#9 ツグミという少女 (4/5)

 帰宅すると、リビングで祖父がイナホ達を引き留める。何かバレたかと、ドキッとするも杞憂だった。

 「丁度良かった。明後日から学校が再開するだろう?ツグミも学校に通えないか、掛け合ってみたんだ。明日、編入試験をやれば、結果次第ではいいそうだ。どうだい?」

 「学校ですか。イナホの話を聞いて、興味は抱いていました。ぜひお願いします」

 予期せぬ提案に、イナホも喜びながら、

 「ツグミちゃんなら問題なく試験通過できると思うけど、頑張ってね!」

 ハジメも頷き、何かが入った箱を紙袋から出した。

 「そうだな、気が早いかもしれんが、試験の後は制服の仕立てに行ってしまおう。それとこれは、イナホに」

 手渡された箱を開けるイナホ。

 「新しいケータイ!わぁ、誕生日でもないのにいいの?」

 「ああ。ツグミには少し悪いが、イナホのお下がりを使わせてやってくれ。もしかしたら、これより便利な機能がツグミには備わってるかもしれないが、見た目は年頃の女の子だ。持っていて損はないだろう」

 「ありがとうございます、ハジメおじさん。では、明日は一日よろしくお願いします」

 こくこくと笑顔で頷く祖父との話を終え、二人は部屋に戻る。早速、先ほどの盗聴記録を確認するが、まだ目ぼしい情報は無かった。



 日暮れ過ぎの自室、未だ表情の乏しいツグミを相手に、談笑と呼べるかは分からないが、イナホは共に学校に通える喜びを語っていた。

 そんな中、盗聴記録アプリの通知が鳴り、二人は真剣な眼差しで携帯端末に意識を向け、慎重に会話を聞き取り始めた。

 盗聴器を仕掛けた事もバレてはいない様で、ターゲットの一人が、研究員と思われる人物と通話している様子が窺える。


 「まだ理論通りの結果が得られないのか?何年かかっている!」

 通話相手の研究員が恐縮した口調で、

 「まだ安定した結果は得られないものの、着実に研究は進んでいます。ですが、重大な副作用が懸念されます。人への投与は、まだ先になるかと・・・・」

 「あの女はたった数ヶ月で成し遂げたんだ!実験台は手配する。かまわん、次の段階に移行しろ」

 「で、ですが!」

 重大な副作用という言葉に、イナホの母への心配は膨らむ。


 考え込むイナホの顔を見て、ツグミは言葉をかける。

 「お母様を心配する気持ちもわかりますが、これだけの内容では、イナホが危惧している事が事実だとは、まだ断定できません。暫くはこのまま、冷静に調査を進めましょう」

 坤からもメッセージが届く。

 『こっちでも会話記録を聞いたけど、もし事態が動いても、今度は一人で突っ走るなよ?何かヤバそうだ』

 イナホは二人に同意すると、いつもの表情に戻った。


 すると、ツグミはメイアの残した大量の書物から得た知識を元に、推測を述べる。

 「先ほどの会話の内容、何か生物に影響をもたらす実験の様に窺えますが、やはりイナホのお母様も、それに関わる研究をしていた可能性が高いです。部屋にあった書物の傾向から察するに、何か後天的に遺伝子に変化を起こさせ、肉体を強化する研究だったようです。もし実現していたのなら、イナホが見た、戦闘時におけるお母様の異常な強さ、というものにも合点がいきます。ですが、現地点では副作用がどのようなものなのかは不明です。戦闘後のお母様に、何か特別、異変などは無かったのですか?」

 「うーん、何か苦しそうな様子だったりとか、そんなのは無かったよ。ただ気になるのは、歳を取った感じが無かったって事くらいかな。むしろ若返ったというか・・・」

 「そうですか。若返りというのは、副作用というよりも、副産物なのかもしれません。人体強化を施す上で、何か代謝に関係する事が起こったのではないでしょうか」

 未だ推測の域を出ないもどかしさを感じながら、焦る気持ちを抑え、今後の調査を続ける事にした。



 翌日、ツグミは編入試験のため、ハジメと学校へ出かけて行った。家に残ったイナホは、リビングで明日提出期限だった、進級後のコース選択の紙と、睨めっこしていた。それを見たヤンネが問いかける。

