#19 絆と縁 (4/5)
射撃訓練場に入ったイナホ達。そこはまだ、硝煙の濃い匂いが漂っていた。少し前まで、上級生達が訓練をしていたようだ。壁際の棚には、様々な種類の火器が並べられている。
初めて味わう物々しい雰囲気に、生徒達は落ち着かない様子だった。そんな中、佐江崎教官は一丁の銃を手に取ると、
「火器取り扱い訓練は、剣術訓練で使う模造刀と違い、扱いを間違えれば死人も出る。指導内容を一言一句聞き逃さず、集中して取り組むように!」
近衛隊標準装備である、ハンドガンの説明をする教官の話を真剣に聞く一同。そしてそれが済むと、射撃位置に設置された台の上に、ズラリとハンドガンが並べられた。
「では両班、二人づつ前へ」
教官の呼びかけが掛かると、百花は悪戯そうに悠に仕掛けた。
「たいちょー、手本見せてくださいよー」
「お前も、皆のあとで自信を無くす前に、先にやっておいた方がいいんじゃないか?」
「きぃ、言ってくれちゃって!じゃ、アタシいっちばーん!」
「せいぜい仲間を撃ってくれるなよ」
そう言われ、百花は地団駄を踏みながら、悠と共に位置についた。
教官が位置に着いた生徒達を見ながら、注意と説明をする。
「いいか、合図があるまで銃には絶対触れるなよ。今日は20メートル先の標的に、一人五発、射撃を行ってもらう。耳栓をしたら、まずは一発だけ装填しろ。一発撃って感覚を覚えたら、残り四発を装填し、対象を鎮圧するイメージをしっかり持って続けるんだ」
全員が耳栓をするのを確認すると、射撃合図用の信号のスイッチを手にする教官。黄色の信号が点灯すると、各自、装填を開始した。
皆、説明通りに薬室に弾薬を送り込むと、標的に向かい構えをとった。
青の信号が点灯すると、一斉にけたたましい銃声が体に伝わった。赤の信号に変わり、射撃手たちは弾倉を抜いた銃を置くと、双眼鏡で標的を確認する。後ろで控える生徒達も同様に観察している。
悠が撃った、人型の標的。そこに描かれた胸部の中心に、穴が開いているのが見える。一方、百花の標的は新品のままだった。すると、隣の四斑の生徒から声が上がる。
「あのー、着弾跡が二つあるんですが・・・」
教官が百花の元へ歩み寄る。
「お前、引き金を引くときに目を瞑ったな?あれが民間人だったらどうする?」
「はい、ごめんなさい・・・・」
「すぐに気持ちを切り替えて、次に備えろ。いけるな?」
「はい・・・・」
一組目が終了し、百花も何とか二発ほど標的の中には納まった。悠は先ほどの敗北を取り返すように、精度の高い集弾率で皆をどよめかせた。
控えの生徒と入れ替わり、同様の訓練が続く。慶介はここで、意外な才能を発揮していた。他の皆はというと、一様に初心者らしい結果に終わった様だった。
最後の組、イナホとツグミが位置につく。準備が終わり、構える彼女達に射撃の合図が出る。
イナホは、重く感じる引き金を、緊張気味にじわりと絞ると、薄い硝子が割れるような感覚と同時に、肩に衝撃が伝わった。
初めての射撃結果を確認すると、狙った場所からは右に十数センチはズレていた。隣のツグミの標的を覗くと、頭部への着弾が確認できた。
残りの射撃が終わり、イナホは三発枠内に命中させ、初めてにしては良くできたと自負していた。一方、ツグミの結果を見ると、初めに確認できた穴以外、開いてはいなかった。
イナホはツグミに小声で、
「結構大げさに手加減したね」
「そうでしょうか?」
しかし、教官は人知れず冷や汗を流していた。ツグミの撃った標的は、一発目の着弾跡が僅かに広がっていたのだ。それに気づいたのは、教官ただ一人だっただろう。
戦闘実習初日が終わり、イナホ達は帰宅する。慣れない事で疲れたイナホは、リビングのソファーでぐったりしていた。隣に座るツグミに、
「しかし、ツグミちゃんは疲れ知らずだよねぇ。やっぱ私も機械の体が欲しいよ」
