶言うな」


 そんなやり取りをしながら、ちらりと浮遊カメラを確認する。当然のことだが、リアルタイム視聴者はゼロだ。けどまあ、藤野さんが配信に慣れていないことを考えれば、ほぼ録画のノリで進められるゼロ視聴者にもメリットはあるか。


「ここはいわゆる『最初の町』? 職業クラスを決める場所があるはずなんだよね」


 そんな説明をしながら歩を進める。実際には場所もチェック済みなのだが、そこはライブ感を出すために伏せてある。


「ねえねえ、あれじゃない? なんか雰囲気違うし」


「行ってみよう」


 そんな小芝居をはさんで、職業クラスが決まる施設へ向かう。どことなく神聖な雰囲気を醸し出している区画の奥に辿り着くと、重そうな扉がゆっくりと開いた。

 ちなみに、この部屋には俺たちもまだ入っていない。うかつに試して、録画前に職業クラスを得てしまっては台無しだからだ。


「これが……」


 部屋に入った俺は、その光景に目を奪われた。緻密な装飾を施された小部屋は不思議な光に満たされていて、その中央部にサッカーボール大の宝珠オーブが浮いている。

 これまでに様々なダンジョンの転職施設を見てきたが、かなり出来がいい部類に入るだろう。


 この部屋の映像をサムネイルに使おうか。それとも伏せておいたほうが、視聴者により衝撃を与えられるだろうか。そんな考えが頭を巡る。


「ちょっと……狭いね」


 編集作業のことに思いを馳せていた俺は、藤野さんの声で我に返った。彼女は俺のすぐ傍でオーブを覗き込んでいて、俺が少しでも動けば身体が触れてしまいそうだ。部屋自体が狭いというよりも、利用者が立つスペースが狭いのが原因だろう。


「たぶん、一人で入ることを想定してるんじゃないかな」


 距離の近さにドギマギしながら言葉を返すと、彼女は納得したように手を打った。


「そっか。でもさ、どうせなら一緒に見たくない? あたしはジュンの職業クラスが決まるとこを見たいもん。ジュンだってそうじゃない?」


「たしかに。それは興味あるな」


 俺は彼女の言葉に同意する。決して藤野さんと密着したいからではない。これは合意なのだ。


「それじゃ、俺からやる」


 まず俺が進み出てオーブに手をかざす。使い方は分からないが、他のダンジョンと同じならこれで反応するはずだ。


「お――」


 予想した通り、オーブに変化が生じる。その中で幾つもの光が飛び交った次の瞬間、俺の周囲に複数の映像が表示された。


「これは……職業クラスの一覧か?」


 ステータス画面と同様の四角いディスプレイパネルが六つ。その一つに目を向けると、そこにはこんな内容が書かれていた。


【弓術士】

 弓を使用し、中距離戦闘を得意とする職業クラス。斥候ほどではないが、罠の感知・解除にも補正がある。


<習得しやすい初期スキル>

【速射】【遠視】【精密射撃】【気配察知】【貫通】




「――へえ。けっこう選択肢があるな」


 俺は声を弾ませた。【戦士】【斥候】【弓術士】【格闘家】【神官】【魔術師】。職業クラス揃えとしてはスタンダードだが、最初からこれだけ選択肢があると、見るだけでもテンションが上がってくる。


「え? ジュンには何か見えてるの? あたし何も見えないんだけど」


 と、隣の藤野さんが小首を傾げて聞いてくる。どうやらオーブを起動した人間にしか見えていないようだった。ということは、浮遊カメラにも映っていないわけか。


「この辺りに選べる職業クラスが表示されてる。たとえば――」


 視聴者にも分かるように、俺は6種類の職業クラスの説明をしっかり読み上げていく。そして……俺は職業クラス選択画面を閉じた。


「よかった。選択前にキャンセルできた」


「あれ? 職業クラス選ばなかったの?」


 そんな俺の言葉が不思議だったのか、藤野さんは目を瞬かせた。


「リリックがどの職業クラスを選ぶかにもよるから」


 今後の予定は不明だが、当面は俺と藤野さんでこのダンジョンを探索していくのだ。後衛オンリーだとか、回復手段がゼロだとかいう展開は避けたい。


 そんな考えから、俺は藤野さんに場所を譲った。彼女に好きな職業クラスを選んでもらって、自分はそれを補える職業クラスに就こう。色んな職業クラスを経験してきたから、どんな職業クラスでもそれなりに対応できるはずだ。


