第十章 思い
#44 思い (1/5)
イナホ達が白き鉄の兵との死闘を繰り広げていた頃、秋津国ではノイズ交じりで途切れ途切れの通信に業を煮やす二人の姿があった。珍しく落ち着きのない
「やはり我も行くべきであった」
その隣でメイアも、
「
そう詰め寄られる
「無理を言うでない。貴重資源と
愛数宿もそんな二人を諭すように、
「子らも精一杯奮闘しています。可能性を信じ、今は無事を祈りましょう」
そんな彼女も普段とは違い、手を固く結んでいる事に周囲は気づいていた。その時、通信音声に大きな衝撃音が聞こえると、そこで通信が途絶えてしまった。本部の室内に静けさだけが響き渡る。
日本の神、
「戻ったぞー!」
そう叫ぶ須佐之男の声にハッとし、疲れが限界に達していた一行が前を見上げると、視界が開け、山の中腹に湖を湛える開けた台地が、月明かりの下に広がった。湖の周辺には、生存者達が作った避難所が点在し、そこを抜けると背後に霊峰がそびえる大社に辿り着くのだった。須佐之男は、
「ここはこの一帯の神域の中心だ。見渡す山は大体ここの境内と思っていい。今日は休め。後で使いを回す。詳しい事は明日話そう」
そう言うと須佐之男は奥の本殿へと消えていった。
イナホ達は、少し傾きかけた手水舎に注ぐ湧き水で喉を潤すと、近くのご神木の前で倒れるようにへたり込んだ。敵地には先ほど邂逅した、恐るべき力を持つ白き鉄の兵が多数いると、須佐之男から聞かされ、絶望にも似た衝撃を受けていた。
ツグミは皆の傍らで通信機をカチャカチャといじりながら、
「どうやら先ほどの戦闘の衝撃で、秋津国との通信手段が絶たれてしまったようです」
イナホがその様子を見て、
「母さん達、心配してるだろうな・・・・」
そんな不安を口々にしていると、この社の神主が現れる。
「こんなに若い子供達とは・・・・。皆様のお話は、須佐之男命様より授かりました。今晩はこちらでお休みになられてください」
神主はイナホ達を案内し、いくつかの小屋が繋がったような建物へと通すのだった。元は巫女たちが控えるために作られた部屋なのだろうか、質素な作りの室内には、今は着る者の居なくなった巫女装束が壁に吊るされている。それを見る神主の目はどこか悲しそうであった。
「今は何ももてなせるものはございませんが、こちらで体をお休めになられてください。翌朝、伺いに参ります」
イナホ達が感謝を伝えると、神主は軽く会釈をし、部屋から去って行った。
連日の緊張と、先ほどの激闘の疲れからか、皆はすぐに眠りに落ちた。そんな中、傑は一本の蝋燭の明かりの前で、何やらメモ帳にペンを走らせている。ツグミはその隣に座り、
「父さんも、少し休んだ方が良いかと思われます」
「ああ、あの時の戦闘を観察していて、僕なりに気づいた事を纏めていたんだ。ツグミ、戦闘時のデータをこの端末に送ってもらえないか?」
荷物からラップトップを取り出すと、ツグミがデータを転送した。解析作業を続ける傑に、ツグミが静かに語りかけ、
「父さん?あの手紙の機能復元用コードを読み込んだ時、強制再起動で気を失っている間、ある夢を見ました。開発施設で、父さんらしき人が泣きながら私に何かの処理を進める姿・・・」
「ああ、それは紛れもなく僕だな。ツグミ自身の記憶、だろうな。あの時は、我が子を手に掛けるような思いだったよ・・・」
「それと何処か美しい自然に囲まれたお店の中で、父さんと食事をしている夢も見ました。イナホと出会った最初の日、彼女の家で振舞われた、いなり寿司というものを口にしたのですが、どこか懐かしさを感じたのです。その夢で食べていたものと、非常に似ていました。これも私の記憶なら、父さんは私を旅行にまで連れて行ってくださったのですね」
「ははっ、それは何かのデータと混同したのだろう。当時、世間から注目の的だったツグミを、開発施設から連れ出したことはないよ。まさかワサビが入ってたとか言わないよな?」
「いえ、あの刺激的な風味はなかなか印象的でした」
傑は作業をする手をぱたりと止め、ツグミを見た。
「いや、それはおかしい・・・。本来、食事の必要性の無いツグミには、吸収機関の確認のために、お菓子を与えたくらいで・・・」
「では、窓から見えたあの綺麗な滝や、嬉しそうな父さんの姿はバグが見せた幻だったのでしょうか」
「僕が思い当たるのは、僕と妻と娘と三人で、夏の旅行で訪れた場所だ。最期の家族旅行だった・・・。ある観光地にあった蕎麦屋でね。そこで注文したいなり寿司。隠し味にわさびが入っているのを、僕は気づかなかった。娘は辛いのが苦手で、それを確認しなかったのを、二人に怒られたのをよく覚えてる。
だがおかしいな・・・。娘の成長した容姿をシミュレートしたとは言え、ツグミの知能開発段階で、娘の思考と情報を用いた教育や
ツグミたちが通ってきた道・・・・。そうか、あれはあの世を貫いているんだったね。なら、こちらから秋津国に流されるとき、あの子の何かに触れたのかもしれない。そう、魂の様なものにね・・・」
暗い中でも青々と輝くツグミの人口虹彩の奥を、傑は見つめながら寂し気な声で、
「まさか、
ツグミは不思議そうに傑の顔を見つめながら、何故か自然と胸に左手を当て、もう一方は傑の手を握っていた。
「父さんは、泣き虫なんだね」
ツグミが傑の顔を見て、優しく柔らかな笑みを浮かべる。いつもと違う口調、いつもと違う表情。ツグミにはそれが、人との接し方の最適解として計算から導き出された結果なのか、それともどこからか与えられた感情、意志によるものなのかは解らなかった。
そんな事が愚問であるかのように、明かりを灯していた蝋燭の芯が尽き、夜の闇へと真相を隠すのだった。
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