「今日は早く休みましょう。ところでご存じでしたか?夏休み後半に一週間ほど、近衛候補生コースでは、合宿があるそうです」
「そんなこと言ってたね。あー、体力もつかなぁ」
「まだ期間はあります。その頃には、イナホの身体能力も強化されているのではないでしょうか」
「だといいなぁ、私はもっと強くならなきゃいけないんだ・・・」
「イナホならなれますよ、きっと」
ツグミは肩に重みを感じ、隣を見た。もたれ掛かったイナホが、スヤスヤと寝息を立て始めていた。起こさないよう、ゆっくりと頭を降ろし、ツグミが膝枕をすると寝言をもらした。
「母さん?・・・誰?」
どんな夢を見ているのだろうと気になりながら、ツグミはイナホの頭を自然と撫でると、暫くこのまま寝かせておくことにした。
それから、近衛候補生としての生活も数ヶ月が過ぎ、戦闘動作も少し様になってきた面々。イナホ達の実習班はというと、相変わらず悠の態度は鼻につくままだが、少しづつ仲は深まり、演習でのチームワークも良くなっていた。
だが、夏休みを前に期末テストが迫る。教室では、イナホと百花が焦っていた。
「ねえ、イナホ。この前の抜き打ちテスト、赤点なの、アタシらだけだって・・・」
「え?そんなわけ・・・。うわぁぁん!現実だよー!斐瀬里ちゃん、勉強教えてよぅ」
急に振られた斐瀬里は、本から目を離し二人を見た。
「え?わ、私が?」
イナホに続き、懇願する百花は、
「アタシにも頼むよ。ひせりん、漫画ばっか読んでるのに、めちゃめちゃ成績良いじゃん!?」
「
「へ?だっていつも授業中、漫画本に教科書被せて読んでるじゃん。今日のはなかなか過激な内容だったね!今読んでるのもそう?」
赤面し、少し涙目な斐瀬里が慌てふためく。
「わあぁぁー、教えるから!教えるから!声抑えて!」
「あ、見られてると思ってなかったのね・・・。なんか弱み握ったみたいで悪いね。でもホント頼むよ」
少し落ち着きを取り戻した斐瀬里は、呆れ顔で約束する。
「ふぅ、まあ言ってしまった以上、教えるよ」
「やったー。てか、イナホはツグツグにいつでも教えてもらえるんじゃないの?」
何やら複雑そうな顔をするイナホは、
「それが・・・、ね」
と、ある日の事を思い返した。
イナホは勉強の事で、ツグミに尋ねた。
「ツグミちゃんは、いつもどうやってそんなに早く物事を覚えてるの?爺ちゃん達には内緒にしてほしいんだけど、中間テストが危ないから、教えてほしいなって」
「勉強法という意味で聞いているのなら、参考になるかわかりませんが、私の場合、データに変換して、記憶容量に貯め込んでいるだけなので」
「な・・・・」
苦笑いをしながら、適当な理由を二人に話す。
「ツグミちゃんは何て言うか、私達とは出来が違うっていうか・・・」
納得する様子を見せる百花は、
「確かにー。記憶力とかヤバいって思ってた。実習でもあまり目立たないけど、いつも教わった事すぐ出来ちゃうもんね。憧れるわー」
「というわけで、私が頼れるのは、今は斐瀬里ちゃんしかいないんだよっ」
困り顔の斐瀬里は、
「良く分からないけど、そっかぁ・・・。でも私、勉強というか、主にやってる事と言えば予習だけで。だからいつも授業は片手間で・・・」
百花は笑顔で合点する。
「なるほど!予習か!・・・・、それってもう手遅れじゃん!」
イナホもそれを聞き、髪をくしゃくしゃにする。
「夏休みは母さんとの約束があるから、補習はまずいよ。それに、そんなのしてるのバレたら、何言われるかわかんない!」
絶望する二人を見かねて、斐瀬里は手を差し伸べた。
「なら週末、家に来ない?試験は来週からだし、休日詰め込めば何とかなるよ」
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