第五章 夏が解かすもの
#21 夏が解かすもの (1/5)
そして無事に、イナホの補習の無い夏休みが始まった。数日後、メイアが実家に帰省する。相変わらず彼女の、両親との関係は微妙なままのようだ。
夏の約束と言っていた彼女は、早速、イナホとツグミにある提案をする。
「なあ二人とも、明日はキャンプで一泊なんてどうだ?」
それを聞き、表情が明るくなったイナホは、
「キャンプ?いいね。母さんにしては意外な提案かも。私、結局、買い物か遊園地くらいしか言ってなかったもんね」
「まあ、それも悪くはないが」
二人と言われ、その傍らでツグミは少し遠慮しがちにメイアへ、
「せっかくの親子の時間に、私がお邪魔してもよろしいのですか?」
「なに、うちに住んでれば家族みたいなもんなんだ。遠慮なんかするな」
ツグミの気を解そうとイナホも、
「そうだよ、ツグミちゃんもいた方が楽しいよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます、メイアさん」
メイアはヤンネ達との気まずさを避けるように、二人をキャンプの準備のための買い出しに誘い、家を出た。
日暮れ近く、街場から三人が戻ってくると、ヤンネがいつものように夕食の用意をしていた。
台所に立つ彼女にメイアは歩み寄り、「手伝おうか?」と声をかけるが、何とも言えない無言の間が流れる。拒むでもなく、受け入れるでもなく、そこでは二人の作業が進んでいた。そんな微妙な空気を感じ取ったのか、ハジメはイナホ達に他愛ない話を振っている。
そして料理が運ばれてくると、久しぶりに母のいる食卓を囲める事に、イナホだけは純粋に喜んでいた。
夜が更け、今日はイナホの部屋で寝るツグミが語り掛ける。
「明日はキャンプですが、イナホ・・・、例の事を聞く良い機会です」
「そうだね。それに盗聴記録も結構溜まったし、母さんの方でも、何か掴んでるはずなんだ。だから明日、この件もハッキリさせようと思う」
ツグミはその決心に微笑むと、夜は深まり、二人は眠りに就いた。
翌日。朝も早くに家を出ると、車で二時間ほどの山の中腹までやって来た三人。
どこか朧気に脳裏に残る目の前の湖畔を、懐かしむ様に眺めていたイナホ。自分を呼ぶ母の声に振り返ると、ツグミと共にテントの設営を進めている姿があった。
「やっと来たか。午前中からなに黄昏てんだ、格好つけんな。いいから手伝え」
「もう!別にそんなんじゃないし・・・・。ていうか母さん、特務隊の装備持って来てるけど、大丈夫なの?」
「一応、山一つ挟んでるとはいえ、クバンダの目撃報告がある森が近いからな。それに、特務隊では日常的に装備を携帯出来る特権がある」
イナホはテントのペグを打つのに丁度良い石を探しながら会話を続ける。
「そうなんだ。そうそう、今年から学校にも、訓練用のレゾナンスブレードが配備されてね。何度か訓練で使ったけど、母さん達はあんな操作が難しい物を、本物のクバンダを前にして使ってるんだなぁって思っちゃったよ。ツグミちゃんは初日から使いこなしてたけど」
「あんなもんは慣れだ。戦闘は別だがな」
「母さんは隊の中でも、実力ナンバーワンって聞いたよ?みんな白い死神なんて呼んでるけど、あの日、初めて母さんが戦ってる姿を見たときは、空から舞い降りた救世主って感じで、格好良かったな」
「何言ってんだ。実力ねぇ・・・。大隊長もなかなかだとは思うけどな」
「あ、その大隊長さんの息子が、私たちの実習班の仲間なんだ。ちょっと性格悪いけど、それに見合った実力は持ってるって感じ」
「ほう、お前達と同じ班なのか・・・」
カンカンと石でテントの四隅のペグを打ち終えると、イナホは先ほど抱いた感覚を母に問う。
「ねえ母さん。私って、ここ来たことある?」
「どうだったかな、一度くらいあるんじゃないか?」
どうもはっきりしない態度で返事をする母に、少しむっとする。そこに、いつの間にか作業を終え、姿が見えなくなっていたツグミが、両腕に抱えた薪をドサッと地面に置いた。
「薪はもう少し必要でしょうか?」
ツグミの行動の速さに感心しながらメイアは、
「一晩ならもう少しいるな。イナホも薪拾いに行ってこい。私は食材の準備をする」
イナホは返事をすると、ツグミと共に薪拾いへ向かった。
湖畔沿いの林を歩きながら、やはりどこか既視感を覚えるイナホは、
「この場所、前に夢で見た気がする。私、誰かに抱きかかえられてて・・・」
ツグミはいつかのイナホの寝言を思い出す。
「お父様との記憶ではないですか?」
「そうなのかな?さっき母さんに聞いても、何か隠してる様子だったし。ここで素直に教えてくれるかな・・・」
「この機を逃しては中々難しいと思われます。それに、メイアさんも何か思うところあって、こうしてキャンプに誘ったのではないでしょうか?」
「そうだといいな。うん、ちゃんと向かい合って聞いてみるよ」
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