#5 胎動 (5/5)
夜になり、イナホは机に向かっていた。地図を見ながら、幹部達の自宅と思われる住所をリストアップするが、その先の行動に行き詰まる。携帯端末のメッセージアプリを開くと、
「いいけど、交換条件。霞み池のガラクタ、また漁らせて!お前の爺ちゃん、鍵持ってるだろ?」
祖父を欺くのには気が引けたが、イナホは背に腹は代えられず、条件を飲んだのだった。
夜も更け、祖父母も寝静まった頃、イナホは玄関に掛けてある、霞み池の門の鍵を手にする。そしてそっと家を抜け出すと、家の前で小型自動二輪に跨った少年が、片手を振っていた。歩み寄ったイナホは、
「坤、バイクなんてどうしたの?」
「へへ、自作したんだ。いいから乗れって」
自慢げに話す彼に、ヘルメットを渡される。
「へー、すごいね。それはそうと・・・」
イナホはタンデムシートに跨りながら、彼に小声で詰め寄る。
「バレたら怒られるの私なんだから、切りのいいところで帰るって、絶対約束してよね!?」
「わかってるって!じゃあ出発するぞ?」
エンジンがかかると同時に、イナホが坤の背中にギュっと掴まると、彼は顔を赤らめた。イナホはちっとも気づいていないようだったが、それを誤魔化すように、坤はヘルメットの位置を無駄に正し、アクセルを回した。
霞み池に到着すると、坤はヘルメットを脱ぎながら、
「なるほど、メイアさんがね・・・・。それで大山バイオテックに、妙な研究の兆しがないか調べようって訳だ?」
二人は辺りに誰も居ない事を確認し、門を開けながらイナホは尋ねる。
「うん、そうなんだけど。次はどうしたらいいと思う?」
「じゃあまず、高性能の盗聴器を仕掛けてみるか。次の計画は、その結果次第だな」
メイアに対する心配事を吐露しながら、坤の後を付いて行くイナホ。闇に包まれる霞み池の淵で、二人の持つ小さな明かりが揺れていた。
イナホにはゴミにしか見えないような物も、坤は嬉しそうに拾い集めている。その様子を見守るイナホは、クスっと笑った。
「変わらないね、坤は」
「そうか?イナホも思いつくとすぐ行動するところとか、変わってないと思うけど。どうせ映画の影響とかだろ?お前、いつも浅知恵で動いて痛い目に遭うからなぁ」
「もー、なんだよう!そろそろ一周するし帰ろーよ?」
「うーん、仕方ない。約束だしな!昔みたいに、バレたら大変だもんな」
「そうだよ、爺ちゃんにバレて、一週間おやつ抜き喰らったんだから!思えばあの時の糖分不足で、私は勉強が出来なくなったのかも・・・・」
「絶対違う」
「・・・・・あれ?」
そんな会話の中、イナホの手にした明かりに、人の背丈程はある人工的な石の塊が、横たわっているのが照らし出された。
首をかしげるイナホは、それを見て立ち止まった。
「来た時、こんなのあったかな?建材か何か?」
「今流れ着いたんじゃないか?なんか、棺桶みたいだな」
「ちょっと、こんな夜中にやめてよっ」
その傍らで、背負っていたバッグの中身を探り始める坤。それを見たイナホは察した。
「え、坤?これ開けるつもりじゃないよね?」
「そーだけど・・・・」
「もう!約束したじゃん!」
「ちょっとだけだって!霞み池は“物”しか流れて来ないんだし、心配すんなよ。中はすごいお宝かもしれないだろ?」
一度は止めたものの、イナホも好奇心に負けて、無言の許可を出してしまった。
坤は取り出した工具で、石棺の四隅に打たれた、大き目のボルトを外し終えた。二人はライトを地面に置くと、力いっぱい蓋を横に押した。
夜の静寂に、重い石の擦れる音が怪しく響く。ようやくゴトっと、蓋が向こうへズレ落ちたのが、暗闇の中でも分かった。
二人は地面に置いたライトを再び手にし、その石棺へと向けた。中を見るや否や、二人の悲鳴が同時に、周囲に木霊した。
震える手で門を閉め、バイクの元へ息を切らして戻ってきた二人。
「こ、坤!あれ、しし、死体かな・・・?」
「い、いやぁ、人形だろう?まぁそんなビビんなって!」
「はぁ!?尻もち着いた誰かさんを助けたの誰かなー?」
「あれはお前が引っ張ったんだろう!?」
「違うって!とにかく、今日は、帰ろう」
言い合いをしながらも、二人はまだ荒い呼吸を呑み込みながら、その場を去ったのだった。
家の前に着くと、イナホはバイクを降りながら、
「とにかく、さっきあったことは内緒だからね?」
「了解了解。でもおかげでパーツも揃ったし、今夜は何も見なかったって事で。じゃ、例の物出来たら連絡する」
そう言って坤は軽く手を振り、帰って行った。一人、イナホの気は重く、
「はぁ、朝になったら、爺ちゃんとまたあの場所に行くなんて・・・・」
と嘆き、静かに部屋まで戻ると、寝ようとするが、興奮した頭を鎮めるのに苦労した。
そして、朝を迎えた頃。
「充電開始―――。再起動プログラム実行可能まであと20パーセント―――。」
文字だけが浮かぶ世界で、自分が何者なのか、此処が何処なのかも知らず、一つの意識が目覚めの時を迎えつつあった。
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