ダンジョン配信中! なんだけど相棒のJKがダンジョンマスター(ポンコツ)のような気がする
土鍋
初配信Ⅰ
「ねえねえ! ちょっと配信してみない?」
二人しかいない放課後の教室。接点のないクラスメイトの口から出てきたのは、怪しげな勧誘の言葉だった。
「……」
だが、俺は返事をしない。なんなら彼女の言葉の意味も考えない。ただ黙って後ろを振り返る。
「こらこら。キミ以外に誰もいないってば」
テンポよくツッコミを入れて、彼女――
「……本当に俺?」
「うん。
「お、おう」
自分の苗字を呼ばれたことで、ようやく現実を見つめる覚悟が湧いてくる。なんせ相手は明るくて容姿にも優れたクラスの人気者だ。カーストとまでは言わないが、彼女の不興を買えば今後の高校生活がしんどくなることは間違いない。
「……全貌が分からないんだが、配信って何のこと? クラスで何かやるの?」
「そうじゃなくてさ。橋江くん、ダンジョン配信してるでしょ?」
「っ!?」
その言葉に驚いて、俺は彼女をまじまじと見つめ返した。
――ダンジョン。5年ほど前に世界中に出現した謎の空間だ。その中は異なる物理法則が支配するエリアであり、多くの場合は侵入者に敵対的なモンスターや仕掛けで溢れている。
と言えば治安が心配になるが、大した問題は起きていない。一部のダンジョンを除けば、ダンジョン内で起きたことはその中でしか成り立たないからだ。
そのため、ダンジョンは若者に人気の実体験型アトラクションといった位置づけだが、特に日本は親和性が高かったのか、ダンジョン攻略の動画配信は覇権ジャンルと言えるほどに賑わっていた。
「よく知ってたな」
「まあ、偶然? ダンジョン配信者の動画漁ってたらさ、なんか見つけちゃった」
「あんな再生数の少ない動画をよく見つけたな……」
俺は素直に驚いた。陰キャながらも、若気の至りで動画をアップしてみたのは数年前の話だ。ひょっとしたら動画がバズって人生が一変するかも、などと妄想していた時期が懐かしい。
「頑張ってチェックしたからねー。……てか、そんなに再生数少なくなかったよ? 200は行ってたし」
「あ、ありがとう……」
その言葉に思わず泣きそうになる。5分おきに再生数を見てはしょんぼりしていた昔の自分に聞かせてやりたい。藤野さん、まともに話したことなかったけどいい人だな。俺の中で好感度がうなぎのぼりだ。
「それでさ、どうかな」
好感度上昇中の藤野さんは、そう言って身を乗り出してきた。その距離の近さに焦りながら、俺は必死で言葉を絞り出す。
「その、どうして俺なんだ? 藤野さんなら、もっと配信映えしそうな友達とかいそうだけど」
「それがさー、みんなノリ悪いんだよね。ダンジョンに興味ないとか、顔出しNGとか」
藤野さんはしょんぼりとした顔で答える。その様子に嘘は感じられなかった。
……なるほど、それでアテがなくなって俺に声をかけたのか。彼女としても苦渋の選択だったことだろう。
「そういうことなら、俺は構わないけど……」
納得して、そして了承する。あまり話したことのないクラスメイトとは言え、自分の好きな分野で協力を求められたのだ。悪い気はしないし、自尊心をくすぐられたのも事実だ。何かのドッキリかもしれないが……その時はその時だ。
「でもさ、俺が動画に出る必要ある? 藤野さんだったら、俺抜きでやったほうが絶対に人気出ると思うけど」
それは純粋な本心だった。俺みたいな冴えない高校生が写り込んでも、彼女の足を引っ張るだけだろう。
「え? あたしが出るの? なんで?」
彼女は虚を突かれたように目を丸くする。だが、目を丸くしたいのはこちらのほうだ。
「なんでって、藤野さんはダンジョン配信をしたいんだよね?」
「え? や、橋江くんに配信してもらいたいんだけど」
「んん……?」
なんだろう。どうにも雲行きが怪しい。というか、何かが食い違っている気がする。
「それじゃ、藤野さんはどうするんだ?」
「手伝い?」
「……」
今の俺は見事な間抜け面を浮かべていることだろう。彼女の意図が掴めない俺は、困惑しながら口を開いた。