 「どっちに進むか決まったのかい?昔と違って、クバンダも出るようになったから、正直、近衛隊に進むのは、婆ちゃんは心配だねぇ」

 紙に視線を落としたままイナホは返事をする。

 「うん、確かに婆ちゃん達を心配させたくはないけど、私が強くなれば、母さんも戦わなくて済むようになるかもしれないし、婆ちゃん達だって守れるようになるでしょ?」

と言って、ペンでチェックを入れる。それを見ていた祖母は、ため息交じりに言葉を漏らす。

 「やっぱりあの子の娘だねぇ。まぁ、こればっかりは、あなたの歩む道だから仕方ない・・・。くれぐれも怪我だけは気を付けておくれ。ただねぇ、イナホ・・・・、」

と、残念そうとも、心配そうともつかない表情で続ける。

 「戦う道を選ぶ以上、そこには予期せぬ責任や運命が、与えられる事だってあるんだよ。あの子のように、前を向く事を忘れ、何と戦わなければならないのかを、見失ってはいけないよ?」

 「そうだね。でも、母さんは結果的に秋津国を守ってるんだ。目的は知らないけどね。だから、もし、母さんが前を向けるようになった時、その暮らしを今度は私が守りたい」

 「そこまで言われちゃあね。まぁ、あの子よりずっと世の中が見えているのかもしれないねぇ」

 「出来るだけ心配はかけないようにするよ」

 イナホはニコっと笑うと、固い意志と共に選択用紙をファイルに納めた。


 

 夕飯の準備が進む頃、ツグミ達が帰宅した。

 試験は順調に終わった、と報告するツグミの携帯端末に、さっそく学校からの通知が届く。

 「合格のようです。明日から同級生ですね、イナホ」

 皆が祝福するが、イナホは内心、学業のライバルが増えるという現実に、密かに苦悶していた。両手をモジモジさせながら、さりげなく要望を伝えようとする。

 「ツグミちゃん?あのー、ツグミちゃんは、優秀過ぎて怪しまれないかなぁって。手加減してくれると?私としても?ありがたいなー・・・、なんて」

 「なるほど。これから学校で集団生活を送る上で、私が人間でない存在だと知られると、確かに混乱を招く可能性がありますね。人間らしい振る舞いを心がけるよう、善処いたします」

 「あ、うん・・・」

 イナホにとって、少し意図と違う返答が返ってきた。ツグミにとっては平常運転の、そのスペックを、学校では出されないように、そんなお願いをした自分の器の小ささに、少しへこんでいたのだった。

 イナホがそんな状態である事を、誰も知るはずもなく、祖父が明日の予定を伝える。

 「明日は朝一で仕上がった制服を取りに行って、そのあと学校での手続きがある。イナホは先に、公共トラムで学校に行ってもらうことになるが、それでいいか?」

 「うん、私は大丈夫だけど、霞み池の仕事は?」

 「明日は代理を頼んであるから大丈夫だ」

 「そうなんだ。じゃあ、ツグミちゃんとは後で合流だね。ところで、来年度のコース選択については説明受けた?三学期は色々あって、あと二週間しかないけど」

 「はい。私の特性を最大限生かすには、近衛候補生コースが最適かと思い、そちらを希望しています」

 「じゃあ、きっと同じクラスだね。元々、毎年近衛コースって、希望者少ないらしくて、クラスが多くなることはあまりないと思うから」

 「それは良かったです。まだ何かと慣れない環境ではありますから」


 夕食を終えると、数日振りの学校に備え、早めの就寝にしようかという時、盗聴アプリの通知が鳴った。

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