#35 器 (5/5)

 日本調査出立日、白と深紅が印象的な装束に身を包んだイナホ達。大社の境内にある霞み池から少し離れた場所で、待機中の彼女達を見送りに、近衛隊員達が囲むように各々の言葉で無事を祈る中、イナホの耳に久しぶりに聞く声が聞こえてきた。

 「おーい!イナホー!」

 イナホがそちらに目をやると、去年同じクラスだった友人のくぬぎが巫女装束姿で駆け寄ってきた。

 「栩ちゃん!久しぶりだね。巫女候補生も今日は来てるの?」

 「うん、と言っても一部の人だけどね。なんか私?才能あったみたいでさー。増援に呼ばれちゃったのよ」

 栩は自慢げにまっさらな衣装をヒラヒラさせている。

 「候補生のうちから大御神様に仕えるなんてすごいね!」

 「何言ってんの?あんた等の方がすごいでしょ!事件解決するわ、特務隊配属されるわで、飛び級なんてもんじゃないじゃない」

 すると栩は真剣な表情になり、少し黙り込んでイナホの目を見据え、

 「いい?絶対帰ってくるんだよ?」

 「うん、必ず帰ってくるよ。他の皆とも約束しちゃったしね」

 「じゃ、私は神楽の舞台に戻るから。この荒星 栩、精一杯舞わせていただきます!ビシッ!なんてね」

 大きく手を振りながら栩は担当個所に戻っていった。



 「ももー!」

 車いすの女性が両親と思われる二人と共に、百花ももかの事を呼び近寄ってくる。百花は驚いた表情で、

 「伊和子いわこ姉ちゃん!病院から抜け出して大丈夫なの!?」

 「無理言って見送りにきたんだ」

 「傷塞がったばっかりなんだから、無理しちゃダメだよ!昨日だってお見舞いで会ったんだし・・・」

 「大事な妹の晴れ舞台だからな、無理くらいするさ。私はももが成人したら、一緒に酒を飲むのが夢なんだ。だから必ず帰って来いよ。他の皆もな!幸い、家は酒蔵なんだ。お酒はたんまりあるからな、タダ酒飲ませてやるぞ!」

