#20 絆と縁 (5/5)
週末になり、
「あれ?二人とも学校休まず来てるよね?ノートもそれなりに取ってるし。んー・・・・」
笑顔を引きつらせる斐瀬里を見て、百花は冷や汗を流す。
「いや、これでもさ、真面目にやってるつもりなんだよ?ひせりん顔怖いよ?」
イナホの額にも妙な汗が溢れる。
「頑張ろう、百花ちゃん・・・。私たちに選択肢は無いよ・・・」
それから五時間、みっちり知識を叩き込まれた二人。斐瀬里も疲労のこもった吐息をついた。
「ちょっと休憩にしようか。お菓子取って来るね」
彼女が部屋を出て行くと、百花は天井を仰ぎ見て、
「マジ、戦闘実習の方が楽に思えてきた。ひせりんの授業ヤバい・・・・」
イナホも力尽きたように、額を机に付けて項垂れた。
「戦場ってここにあったんだ・・・」
少ししてお菓子を手に戻ってきた斐瀬里。彼女に二人は感謝を伝えると、お菓子をつまみながらイナホは、
「そういえば百花ちゃんって、なんで近衛コースにしたの?」
「ん?アタシのお姉ちゃんが近衛特務隊員なんだ」
「え!?そうなの!?」
「うん、言ってなかったっけ?詳しいことは守秘義務とかで、何してるか、あんまり聞いた事無いんだけど、憧れってやつ?」
「じゃあ、私の母さんと一緒に仕事してたりするのかもね」
「そーかもね。イナホのママさん、めっちゃ強いんでしょ?学校を襲った死笛蜘蛛、一人で倒したって聞いたけど」
「うん・・・・。でも、心配なんだ。母さんは強くないから・・・」
「ん?」
「ううん、なんでもない。そういえば、斐瀬里ちゃんは苦手克服って言ってたけど?」
斐瀬里は拭いていた眼鏡を掛けなおすと、
「うん、私、運動が苦手だから、それを克服したくて。あと、私も憧れがあってね・・・・」
そう言うと、あまり整頓されていない本棚を漁り始める斐瀬里。その中から一冊の漫画本を手にする。
「馬鹿々々しいって思われるかもしれないけど、これも近衛コースを選んだ理由の一つなの」
差し出されたそれをイナホは受け取ると、表紙に目を落とす。
「小さな英雄?これどんな漫画なの?」
百花も横から覗き込むと、
「なんだ、いつもの激しめなやつじゃないんだっ」
一瞬、頬を赤らめた斐瀬里は、
「ちょ・・・!えっと、それはね。漂流物の複製漫画じゃなくて、秋津国で描かれた漫画なんだ。知名度こそ低い古い作品なんだけど、秋津国の少年少女達がニホンに行く物語なの。あくまで御伽噺だから、今のところ知られているニホンとは違うんだけどね。ニホンには多くの化け物が居て、そんな世界で冒険を続けた主人公たちは成長して、危機に陥った秋津国を助けに戻ってくる話なの」
百花は興味深そうに、イナホがパラパラと捲るページを見つめる。
「今のクバンダ騒動、救いに英雄現れちゃう的な?ま、それはないか。でもちょっと面白そう。ねね、ニホンにはどうやって行ったよ?」
斐瀬里も楽しそうに答える。
「真夜中の0時丁度に、霞み池に入ると行けるっていう設定なんだ」
イナホは漫画を捲り続けながら、物語の主人公たちが霞み池に飛び込む場面で止めると、
「それ昔から噂で言われてるやつだよね。私の爺ちゃん、霞み池で漂流物の回収業やってるから、小さい頃、試した事あるよ。眠いの我慢してやったっけ、へへ」
斐瀬里は一口ジュースを飲むとコップを置き、
「実はその噂、この漫画が出元って言われてるの」
百花は斐瀬里を見た。
「へー。で、ひせりんはこの英雄に憧れて近衛隊に入るつもりなの?」
「ううん、どっちかというと、彼らが冒険する姿を見て、各地を旅する学者になりたいって思うようになってね。そのためには、未開の大自然の中でも、生き抜く力が必要だなと思って」
