第三章 母の足跡

#11 母の足跡 (1/5)

 思うように調査が進まず、イナホ達が悶々とした春休みを過ごしている頃、愛数宿大御神あすやどりのおおかみの護衛組織である、近衛特務隊このえとくむたい宿舎でメイアが上官の元を訪れていた。上官は何かの許可書にサインをすると、彼女に親し気に声を掛ける。

 「君が娘に話なんて、珍しいな。前の一件で、仲直りでもしたのか?」

 「いえ、そもそも仲が悪い訳ではないのですが、私の勝手な都合で、距離を取り続けた結果、少し微妙な関係に・・・・」

 上官は白髪混じりの口髭を撫でながら、椅子に深くもたれて悲哀じみた口調で話を続ける。

 「ふ、確かに、そういうものは早めに手入れをしておくのが良い。私なんかは、年頃の娘と初老の父というだけで、毛嫌いされてるよ」

 「それは気の毒ですね」

 「まったくだよ・・・。おっと済まない、時間を取らせたな。では規則通り、外部への通話には立会人が付くが、問題ないかね?」

と、サイン済みの許可書をメイアに手渡す。

 「はい、では失礼します」



 イナホとツグミは、公共トラムを乗り継ぎ、とある場所に向かっていた。駅を出ると、少し街外れの方へと歩き、小高い山へ続く道を進んで行った。

 すると、イナホの携帯端末が鳴る。

 「あ、母さん?どうしたの通話なんて、珍しいね」

 「いや、これと言って用は無いんだが、五分だけ許可を貰った。最近何か、変化あったか?」

 何か調査の事を感づかれたのかと、鼓動が少し早まるが、イナホは息を整えて続けた。

 「特に何もないよ?あ、今ね、家に友達が訳あって居候してるんだ」

 「そうか、仲良くやれよ」

 「それとね、私達、新学期から近衛候補生コースに進む事にしたから今ね・・・」

 それを聞くと、メイアは少し気落ちした調子になった。

 「なっ・・・、はぁ。なんでもない、それで?」

 「うん、武術の上達祈願しようと思って、武御磐分たけみいわけ様の分社に向かってるとこなんだ」

 「・・・・そうか。近衛コースで頑張るのはいいが、怪我には気を付けろよ?授業を受けてみて、何か違うと感じたら、別の道を探してもいいんだからな?」

 「あ、うん。ありがと」

 「そろそろ時間だ。ああ最後に、夏の約束は守れそうだから、やりたいことがあるなら練っておいてくれ。じゃあまたな」

 「母さんも体には気を付けてね。またね!」

 通話が切れると、「普段より嬉しそうな顔ですね。」とツグミに言われ、イナホは少し照れながら、長い参道を登って行った。



 「はぁ、はぁ・・・。もうこの地点で修行だよ!」

 急な勾配の参道に、汗を流しながら息を切らすイナホと、涼し気な顔のままのツグミ。

 ようやく登りきると、武と力を司る神である、武御磐分命たけみいわけのみことの分社に到着した。ツグミは境内や神殿を観察すると、ある事に気付く。

 「ここのお社は、随分新しい感じがしますね。神様というのは、数千年は生きていると聞きましたが、建て替えたばかりなのでしょうか」

 すると、どこからか野太い男の声が聞こえてきた。

 「いな、我は新しき神ゆえ


 二人が振り返ると、背丈が2メートル以上はありそうな、筋骨隆々の男が立っている。

 「も、もしかして武御磐分様!?」

 イナホがそう驚いていると、武御磐分は二人の間を抜け、神殿の戸を開く。すると、その脇に設置されたわれ書きの板を、無言で指差すと中へ入って行った。


 ツグミはそれに近づき、目を通すと疑問を投げかける。

 「十五年前に初めて大御神おおかみ様がクバンダに遭遇した際、その畏怖の感情から生まれたとありますが、それだとイナホの方が少し年上という事になります。しかし、あの方はどう見ても・・・・」

 イナホは少し困った表情を見せながらも返答する。

 「んー、確かにそうかもしれないけど。神様にはそういう概念みたいなの、無いんじゃないかな?いきなり大人の姿で生まれてきてるらしいし」


 そこに、どこにでもある掃除道具を手にした武御磐分が戻ってきた。豪快そうな体に似合わない、白い布巾で口鼻を覆った姿の彼は、二人の会話が聞こえていたようだった。

 「まっこと、面白き事に興を持つカラクリの娘よ」

 その言葉に、イナホは驚きを隠せない。

 「えぇ!なんでツグミちゃんが人間じゃないって分かるんですか!?」

 「未完の魂を持ついびつさ、我々、神なれば一見いっけんで知り得る」

 イナホは慌てて頭を下げた。

 「か、霞み池から黙って連れ出してごめんなさいっ。でもどうか、偉い人たちには秘密に・・・・」

 「未完なれど、まごう事なき命。既に物にあらず。安心せい」

 「じゃ、じゃあ・・・?」

と、上目遣いで恐る恐る表情を伺うと、固い表情のまま、彼が頷くのが見えた。

 「ありがとうございます。そうだ、私達、近衛候補生になるんで、武術の上達祈願に来たんです。私は豊受イナホっていいます。この子はツグミちゃんです」


 するといきなり武御磐分は、イナホに顔をぬっと近づけた。ビクっとするイナホをじっと見ると、元の位置に顔を戻し告げる。

 「ふむ、豊受姓にその面影・・・。覚えありと思えば、メイアの娘か」

 「は、はい、そうですけど・・・。母さんを知ってるんですか?」

 「ははは!やはり、あの一番弟子。娘が母の歩みを知らぬとは、難儀な胸の内のまま、我が子を育ておったか」

 「弟子?なんの事ですか?」

 「メイアの剣術、我が授けた」

 イナホはツグミと顔を見合わせると、すぐに母の過去について質問する。そして今、母の身を案じて調査していることも話した。


 

 「親思いの娘に育ておった。否、育ってしまったと言うべきか。良かろう、我の知るメイアという人の子の記憶、暫し語ろう。ついて参れ」

 そう言って武御磐分は、持っていた掃除道具を二人へ差し出す。イナホはそれを受け取ると、

 「えっと・・・?」

 「武の精神、まずは清い心よ。暫し手を貸せ」

 「はい・・・。やらせていただきます」

 中へと入って行く武御磐分の後ろで、苦い顔をするイナホに、ツグミは、

 「イナホ、過去の情報を得るための交換条件としては、安いものです。頑張りましょう」

 「ちょっと休もうよー」

 渋々なイナホをツグミが促しながら、彼の後を付いていくのだった。

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