#10 ツグミという少女 (5/5)
この前と同じ人物と思われる声が聞こえる。
「融合が上手くいったな。リンクの感度も前回より良かった。相変わらず醜い姿だ。だが、恐怖の象徴にふさわしい」
「はい、リンク時のノイズ除去率も20パーセント向上し、制御距離、精度、共に前回を上回っております」
「あとは強化戦士の増産さえ・・・・。だがこれで、大山の看板を変える時も近いな」
うすら笑いを浮かべるように話す男は、何やら満足げだった。
怪しい雲行きを感じ取るイナホとツグミ。
「これって、母さんの研究とはまた違うように思えるんだけど」
「私もそう思います。やはり、お母様に直接伺うべきかと。彼らは何か、表に出せない研究を進めている可能性が高いと思われます」
「うん、私も直感的にだけど、何かどす黒いものを感じるよ。大ごとになる前に、母さん素直に教えてくれればいいけど・・・」
不穏な雰囲気を引きずりつつも、学校生活に支障をきたさないよう、その日は床に就いた。
翌朝、イナホは玄関で靴を履きながら、三人の方を向く。
「じゃ、ツグミちゃんまた学校で。爺ちゃん婆ちゃん行ってきます!」
と、手を振り出発したあと間もなく、ツグミも制服を受け取りにハジメと家を出た。
それから二時限目が始まる頃、担任が制服姿のツグミを連れて教室に入ってきた。
「今日から新しく皆の仲間に加わる、八幡つぐみさんです。三学期ももうすぐ終わってしまうが、少しでも絆を深められるよう、みんな頼むなー」
担任の少し緩めな紹介の後、ツグミも軽く挨拶をした。ざわざわと教室内が色めき立つ中、ツグミが用意された席に着くと、少し離れた席から、イナホは手を振り笑顔を見せた。
ツグミにとって最初の授業が終わると、彼女の元にイナホと
「ツグミちゃん、制服に合ってるね。それで、どう?学校は」
「博物館での情報収集もいいですが、こうして大勢で知識を授かるというのは、なかなか不思議な感覚ですね」
興味深そうに栩は、
「ん?八幡さんって、都会的で優等生っぽく見えるけど、元居たとこは小さな学校だったの?」
少し返答に戸惑うツグミを見て、大根役者なイナホが慌ててフォローに入る。
「そ、そうなんだよ!ツグミちゃんの地元、すっごい田舎でさ。小さい町にこんな子いたら、モテちゃうよねー」
ツグミも気を遣ってか、イナホの会話に無理に合わせようと、
「モテ・・・?ああ、そうですね、とてもモテてました」
冷静かつ意外過ぎるその返しに、イナホが言葉を失っていると、口角が引きつった栩が、
「お、おぉ、馬鹿正直に・・・。ホントの、いい女はこうなのかー・・・。イナホも一緒に住んでるんならさぁ、モテる秘訣とか聞いときなよ」
「ぐっ、努力ではどうにもならない事だってあるんだよ・・・・、栩ちゃん」
「なに言ってんの?近衛コースは男女共学だってのに」
二人の会話を聞きながら、生徒手帳をパラパラと捲るツグミが呟く。
「校則には生徒間の恋愛禁止とは書いてありませんね。教養として伺いますが、意中の相手の気を引く“モテ”という行為には、どのようなものがあるのですか?」
「ええ!?ツグミちゃん!?」
更に戸惑うイナホ。至って素の表情で質問したツグミに、栩は危機感を隠せない。
「これはまさか・・・、天然系魔性!?恐るべし、転入生!!イナホ、うかうかしてたら、気になる男子は皆、八幡さんに食べられてしまうぞ・・・・」
「そ、それはないかなー?たぶん」
二人が見るツグミは、表情を変えることなく、
「食べる・・・?十代の男性は美味なのですか?」
場が凍り付くのを何とか阻止したイナホだった。
この後も、少し会話が成り立たない事もあったが、イナホの心配をよそに、他のクラスメイトにもツグミは、天然系として受け入れられていった。
「つぐみさんは近衛コースかぁ、せっかく仲良くなれたのに別のクラスになっちゃうね」
一学年の終業式の日、ツグミの近くの席の生徒は、寂しそうに話している。
「同じ校内です。時間さえ合えばいつでも会えます。そう気を落とさないでください」
相変わらず硬めの口調で、敬語が抜けないツグミだが、それでも皆とはそれなりの信頼関係を築けたらしい。
皆が一年の思い出話に花を咲かせていると、教室のドアが開き、担任が入ってくる。そして一年生最後のホームルーム。担任からはクラスを受け持った感想や、休み中の注意事項などが語られた後、解散となり春休みが始まった。
春休み初日から、イナホとツグミは坤の家のガレージに集まり、これまでに調査で得た情報を三人で整理していた。
まずは坤がとある人物達の映った写真を数枚見せる。
「ドローンに望遠カメラをつけて、ターゲットに接触した人間の写真を撮っておいた。全員の名前とかまでは分からなかったけど、彼らも研究所に出入りしてたから、大山バイオテックの関係者だと思って間違いない」
「すごい!探偵みたいだね」
そう褒めながらイナホは写真を凝視するが、発信機を取り付ける際、少し見た顔があるだけで、知っている顔は一人もいない。しかし坤は、その中の一人を指差し、
「この男、うちの学校の校長と会ってるの見た気がするんだよなぁ。俺の通ってる高校の校長って、どっかの元企業役員出身だから顔が広そうなんだ。どんな関係なんだろう・・・」
するとツグミがある提案をする。
「これまでの盗聴記録の声紋データから、ある程度は背格好を推測する事は出来ます。通話相手の声も含め、照合してみましょう」
「困ったときのツグミ様だな」
ツグミは少し黙った後、解析結果を伝える。
「近いものがありました。大山バイオテック社から、大口の資金投資を受けた謝意を伝える内容の通話です。坤の見た、その男性と思われる通話相手は、小塚メタライト社と名乗っていますね。ご存じですか?」
イナホはハッと思い出す。
「ラジオのニュースで聞いた事ある。確か、近衛隊の装備の材料作ってる会社だったはず。でも私が知りたいのは、母さんが関わってた研究成果が、母さんの身体に害を及ぼさないかって事なんだよ・・・」
そんなイナホに対し、坤は真面目な顔をして、
「イナホ、気持ちはわかるけど、今、俺らの持ってる情報って、かなり危ないものかもしれないぞ」
ツグミも同感だったようで、
「そうですね。これだけ多方面に話が及ぶとなれば、一企業のただの秘密の研究というだけでは、終わらないでしょう。どこで、どんな組織と繋がっているかわかりません。私達のしていることが知られれば、その身に危険が及ぶ事も考えられます」
漠然としながらも、何かが裏で蠢いている事を感じ取った三人。イナホの母を思う調査は、春休み早々、思わぬ方向に動き出してしまった。
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