第二章 ツグミという少女

#6 ツグミという少女 (1/5)

 気の進まないイナホを乗せた軽トラックが、霞み池に到着する。車を降りると、一人、心の準備をする彼女を祖父が呼ぶ。

 「おーい、どうしたー?早く来んか」

 「い、今行くよ、爺ちゃん」

 足取り重く、祖父の後をついて行く。すると石棺が見えて来て、昨夜に目にしたものが、幻ではなかったと肩を落とす。

 先に行った祖父は石棺を覗き込むと、少し驚いた様子を見せ、手を合わせている。後に続き、イナホは深夜にはよく見えなかったそれを確認しようと、恐る恐る覗き込んだ。


 棺の中には、紛れもなく人間と思われる、自分と同世代くらいの少女が横たわっていた。その手には、一枚の便箋と枯れた花が握らされている。


 祖父は初めて目にする漂流物に、対応を決めかねていた。

 「御上の人を呼んで、見てもらってからどうするか決めよう」

 「爺ちゃん、どっからどう見ても、この子人間だよね?」

 「だなぁ。まったく、たまげた。今まで動物の屍骸すら、流れてきたことないのになぁ」

 「じゃあ、よくできた人形とか?」

 「うーん・・・・」


 険しい顔をして、携帯端末の操作に戸惑っている祖父。その間、やたら状態の良いに興味を持ったイナホは、傍らでしゃがみ込み、そーっとその子の頬を指で突いてみた。

 柔らかく、すぐに反発する皮膚、そして僅かに生暖かい。そのことに、イナホは静かに驚くが、やはり呼吸や脈動は感じられない。

 まだ携帯端末と格闘しているであろう祖父に、イナホは救いの手を差し伸べようと振り返る。すると祖父は、手から携帯端末を落とし、こちらを見て固まった。その様子を不思議そうに見るイナホは、

 「ん?どうしたの爺ちゃん・・・?そんなに私の顔見て。昨日、寝不足だったから酷い顔してる?」

 「イナホ、いいから、そのままゆっくりこっちに来なさい」

 その言葉を不審に思い、後ろを振り向く。そこには、さっきまで横たわっていたはずの少女の顔が、自分の顔の前にあった。


 「うひぃーっ!!!あzせcyh9、ふじこlp・・・!」

 その場で腰が抜け、口から飛び出しそうな心臓を何とか呑み込み、イナホは後ずさりした。慌てふためく彼女とは対照的に、その少女はゆっくりと落ち着いた様子で、且つ淡々とした口調で言葉を発した。

 「ここは、どこですか?」

 「・・・へ?」

 「へ、という地名が該当しません」

 地べたにへたり込んだままのイナホは怯えた声で言い直す。

 「あ、ああ、ここは秋津国・・・、です」

 「アキツクニ?」

 少女は表情を変えることなく、周りの景色を見渡した。



 「アキツクニ。私のデータには無い地名です。・・・・記憶データの改ざん、及び、消去された痕跡を確認」

 「消去?あ、あなたは?」

 「わかりません。基本的な情報を除き、今より過去の記憶が読み込めないのです」

 独特の変わった言い回しをする少女に対し、まだよく状況が理解できないでいたイナホは、ふと思い出す。

 「そうだ、あなたが持ってるその手紙に、何か書かれてない?」

 「これのことですか?」

 棺桶の中で、ちょこんと座る少女は便箋を開き、中の手紙に目をやった。

 「一緒に見てもいい?」

 「問題ありません。どうぞ」

 あっけにとられていた祖父も近くへ歩み寄り、三人で手紙に目を通す。



 『ツグミへ。二度もお前を失う事になって、もう心が折れた。仮にも、お前に意識・・・いや、魂が宿っていたのなら、あっちで妻と娘と仲良くしてやってくれ。また守れなくて本当にすまない。父より。』



 イナホには、手紙を見る彼女のその瞳が、感情的に動くように見えた。

 「ツグミちゃんっていうんだぁ。お父さんか・・・・、なんだかとっても悲しそう。ツグミちゃん、何か思い出せた?」

 「いえ、何も」

 「うーむ、よく分からんが、たしかに随分と悲哀に満ちた感じだなぁ。しかし、人間が流されてくるとは、霞み池に何か異変でもあったのか・・・・」

 祖父がそう言うと、ツグミはその場で立ち上がり、自身の体の動きを確認するように、腕と手を動かしながら言葉を返した。

 「その見解には誤りがあります。私は人間ではありません。よって、再起動前に聞こえていたお二人の会話から考察するに、おそらくそのカスミイケ、というものの機構に、何か変化があったという可能性は低いと思われます」

 「人間じゃないとなると、お嬢ちゃんは機械人形だとでもいうのかい?」

 「はい、そのような認識で問題ないかと。私は人型AGI、識別番号IB-・・・」

 淡々と続けようとするツグミに、イナホが割って入る。

 「問題ありだよ!ツグミちゃんには、ちゃんと心があるんだから、人形だなんて可哀想だよ」

 イナホは自分の両手をぎゅっと握り絞めながら、祖父の顔を見上げた。

 「爺ちゃん、このまま御上の人達に預けたら、ツグミちゃんがどんな扱いされるかわからないよ?きっと物扱いされちゃうよ。頼むよ!」

 「んー、まぁ、御上もそう悪い人達じゃあないが・・・。確かに、イナホの言う事にも一理あるなぁ。にわかには信じがたいが、こう、人間と見わけもつかんと、情くらい沸くしな。・・・よしわかった!うちで面倒看てやるとしよう。婆さんには、わしから話を付けとく」

 「ありがとう!爺ちゃん!」

 祖父に飛びつくイナホを見ながらツグミは、

 「私に心というものがあるかは分かりませんが。お気遣い、感謝します。イナホと、そのお爺様」

 祖父から離れ、彼女に向き合ったイナホ。

 「紹介がまだだったね。私は豊受イナホ。そして私の爺ちゃん、八幡 はじめ。ハジメ爺ちゃんとでも呼んだらいいよ」

 その時イナホには、ツグミが少し笑ったように見えた。

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