「それじゃ、やるね」


 藤野さんは緊張した面持ちでオーブに触れる。俺には見えないが、今ごろ彼女の周囲には職業クラスの説明パネルが大量に浮かんでいることだろう。


「……は? 何これ」


 そう思ったのだが。本来なら複数の説明パネルをせわしなく確認するはずの藤野さんは、とある一点だけを見つめていた。


「どうした? 何が見えてる?」


 そう尋ねると、藤野さんは戸惑ったような顔をこちらへ向ける。


「なんかさ、職業クラスが一つしか表示されないんだよね」


「え? そんなはずは……」


 俺もまた、彼女の状況を聞いて困惑していた。俺自身は戦士職から魔法職まで、6種の職業クラスがバランスよく表示されていたからだ。


「本人のパラメータに応じた職業クラスしか選べないダンジョンもあるけど、俺があれだけ選べたわけだしなぁ。リリックのパラメータが尖ってるようにも思えないし」


 何が理由なんだろう。性別のせいだとは思えないし……そう考えていた俺は、肝心な情報を得ていないことに気付いた。


「ところで、表示されてる職業クラスは何?」


「【巫女】だって」


「巫女? 俺の選択肢にはなかった職業クラスだな。解説はなんて書いてある?」


 彼女の回答に驚く。固有のユニーク職業クラスだろうか。だとしたら、ある意味では困ったことになるかもしれない。


「えっとね、『天上ならざる神に仕える存在。奇跡の因子を持つが、発現する可能性は低い』だってさ。習得しやすい初期スキルは【瞑想】【主の加護】で、習得しやすい魔法は下級魔法全般」


 そんな俺の懸念をよそに、彼女は聞き取りやすい声で説明文を読み上げてくれる。きちんと視聴者を意識しているのだろう。


「えーと……つまり魔法職ということか」


 説明文がやたらと意味深だが、今のところ能力に関係ないフレーバーテキストのようだった。それともレベルアップで関係してくるのだろうか。


「とりあえず【巫女】に転職するよ?」


「ああ、そうしてくれ。……となると、俺は【戦士】か【格闘家】あたりが妥当か」


 彼女とのバランスを考えてそう呟く。すると、藤野さんは意外そうな顔で首を傾げた。


「どうして? 好きなの選べばいいじゃん」


「リリックは魔法全般を扱える後衛魔法職だから、俺は前衛戦士職のほうがバランスはいい。【斥候】系も捨てがたいけど、盾役タンクとして厳しいからなぁ」


 こう言ってはなんだが、藤野さんはあまりダンジョンに慣れていないようだし、守らなければならない気がする。


「よし、俺は【戦士】にするよ」


 そして、カメラに向かって宣言する。ありふれた職業クラスだが、汎用性が高く安定したダンジョン探索ができるはずだ。


「ちなみに――」


 視聴者にそんな説明をしておこうと、続けてカメラに話しかけた時だった。浮遊カメラがピコン、という音を発した。


「あれ? 今の音って……」


 その音に敏感に発したのは、俺よりもむしろ藤野さんだった。期待と緊張に満ちた瞳をした彼女に、俺は静かに頷きを返す。


「ああ。リスナーが入ってきた。記念すべき第一号、かな」




 ◆◆◆




 洞窟の奥にあった町を抜けると、大草原が広がっていた。『最初の町』の地下が洞窟と繋がっていて、俺たちはそこから出てきた、ということになるらしい。

 目の前に広がる景色は、都会ではお目にかかれないほど綺麗で広々としていた。


 ……なのだが。今の俺たちに景色を楽しむ余裕はなかった。


「――2体は俺が引き受ける! 後ろのゴブリンを頼む!」


「おっけー! 今度こそ任せて!」


 元気な声を背に受けて、俺は3メートルの距離を一気に詰めた。肉薄されたゴブリンが棍棒を振り下ろす前に、手にした剣を横に薙ぎ払う。


「ギャギャッ!」


 腹部を斬り裂かれたゴブリンが悲鳴を上げる。同時にもう一体のゴブリンが汚れた短剣を突き出してくるが、深手を負ったゴブリンを盾にして凌ぐと、先に手負いのゴブリンにとどめを刺す。


「よし……!」


 一体目のゴブリンを倒したことを横目で確認しながら、もう一体のゴブリンに斬りかかる。さっきは職業クラスも武器もなくて苦戦したが、【戦士】であり、安物とはいえまっとうな武具も手に入れている。油断するつもりはないが、一対一で負けることはないだろう。


「今度こそ……火炎弾!」


 と、俺のすぐ横を炎の弾丸が飛んでいく。藤野さんの魔法だ。勢いのついた弾丸はまっすぐ後衛にいたゴブリンへ向かって飛んでいき――。


「ギャ」


 そして、あっさりと避けられた。


「もー、なんでぇ!?」


 背中から聞こえてくるのは、憤慨した藤野さんの声だ。振り返ることはできないが、地団太を踏んでいる様子が目に浮かぶ。だが、俺が声をかけることはなかった。なぜなら……。


