#4 胎動 (4/5)

 愛数宿が議会で討論している頃、イナホが暮らす祖父母の家である八幡やはた家のリビングでは、夕餉が香る。今日の出来事を、イナホは祖父母に伝えていた。食卓を挟む祖母の言葉には、ため息が混じる。

 「知らせを聞いたときは、全身の血が凍ったよ。ほんと、無事で良かった。しかし、あのバカ娘は、自分の子供をほったらかして、どーしちゃったのかねぇ」

 イナホはそんな渋い顔をする祖母を見て、口に入っていた食べ物を飲み下すと、つかえていた気持ちを二人にぶつける。

 「それだけど、今日、実際見て思ったんだ。母さんのあの異常な強さ。あれは心配だよ・・・。それに、全然年も取ってなかった。私が生まれた頃は、分子生物学の研究者だったんでしょ?絶対何か隠してるよ!爺ちゃんと婆ちゃんは、本当に何も聞いてないの?」

 だんまりする祖父の隣で、再び祖母は話し始めた。

 「そうだねぇ。あなたが生まれた年、仕事が落ち着いたら、結婚相手と生まれたばかりのあなたに会わせるって、あの子、明るかったのだけれど。それからすぐさ、大切な人を亡くした、と連絡が来てね。あなたを私達に預けると、それっきり・・・・。研究所に籠りっぱなしだったようだけど、次の年には、急にそこを辞めるって言って、行く先も告げず、我が子はほったらかし。たまに帰ってきた時も、何も話さないし。どういうつもりかは知らないけど、いつの間にか、大御神様の近衛隊員になっていて驚いたもんさ」

 「ふうん。そう言えば、母さんの口から、父さんの話も聞いた事ないや」

 「私らも未だに、名前すら聞かされてないねぇ。ま、イナホを見るに、可愛らしい顔の相手だったのかもしれないね。あの仏頂面が産んだ子とは思えないよ」

 「やだなぁ、私なんて、容姿も勉強も中の下だよ。えへへ」

 祖母は娘の抱えているものを知る事を、半ば諦めたような口ぶりであった。照れ笑いの下で、イナホの心配は確実に膨らんでいった。

 母が何か大きな代償を伴う力を、手に入れたのではないか。イナホは実の母親に探りを入れる事に、少し罪悪感を覚えつつも、母の昔の研究について、調査する事を一人決心した。


 夜、改まってメイアが昔、使っていた部屋をイナホは見渡す。だが、そこには難しい本が並ぶばかり。母の研究者としての、才を感じるには十分だったが、最近の動向が窺えるものはない。父の写真の一枚すら、そこには無かった。

 イナホは自室に戻り、ベッドで横になりながら、深々と何か考え込んでいる。

 「研究所に教えてほしいって言っても、だめだろうなぁ・・・・。ああ、だめだ!映画でも見よっと」

 彼女は気分を変えるように、だらだらと携帯端末を起動する。画面の中では、社会の巨悪に立ち向かう、スパイの活躍が描かれている。すると、ベッドの上で勢いよく上体を起こし、

 「これだ!」

と声を上げ、立ち上がるとバッグにいくつか道具を詰め始めた。



 イナホは次の朝を迎える。今日から学校は、校舎修復のため暫く休校。早速、母の秘密を探るために、行動を起こす。

 朝食もそこそこに、慌ただしく家を出ると、隣町までを繋ぐ公共トラムの駅へと向かう。その途中、何故かペットショップに立ち寄ったイナホ。駅から乗り込んだトラムの中でバッグを開き、何やらガサゴソと工作作業をしている。


 目的の駅に着き、そこから暫く歩くと、厳重な壁に囲まれた施設の前に到着した。そこは広大な敷地を有した、大山おおやまバイオテック社。表向きは遺伝子検査や人工授精など、人間向けの医療事業から、野生動物の生体検査に至るまで、幅広く研究とサービスを行っている企業である。


 敷地に入る門前で、イナホは伊達眼鏡をかけインテリを装う。守衛所を何食わぬ顔で通過しようとするが、案の定、その安易な発想が通用する訳もなく、認証機器に門前払いをくらった。

 「研究者っぽく見えなかったかー」

と、悔しがるイナホの所に、守衛の男性が向かってくる。

 「駄目だよお嬢ちゃん、勝手に入っちゃ」

 「あれー?仕事の約束で来たのになー」

 「なに?仕事?身分証は?」

 「み、身分証?私、若く見えますけど、立派な研究者で・・・・!そ、そうだ、中にいる、えーと、田中さんに連絡してもらえれば」

 イナホは上ずり始めた声で、適当な嘘を繰り返しながら、ちょっとづつ後ずさりしていく。するとそこに、数台の車がやって来た。

 車列に会釈をしながら、入場許可の合図を出した守衛。彼が目の前に視線を戻すと、そこにイナホの姿はなかった。



 少し離れた物陰で息を切らすイナホが居た。

 「あーぶなかったー・・・・!私にスパイは無理だぁ。でもこれで・・・・」

と、自分の携帯端末を、ポケットから取り出す。その画面に映る地図には、いくつかのマーカーが点滅していた。


 先ほど守衛とひと悶着しているとき、顔パスで入場を許された、高級そうな車。つまり、会社の幹部らしい者に、イナホは狙いを定めていた。

 ペットの迷子防止用発信機。それに手を加えたものを、彼らの目を盗んで、車両の隅にくっ付けていたのだった。


 画面を見ながら一人呟く、

 「あれだけ体に変化をもたらす研究だったんだ、母さんがここを去っても、その研究結果を、そうそう手放すはずがない。大抵そういうのはお偉いさんが握ってるんだ。映画でもそうだもんね」

 馬鹿げた発想ながら、とりあえずは上手くいって、気分が上がったイナホは帰路に就いた。

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