初配信Ⅱ
白旗を上げてから10分後。俺たちはまだ入り口から動いていなかった。と言ってもトラブルがあったわけではない。下調べをしていたからだ。
「ねえねえ、そろそろ配信いっちゃう?」
そんな俺に痺れを切らしたのか、藤野さんは配信用のカメラに手をかける。ダンジョン配信が人気ジャンルになったことで生まれた浮遊カメラだ。
ドローンや通信系の最新技術とAIが駆使されているというそれは、高校生には高い買い物だが手が届かないほどではない。数年前には信じられなかった技術だが、今ではダンジョン配信者の必需品となっていた。
「ちょっと待って。先に軽く情報を集めたい」
「え? でも『ダンジョン配信なら最初から撮ったほうがいい』って言ったの橋江くんだよ?」
「そうだけど、最低限の情報は必要だ。ダンジョンの基本的なルールくらいは把握しておかないと、視聴者にとってテンポが悪くなる」
「そっかー」
藤野さんは納得したようで、ようやく浮遊カメラから手を離す。
「藤野さんは前にも来たことがあるんだろう? どんな感じだった?」
「どんな感じって、こんな感じだけど」
「そうじゃなくて……ファンタジー系ダンジョンとか、SF系ダンジョンとか、色々あるだろ? 見た感じファンタジー系だとは思うけど」
周りの岩壁を見て推測を告げる。ダンジョンには様々なタイプがあるが、最も多いのはファンタジー系のダンジョンだ。剣や魔法、スキルといったものを駆使するタイプで、最も人気があるのもこのタイプだ。
とはいえ、他にもSFを基調としたタイプや、現実と変わらないが謎を解かなければ進めない脱出ゲーム系のダンジョンなど、様々なものがある。中には全フロアが海中になっている凶悪仕様のダンジョンもあるくらいだ。
「うん、それそれ。やっぱ人気だよね」
「ああ。ただ、人気なだけに供給も多いからなぁ。埋もれないよう工夫しないと」
「あー、そう言えばそうだね。単純に考えちゃった」
藤野さんは苦笑を浮かべた。お薦めのダンジョンがファンタジー系だということで、ある程度の人気は保証されると思っていたのかもしれない。
「……うん、オーソドックスなタイプだな。レベルやHP、力や魔力みたいなパラメータもある。魔法とスキルは覚えれば表示されるっぽいな」
あれこれとステータスをいじくって、確認した結果を口にする。取り立てて目立つ特徴はないが、悪くはなさそうだ。
「これ、
そう告げると、藤野さんは不思議そうに小首を傾げた。
「
「ほら、戦士とか魔術師みたいなやつ。それとも、自分でパラメータを望む方向に伸ばすタイプかな」
「えーと……どうだろ。あったほうがいいの?」
「それは好みの問題だね。あったほうが特別感が出るけど、制約にもなりかねない」
そんな俺の答えに、彼女は何か考え込んでいる様子だった。
「橋江くんはどっち派?」
「どっち派ってことはないけど……人気のダンジョンは
「ふんふん、そうなんだ」
藤野さんは相槌を打つと、なぜか洞窟の奥を指差した。
「たぶん、あっちにあると思う」
「え? 何が?」
「だから、
そこまで言われて、俺はようやく意味を理解した。
「ああ、
そして素直に喜ぶ。パラメータ式も好きだが、迂闊なビルドをすると取り返しがつかないこともあるからな。その点、
「なんか楽しそうだね。よかった」
俺がワクワクしていることが分かったのか、藤野さんは嬉しそうに告げる。ほっとしている様子なのは、俺がダンジョンを好意的に捉えたことが分かったからだろう。
そうして、俺たちは洞窟の奥へ向かいながら話をする。
「藤野さんは、まだ
「え? う、うん。もうちょっと調べてからのほうがいいかなって」
「ああ、それはあるかもなぁ」
何も考えずに
そんなことを考えていると、今度は藤野さんが質問を投げてくる。
「橋江くんってさ、いつからダンジョンに行くようになったの?」
「ええと……4年くらい前かな」
そう答えると、藤野さんは驚いたように俺を見つめる。
「え。めっちゃ古参じゃん。ダンジョンができたのって5年前でしょ?」
「古いだけで攻略ガチ勢ってワケじゃないぞ。実際、どこのダンジョンでもトッププレイヤーになったことはないし」
――と。そんな会話をしながら歩いていた時だった。おかしな物音に気付いて、俺は周囲を警戒する。
「橋江くん、どうかした?」
そんな俺の様子で何かを察したようで、藤野さんが怪訝な表情で聞いてくる。
「何かいる。俺の後ろにいてくれ」
俺は念のために持ってきた木刀を手に持った。ダンジョンにもよるが、外から持ち込んだ武器はあまり意味をなさないことが多い。だが、それでも無手よりは役に立つ。
そうして構えていた俺の前に姿を見せたのは、緑色の肌をした三体の小鬼――ゴブリンだった。
「ええ……? このタイミングで、しかも三匹?」