『さすがクソエイム』


『狙ってできることじゃないな』


 ピコン、という音とともにコメントが読み上げられる。浮遊カメラの機能の一つだ。そして、当然ながらコメントの主は俺ではない。


 そう。初めてにもかかわらず、今の時点でリスナーの数は10人まで増えていた。俺がソロ配信していた時にはあり得ないペースだ。


「えー。でもさぁ、狙いはけっこう正確じゃない?」


 そして、こちらは期待通りというか、藤野さんは友達と話すかのようにフランクに会話を成立させていた。緊張していたのは最初の5分くらいで、そこからはずっとこんな感じだ。


『殺意がもれてるんじゃね?』


『殺意を察知して避けるとか、手練れのゴブリンだな』


『殺意を撒き散らす巫女w』


「もー、次こそ見てなよ」


 彼女がそんなやり取りをしている間に、俺はもう一体のゴブリンを屠る。3体目のゴブリンも俺が倒したほうが効率的だが、動画的には藤野さんが倒すべきだろう。


『相棒にバフかけたほうが早くね?』


『MPもったいないし』


「火炎弾っ!」


 少し気合の入った声で、藤野さんが炎の弾丸を再び発射する。本人が主張するとおり、その狙いは別に悪くないのだが……。


「ギャ」


 またもやあっさりと避けられる。平然とした様子で魔法攻撃を避けるゴブリンに、リスナーのテンションは爆上がりだった。


『勘弁してくれww飲み物噴いたわ』


『ここのゴブリン最高』


『でもジュンの攻撃は普通に食らってるからな。やっぱクソエイムか』


 まるで酒の肴を見つけたかのようにコメント欄が賑わう。配信早々こんなに盛り上がることがあるものだろうか。まあ、盛り上がりの大半は藤野さんによるものだが。


「ええと……倒してもいいかな」


 そんな中で俺がゴブリンに手を出すのはどうかと思うが、藤野さんは火炎弾を連射(いまだに命中ゼロ)してMPが尽きかけているはずだ。


「……うん。MPもうないし」


 彼女は少し拗ねたように答える。それならばと、俺は最後に残っていたゴブリンを斬り伏せた。一撃で倒すことはできなかったが、相手の動きが掴めてきたおかげで余裕を持って戦える。


『ようやく終わったw』


『神回避を見せた猛者ゴブリンも、他の探索者にかかればこんなものか』


『これが本来の姿だろ』


「ふーん。そう言えるのも今のうちだから。次こそ見てなよ」


 そんな無情なコメントにふてくされることもなく、彼女は不敵に笑った。……藤野さん、メンタル強いな。ちょっと格好いいかもしれない。


 そうして勝手に尊敬の念を抱いていると、シャランと涼やかな音が響いた。この音はひょっとして――。


「あ! レベルアップした!」


 俺より早く藤野さんが賑やかな声を上げた。ステータス画面を開くと、たしかにレベルが「2」に上がっている。


『おめ』


『戦闘5回で初レベルアップか』


 そんなコメントをバックに、俺も自分のステータスを眺める。【戦士】のため、力や体力の伸びがいい。素早さもそこそこ伸びているが、器用さや魔力は申し訳程度だ。


「ねえねえ。新しいスキルとか覚えた?」


 横から藤野さんがひょいと顔を覗かせる。ダンジョンによっては互いのステータスを勝手に見るのはご法度なんだが……まあいいか。


「パラメータが伸びただけ。それでも、さっきまでより敵を倒しやすくなったはずだ」


「そっかー。あたしもパラメータだけなんだよね。……あ、でも」


 そう告げてから、藤野さんは勝ち誇ったように拳を握り締めた。


「実は素早さが上がったんだよね。これで火炎弾が当たるんじゃない?」


「そうだな。素早さ以外のパラメータを参照している可能性もあるが……なんにせよ命中率は上がると思う」


「でしょー!」


 そんなやり取りをしていると、コメントがいくつか流れてくる。


『必死乙』


『それくらいでなんとかなるレベルじゃないだろw』


「あはは、ごめんね。お楽しみタイムはここまでだから。次からは絶対当てるし」


 浮遊カメラに勝気な笑顔を見せると、藤野さんは俺に向き直った。


「MPなくなっちゃったし、町に戻ろ?」


「ああ、そうだな」


 火炎弾を当てる気満々の彼女に急かされて、俺たちは町へ回復しに戻るのだった。

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