 「お姉ちゃん、それ父ちゃんが言うなら分かるけどさぁ。って、その親がなんか怖い顔してますけど・・・」

 その父親は車いすに乗る伊和子を笑顔で睨み、

 「伊和子、うちで作った酒、ちょくちょく持ち出してたの、あれはやっぱりお前か?」

 「え、いいだろ?ちょっとくらい。うちの酒、大御神様も気に入ってくれてるんだぞ?」

 「通りでしょっちゅう売り上げが合わないはずだ。後でちゃんと話そうか」

 父親に車いすを押され、くるりと向きを変えられた伊和子は百花の方に振り返り、何か懇願するような目で、

 「・・・ももー、早く帰ってくるんだぞー?」

 「え、アタシまで説教に巻き込まれるの!?」

 両親は、調査隊の面々と関係者達に頭を下げ、その場を離れていった。



 斐瀬里ひせりが母親から何かを手渡されている。

 「斐瀬里これで良かった?あなたの部屋は漫画本で溢れてるから、見つけるの苦労したのよ?」

 「ごめんね、お母さん。昨日は色々話してたからつい忘れちゃって」

 イナホが斐瀬里の持つ本を見て、

 「あ、斐瀬里ちゃん、その漫画」

 「うん、お守り代わりに持っていこうかなって。この漫画だと全員、秋津国に帰ってくるから」

 「なんか、ほんとにその漫画みたいな事になっちゃったね」

 「そうだね、予言みたい」

 斐瀬里は両親と弟の方に向き直り、両手で抱き着くと、

 「必ず戻るから」

 「私たちの子ですもの、信じて待つわ」

 そう母親が言うと、斐瀬里は離れるが、歳の離れた弟が腰の辺りにギュッと抱き着いてくる。斐瀬里は弟を抱き上げると、

 「ほら、昨日約束したでしょ?」

 今にも零れそうな涙を、その幼い瞳に貯めて頷く弟。彼を地面に降ろし、頭を撫でると、斐瀬里は笑顔を見せた。だが、彼女の目にも薄っすら涙が浮かんでいたのだった。



 「ここにいる皆が私が背中を預ける仲間達だよ」

 香南芽かなめがそう紹介する女性に、皆は軽く会釈する。香南芽は、

 「ああ、この人は私の叔母さん。育ての親なんだ」

 その女性は深々と頭を下げて、「香南芽の事をよろしく。」と皆へ伝える。皆もそれに無事に帰すと約束すると、はにかむ香南芽は、

 「それじゃあ、行ってきます。・・・お母さん」

と、真っすぐ彼女の目を見て言うのだった。そう言われた女性の顔には、複数の感情が溢れている様に見えた。



 ゆうの元には妹が訪れていた。

 「兄さん気を付けてね」

 「ああ。父さん・・・、いや、あの人はもう居ないものだと思って母さんを頼む」

 そう言うと悠は、隣で両親と弟たちに会っている慶介けいすけに改まった様子で、

 「慶介の家は確か、うちと同じ方角だったな?帰るとき途中まで妹を送ってもらえないか、君のご家族に頼めないだろうか?」

 そんな兄の気遣いを、悠の妹は少し迷惑そうに、

 「もう、兄さん過保護だよ」

 「いや、日が暮れたら心配だ」

 慶介は快諾した様子で両親に、

 「うん。あ、家も結構近いし、暫くの間はご飯も一緒に食べてもらったら?まだ悠の家は、事件の事で大変だろう?まぁ、妹さんが迷惑じゃなかったらだけど」

 快く頷く慶介とその両親。悠は彼らに対し頭を下げると、

 「感謝します。妹をよろしく頼みます」

 すると妹は根負けしたのか、

 「に、兄さんが心配するのも嫌だし、じゃあ、お世話になろうかな」

 悠の妹が、家にやって来る事を喜ぶ慶介の弟達。慶介に似た体格の弟達を見て、その食卓を想像した悠は小声で妹に、

 「お、おい、食べ過ぎないようにな」

 「え?」

 悠の妹は慶介の家族に深々とお礼をすると、そんな彼女に今度は慶介が、

 「その代わりと言っては何だけど、僕が居ない間、弟達の遊び相手になってもらえるかい?」

 「はい、お安い御用ですよ。皆さんの無事を祈って待ってますね」

 悠の妹と慶介の家族は笑顔で皆を送り出す。



 イナホとツグミの元にハジメとヤンネ、そして坤が訪れる。ハジメは、

 「わしらは多くは語らん。イナホ、お前の目を見れば分かる。だから信じるぞ?」

 ヤンネはツグミの手を取り、

 「ツグミちゃんもね。私たちの、もう一人の孫なんだから」

 力強く頷くイナホの隣で、祖母の言葉に対し、大分柔らかくなった笑顔を浮かべるツグミは、

 「お二人も留守の間、お体に気を付けて。帰ったらまた手料理をお願いします。秋津国の皆さんが、安心して暮らせるよう、必ず成果を出してみせますので」

 「うれしい事言ってくれるわねぇ、でも、そう気負わなくていいのよ。しかし、こんな時まであのバカ娘は来ないのかねぇ」

 どこから咳払いが聞こえ、メイアが姿を現す。

 「悪かったな。これでも真面目に仕事してるもんで。・・・イナホ、これはお前が持っていろ」

 三月の写真の入ったペンダントを首から外し、イナホへと手渡す。

 「母さんの大事なものじゃ・・・?」

 「大事なのはお前達だ。こんな物しか託せないが、お守りくらいにはなるだろう。ツグミには無事を祈ってやることぐらいしかできないが、お前の第二の故郷を、留守の間守り抜くよ」

 イナホはペンダントをギュッと握り締めると胸に寄せる。メイアと祖父母に向かい、二人は「いってきます。」と力強く言うと、見送る三人は心配を笑顔で覆い、送る言葉を捧げた。