思わず声がもれる。まだこの世界の武器も持っていないし、現在の自分がどの程度戦えるのかも分からない。藤野さんの言葉通り、これから
「チュートリアルなしで出てくるってことは、相応に弱いと信じたいが……」
俺はこの場を切り抜ける方法を真剣に考える。ダンジョンで命を落としても肉体に影響は出ないが、中には精神的なショックで調子を崩す人間も存在するからだ。それに――。
「ゲゲッ」
と、腰の高さまでしかない小鬼が俺たちの行く先を阻むように立ち塞がる。俺は藤野さんを庇うように前へ出た。
「――っ!」
そして、先頭を切って飛びかかってきたゴブリンを木刀で打ち据える。だが、俺は手ごたえのなさに顔を顰めた。心配していたとおり、ダンジョンの外から持ち込んだ武器は威力が激減しているようだった。
「なら――」
それならばと、木刀を受けても無傷だったゴブリンに蹴りを叩き込む。今度は効果があったようで、甲高い悲鳴を上げてゴブリンがうずくまった。だが――。
「あまり効いてないか……」
そう呟いたのは、うずくまっていたゴブリンがすぐに立ち上がったからだ。動きが鈍い以上ダメージは受けているのだろうが、藤野さんを守りながら3体を倒すのは厳しいかもしれない。
このまま下がっても追い詰められるし、いっそ隙をついて奥へ進むべきだろうか。本当に
「おいおい……」
そんなことを考えていた俺は、つい愚痴の言葉をこぼした。ゴブリンの背後に新しいモンスターを確認したからだ。
「
汗がつう、と背中を伝っていく。このダンジョンの序列は分からないが、ゴブリンよりオーガのほうが弱いということはないだろう。ゴブリン一匹に苦労している俺には荷が勝ちすぎだ。
「逃げるしかないな」
俺はそう判断した。初戦で逃げるなんて格好悪すぎるが、迷っている余裕はない。
「――橋江くん、こっち! 抜け道があった!」
その時だった。藤野さんの緊迫した声が耳を打つ。その声に振り返れば、彼女の傍にぽっかりと抜け道ができていた。そんなものはなかったはずだが、隠し通路があったのだろうか。
「分かった! 先に行ってくれ!」
ゴブリンたちに視線を戻して答える。彼女が抜け道へ入ったことを確認すると、俺もゴブリンたちを警戒しながらその後を追う。背後から聞こえてくる唸り声に急き立てられて、俺は必死で足を動かした。
「あそこ! あそこまで行けば大丈夫だから!」
前を走っていた藤野さんが息を切らせながら叫ぶ。視線を向ければ、そこには大きな門がそびえ立っていた。これまで岩壁だったダンジョンが、門を境に石造りの空間へ変わる。
「でも閉まってないか!?」
「近付けば開くから!」
そんな会話を聞いていたかのように、俺たちの目の前で巨大な門が重々しく開いていく。門が完全に開ききるのを待たず、俺たちはその中へ飛び込んだ。
「……門、の、内側、には、モンスター、入って、これない、から」
「それは、よか、った」
なんとか門の内側へ滑り込んだ俺たちは、荒い息を吐きながら会話をする。藤野さんが言う通り、モンスターは門の内側へは入ってこれないようだった。
「……とりあえず、無事でよかったな」
それから10分ほど経って。気を取り直した俺は、隣でへたりこんでいる藤野さんに話しかけた。
「うん。……なんかごめんね」
彼女はしょんぼりとした様子で答える。お薦めダンジョンでいきなり死にかけたのだ。責任を感じているのかもしれない。
「藤野さんが悪いわけじゃないさ。……このダンジョンを作った奴は、ちょっと構成を考えるべきだろうけど」
俺は苦笑を浮かべた。ダンジョンに入ってすぐにあの展開では、あまり万人受けしないかもしれない。
「そっか……」
そんな俺の言葉に、彼女は悲しそうな顔を見せる。その表情を目の当たりにした俺は、慌てて口を開いた。
「でも、たまにはああいう展開もいいかな! やっぱり最初のインパクトは大事だし!」
「あはは、気を遣ってくれたの? ごめんね」
そう謝って彼女は言葉を続ける。
「でもさ、ゴブリンって普通は最初に出てくる敵だよね?」
「それはそうなんだが、問題は出てくるタイミングだな。まだ武器も
俺は言葉を濁しつつ答えた。そして、ふと気になったことを口にする。
「前ここに来た時、藤野さんは大丈夫だったのか? 襲われなかった?」
「え? ……ううん。襲われたのは初めて」
彼女はどこか焦った様子で答えた。今さらながらに、危ない橋を渡っていたことに気付いたのだろう。
「ということは、必ずしもあの洞窟でエンカウントするわけじゃないのか」
今回は運が悪かったということだろうか。なんであれ、前回の彼女が無事に帰還できてよかった。そんなことを考えながら、俺は完全に閉ざされた門を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます