第八章 歩み

#36 歩み (1/3)

 改めて辺りを見渡すイナホ達。

 かつては壮麗な造りだったのだろうと思われる壊れた建造物。秋津国で、漂流物として目にしていたものと同じ字が確認できる散乱物。伸びた植物に半分覆われる形で、それらの住人や所有者だったかもしれない、白骨化した亡骸があちらこちらに横たわっている。

 ツグミ以外は少し怯えた様子を隠しきれなかった。そんな中、つかさが遠くを指差し、

 「ねえ、あっちの街、半分海に沈んでるよ」

 オレンジ色に光る水面から突き出たビル群が、遠くに小さく見える。ツグミはそれを見ながら、

 「あれが、日本の政治的中枢を担っていた東京です。人が居なくなった今、治水機能が止まり、地球温暖化による海水面上昇に耐え切れなくなった姿だと思われます」

 イナホは厳しい表情を浮かべ、

 「東京って、日本で一番栄えた都市だよね?じゃあ、あの街にいた人たちは・・・・」

 「希望的観測をすれば、どこかに逃げ延びている・・・、と言いたい所ですが。おそらく・・・・」

 「一体、どれだけの人が・・・・」

 イナホの見つめる先には、我が子を庇うかのような姿のまま朽ちた遺体があった。


 通信機を取り出したツグミは、

 「こちら日本調査班、ツグミ。特務隊本部聞こえますか?」

 音割れした御産器老翁むみきおじの声が返ってくる。

 「ほっほ。どうにか聞こえとるぞ、娘っ子」

 通話の向こうでは歓声が上がっているようだった。

 「全員、日本へ到着しました。現在地は、関東地方埼玉南部。これより探索活動に入ります」

 「了解したぞい。では、気を付けての」

 通信を終えたツグミにゆうが、

 「いざ目の当たりにすると、あまりに凄惨な景色で声を失ってしまうな・・・・。ツグミ、指揮を頼む」

 「了解です。しかし、私が知識として知る日本とは、様変わりしてしまいました」

 少し考えている様子のツグミに斐瀬里ひせりは、

 「とりあえず情報が欲しいよね。八幡さん、人が居る可能性が高そうなのは?」

 「そうですね。ここもそれなりに栄えていた地域だったはずです。ですが、この荒れ様を見るに、都市部が優先して狙われたのかもしれません。手近な辺境地に生存者がいる可能性を考慮し、北上する事を提案します」

 百花ももかは辺りを見渡し、

 「北はあっち?ツグツグ、遠くのあの山が見える方?」

 「はい。十分警戒して進みましょう」

 そうしてイナホ達は誰に出会う事も無く、二時間ほど歩いたところで日は沈んだ。すると、ツグミは立ち止まり、空を見上げ、

 「やはり変です」

 香南芽かなめは、

 「どうした?ツグツグ。敵か!?」

 「いえ、何かが変です・・・。今の季節からすると、日暮れが早過ぎます」

 「え?私らは日本初めてだから分からないけど、そうなの?」

 「はい。天体の位置などから、地球の地軸などに変化は無いようですが。何か、得体の知れない異変が起こっているのかもしれません」

 「想定より夜が早い、か。ツグツグにも分らないんじゃ、わたしらには見当もつかないよ。夢繕勾玉むつくろいのまがたまの力で、灯りが無くても近くは見えるけど、このまま進む?」

 「状況が分からない以上、今日はどこかで夜を明かしましょう。あそこのビルの上層階ならば、周囲が見渡せます」

 「生存者が居れば、どこかに光が見えるかもね」

 「はい、交代で警戒と偵察をしながら、行動計画を練り直しましょう」


 廃墟と化したビルの上の階にキャンプを構えた一同。持ってきた携帯食料をかじりながら、静まり返る室内でイナホが、

 「ねえ、そう言えば、霞み池に飛び込んだ後、途中で何か聞こえなかった?私、誰かに呼ばれたような・・・」

 香南芽もその隣で口の中のパサつきを飲み下すと、

 「ん、イナホも?私が聴いた声は実の両親の声に似てた気がするんだよねぇ」

 ツグミも、

 「私は、自分に似た姿の幻を見た気がします」

 そんな話をするイナホ達三人以外は、顔を見合わせ首を横に振っている。ツグミが何か思い出したように、

 「私達が通ってきたあの光の道は、冥界を貫いていると言っていましたね。冥界では決して振り返ってはいけない、という逸話が地球各地で残っているのです。それらは、どんなに愛しい者が呼ぶ声がしても守らなければなりません」

 香南芽はその話に興味を示し、

 「へー、それって振り返るとどうなるの?」

 「多くの場合、生者はあの世へ連れて行かれるらしいです」

 「こえーよ!てか、ツグツグ、知ってたなら先言っといてよ!」

 イナホは聞こえないくらいの声で、

 「わ、私、振り向いちゃったよ・・・・」

と、カタカタ震える肩にツグミは気づく事なく、

 「日本神話では、ある神が生還していましたから、大丈夫かと思い・・・」

 日本での一日目の夜も更け、その後も一晩中交代で外を観察し続けたが、この日は何も見当たらなかったのだった。


 朝日が昇ると、再び北を目指す一行。建造物も次第に疎らになり、遠くに見える山々も少し近づいてきた頃、木々が密集する一角に蠢く一体の影が見えた。調査班は得物に手を掛けながら、気配を殺し恐る恐るその影を追った。


 イナホが先陣を切り木々の間から覗くと、茶色の大きな塊が朽ちかけた社へと入ろうとしているのが見えた。

 「あれ何だろう?大きなトカゲみたいだけど」

 悠は、

 「敵は機械のはずだ」

 後ろから見に来た百花は枯れ枝を踏み、音を立ててしまう。すると、茶色の巨体はピタリと動きを止めた。


 「まずい、気づかれた!みんな構えろ!」

 悠の声に皆は神器を構え、茂みから飛び出した。茶色の巨体は、のそっとこちらに振り向くと、

 「子供?我が見えるのか?」

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