 そして先ほどから黙っていた坤が、少し寂し気な顔をしつつ、二人に声をかける。

 「イナホ、絶対帰って来いよ。帰って来たら・・・いや、何でもない。とにかくツグミも、他のみんなも無事帰ってこい」

 それだけ言うと坤はその場を去ってしまった。その様子を傍で見ていた百花と香南芽が、イナホを片肘でつつくと、

 「お?お?イナホ氏」

 「隅に置けないねぇ」

 特に何のことだかといった様子のイナホは、

 「え?え?何?」

と、返すばかり。ツグミが、

 「イナホ、つまり、先ほどの坤の様子から察するに・・・・」

 その言葉を遮るように、百花は、

 「おっと!いけないねぇ、お嬢さん」

 香南芽も続き、

 「この甘酸っぱさを楽しもうではないか、ツグミ氏よ」

 そのとき、聞きなれない女の子の声が聞こえ、イナホ達はそちらを見た。


 「司くん!一人にしないって約束してね!絶対だよ?」

 「う、うん、分かってるよ。ほら、みんな居るし・・・」

 百花が「あの子は誰?」と呟くと、後ろから慶介が、

 「ああ、皆、あの子見るの初めてだったね。あの子は司君の許嫁だよ」

 先ほどの女子三人は、

 「「「許嫁っ!?」」」

 「だって、司君は名家の生まれだからね」

 司達を眺める百花と香南芽は、目を丸くして、

 「ま」

 「じ?」

 イナホは普通に納得した様子で、

 「へー、じゃあ、あの子がお嫁さんになるんだ」

 そんな彼女達の前で、許嫁の女の子はおろおろする司を抱き寄せ、唇を寄せた。すると香南芽は、

 「そうだ・・・。うちらに足りないのはこーゆーのだよ・・・。華の十代だぜ?絶対生きて帰ろうな・・・、ももっち」

 百花は些か棒読み口調で遠い目をし、

 「そーだね。イナホに先を越されるのは確実だけど」

 そう言われてもポカンとしているイナホを見て、二人は、

 「「あ、これは心配」」


 そこに大隊長がやって来て、霞み池の反転の儀の準備が整ったと告げた。一同は見送る人々に別れを告げ、霞み池に向かうと、池の前にいる愛数宿あすやどり達、秋津の神々が振り向く。愛数宿は、

 「万事整いました。後はあなた方を送るだけです」

 一同が覚悟を示すと、愛数宿は霞み池に向き直り集中し始めた。

 大勢の巫女達が注連縄で囲った池の周りで、神楽を舞う様子がとても幻想的に映る。次第に霞み池の靄が青くなってゆく。愛数宿が目をゆっくりと開くと、調査班へと再び向き合った。

 「道は開かれました。人の子よ、私の愛しい子供たちよ。あなた達に、このようなことを託すのは大変心苦しい限りです。必ず帰ってくるのですよ?」

 御産器老翁むみきおじ武御磐分たけみいわけも、

 「ほっほ。神器と仲間を信じ、歩むのじゃぞ」

 「その武勇、聞かせに必ず戻ってまいれ」


 調査班の皆は、周囲の人々を見渡してから軽く深呼吸すると、いってきますと大きな声で答え、反転した霞み池へと一斉に飛び込んだ。


 イナホ達の姿が見えなくなると、メイアは目を閉じ、

 「三月、イナホを頼んだぞ・・・」

と、呟き目を開けると、霞み池が元の色に戻って行くのだった。皆は固唾を飲んで、報告を待っている様だった。



 光に溢れる何もない空間を、落下とも上昇ともつかぬ感覚で何処かに流され進んで行くイナホ達。その途中、イナホと香南芽は、自分を呼ぶ声を聴いた気がした。ツグミは自分そっくりな幻影を見ていた。

 それぞれが理解に及ばぬ中、気が付くと皆の目の前には灰色の景色が広がった。

 イナホ達の目に映るのは、人の気配のない、荒れ果てた街。そこら中に、壊れた車両や兵器の残骸が確認できる。


 「ここが、ニホン・・・・!?」


 呆然と呟いたイナホの声と風の音だけが、少年少女たちの耳に入るのだった。

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