「まず、藤野さんの目的を確認していいかな……」
◆◆◆
俺たちの目の前にあるのは、鈍く虹色に輝く鏡面だった。直径二メートルほどの楕円であり、これをくぐればダンジョンへ行くことができる。つまりは入口だ。
「ここが藤野さんお薦めのダンジョン?」
「お薦め? ……そうだね、そんなとこ。すっごく気になるんだ」
俺の問いかけに、彼女はくすぐったそうな不思議な顔で頷いた。ギャルっぽい藤野さんと俺の組み合わせが不思議なのか、通りがかった人々が視線を向けてくる。
「けっこう人が通るんだな」
気恥ずかしさも手伝って、そんな感想を呟く。高校がある地元からは数駅離れているが、知り合いに会わないとも限らない。
「三影駅ってけっこう大きい駅だからねー」
藤野さんは軽く同意を示すと、無造作にダンジョンの入口へ踏み込んだ。その後ろ姿は虹色の鏡面に吸い込まれて――。
「ちょっ!?」
俺は思わず大声を上げた。いくら入口とはいえ気軽すぎない!? そんな思いを抱きながら、慌てて彼女の後を追いかける。
「――っ」
次の瞬間、俺は洞窟の中に転移していた。天然の洞窟にしては整然としているし、不自然なほどに明るい。ダンジョンによくある特徴の一つだ。
「橋江くん? そんなに慌ててどうしたの?」
すると、すぐ目の前に藤野さんがいた。彼女にぶつかりそうになった俺は、とっさに横へ回避しながら口を開く。
「藤野さんがいきなりダンジョンに踏み込むから」
「あ、心配してくれたんだ? ありがとう」
藤野さんはそう言って微笑んだ。彼女にとってはありふれた笑顔だとしても、女子と縁のない男子高校生には結構な破壊力だ。そうやってテンパっている自分を立て直すために、俺は自分から口を開く。
「じゃあ、軽くおさらいするぞ。藤野さんの目的は、このダンジョンをみんなに知ってもらうこと」
「うん」
「そして、そのためにこのダンジョンを探索する様子を配信したい」
「そうだよ」
「だから、二人でダンジョンを探索する様子を配信する」
「……それなんだけどさ、やっぱあたしは必要なくない?」
テンポよく相槌を返していた藤野さんが、初めて渋い顔を見せる。それは教室でも散々話し合ったことだ。
「どっちが必要ないかで言えば、明らかに俺のほうが不要だぞ」
「そうかなぁ。あたし、橋江くんの配信けっこう楽しんで見てたよ」
「ありがとう……。配信自体が目的ならそれでもいいんだが」
不意打ちの言葉に思わず涙ぐみそうになる。だが、今はそんな時ではない。
「このダンジョンを人気スポットにするなら数字を取る必要がある。そして、無名の男子高生と女子高生、どっちの配信が再生数を稼げるかは明らかだ」
俺はそう断言した。悲しい現実だが、目を背けていてはゴールが遠のくだけだ。
「あと、藤野さんはその……綺麗で華があるから配信には打ってつけだよ。本当は一人のほうが人気出ると思う」
女の子を褒めるというレアな経験に苦戦しつつも、無理やり最後まで言い切る。どう考えても俺の意見が正しいと思うのだが、彼女は困ったように首を横に振った。
「一人はムリだってば。なんか変なこと言っちゃいそうだし」
「それはそれで、人気が出る気がするけどな」
お世辞でもなんでもなく、本心からそう告げる。容姿にせよ性格にせよ、藤野さんのスペックが高いことに疑いはない。どう転んでも俺よりは有名な配信者になることだろう。
そんなことを熱く語ってみたのだが、彼女の琴線には響かなかったらしい。
「ふーん。それじゃ橋江くんは、心細い女の子を放置してカメラを回すんだ?」
「いや、そうじゃないって」
上目遣いでそんな台詞を言える時点で、心細い女の子キャラは厳しいのではないだろうか。そんな失礼な感想が脳裏をよぎるが、もちろん何も言わない。
「悪かったよ。二人でダンジョン配信をするのは、教室でもう決めたことだしな」
「うん。よろしくね!」
白旗を上げた俺に、彼女は嬉しそうに言葉を返すのだった。
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