「それで近衛隊かあ。やっぱ変わり者だね、ひせりんは」
イナホは本を閉じる。
「でも、それもかっこいいと思うなぁ。いつか私もニホンに行ってみたいかも」
つかの間の休憩が終わると、斐瀬里は自作したと思われる小テストを取り出した。表情の曇る二人。斐瀬里の圧力に屈して、彼女達は渋々取り掛かった。
暫くして、斐瀬里が終了を告げると、早速採点をした。彼女は少し嬉しそうに頷くと、
「私が勝手に範囲を予想して作ったものだけど、二人とも赤点は脱したね。でもまだ半分の教科だから、明日も頑張って」
まだ半分もあるという現実に、肩を落とす二人は、斐瀬里に感謝を告げると、夕日の中、帰路に就いた。
イナホは帰宅するとリビングへ向かうが、ツグミが居ないことに気づく。
「あれ?婆ちゃん、ツグミちゃんは?」
「メッセージ届いてないかい?」
「そうだ、勉強に集中するのに電源切ってたんだ」
確認すると一通のメッセージが届いていた。
『漂流物展示館に再び赴いていたところ、
「ツグミちゃん大丈夫かな・・・」
イナホは、勉強に集中していて返信が遅れた旨を書き込み、今日の夕食の写真を添えてメッセージを送信する。すると、すぐに返事が返ってきた。
『今日も美味しそうです。帰宅にはもう少しかかりそうなので、先に頂いていてください。それと御産器老翁神様の協力により、本来備わっていたと思われる機能がいくつか復旧しました。今後、何かでお役に立てるかもしれません』
ひとまず、ツグミが分解されなかった事に、イナホは安心し、先に夕食を摂ることにした。
夜になり、イナホがくつろいでいると、ツグミが帰宅した。
「ただいま戻りました」
「おかえりー。ツグミちゃんのご飯ちゃんと残してあるよ。今温めるね」
「ありがとうございます」
「機能が復旧したって言ってたけど、記憶も戻ったの?」
「いえ、記憶と一部の機能については、御産器老翁神様の力でも、難しい部分があるとの事です」
「そっか、でも一歩前進だね」
温め直した夕食を、イナホがテーブルに並べ終えると、ツグミは箸をつけながら話を続ける。
「今日解除されたものは、医療に関する機能らしいです。人間の健康状態を測定する機能を持たされていたようです。後でヤンネおばさんとハジメおじさんを診てみることにしましょう」
「それはありがたいよ。二人共、なかなか健康診断行かないから」
「それと御産器老翁神様より、私の頭脳を借りたいと、協力の打診がありました。これから度々工房へ赴く機会が増えるかと思いますが、問題ありませんか?」
「ほんとうに!?問題ないけど、神様に頼られるなんてすごいね!」
そうして夜は更け、イナホは勉強の疲れからか、床に就くとすぐに朝を迎えた。
今日もイナホと百花は、斐瀬里に猛烈に仕込まれていた。ツグミも御産器老翁の工房へと出向く。
そして充実した一日は過ぎ、期末テストを迎える。
三日間のテスト期間が過ぎ、彼女たちの戦いが終わった。
数日後、採点が終わったテストが返された。
「わあ!今までで最高点だ!」
イナホが教室で喜びを爆発させている。百花もそこに答案用紙を手にやってきて、
「イナホも!?アタシもだよ!!」
「うわ、百花ちゃんには負けたかぁ。でもでも、斐瀬里ちゃん!ほんとにありがとう!見てよっ」
百花と共に斐瀬里に、答案用紙を見せると、彼女は笑顔を作るのに苦労した。
「あ、私が思ってた結果とは違うけど・・・・、頑張ったね・・・。補習もね・・・、回避できて。(ギリギリ・・・)」
斐瀬里の歪になった口角が、二人のレベルの低い争いを物語っていた。
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