異世界ガーシー

蒼き流星ボトムズ

異世界ガーシー

俺は子供の頃からラノベや深夜アニメが好きだったので、異世界モノには造詣が深かったし愛してもいた。

なので、実際転移してみて状況を顧みた時、その勝ち筋のあまりの少なさを理解出来てしまい大いに絶望したのである。


まず基礎スペックが低い。

各パラメーターが現地の異世界人の半分以下なのである。

特に体力(HP)・筋力(STR)・生命力(VIT)の低さは目を覆わんばかりであった。

子供の頃から喘息気味で病弱だったので妥当なところだろう。


そしてラノベとかでよくある『チート』が貰えなかった。

転移直前に出会った神様っぽい人物に交渉してみたのだが付与スキルに関しては完全に商品であり、ランク毎に価格が決められていた。

例えばSランク『勇者』は10億円で取引されていた。

逆に言えば、10億出せば誰でも高価値スキルが買える。

金持ち達は大抵、10億円の『勇者』と同じく10億円の『鑑定』と5億円の『大賢者』と5億円の『アイテムボックス』を買ってから転移するそうだ。

俺は貧民なので預金残高は7万円しかなく、スキルはおろか現地通貨の両替すら拒まれてしまった。


…結局カネかよ。

俺は生まれてからこんなにも異世界を愛したのに…

異世界が歓迎したのはラノベの『ラ』の字も知らない金持ち連中だった…

俺は… 世界を激しく憎悪した。

地球も神も異世界も…  全てを憎んだ。




異世界からの転生者は概ね歓迎されるのだが、スペックが低い上にスキルを買えなかった俺は露骨に嘲笑され、歓迎パーティーが終わると同時にすぐに城下に放り出されてしまった。

一緒に転移して来た連中は、みんな金持ちだったのか身なりも血色も良かったし、何よりスキルを買い漁っていた。

異世界の王侯たちは金持ち連中に群がり、肩を抱き合って談笑していた。




…結局カネかよおお!!!

金持ち共は何もかも手に入れ! 称賛され! 愛され!

俺みたいな貧民は何も手にすることが出来ず! 疎まれっ! 蔑まれ続けるッ! 


ふーーーーーー。

ふーーーーーー。


…そうかよ。

へへっ。

これがオマエらのやり方なんだな。


あーあ。

俺、本当に… 異世界とか好きだったんだけどな…

笑っちゃうよな…

結局、元の世界で底辺だった奴は異世界に来ても底辺なんだよなwww


いやー、マジで笑っちゃうwww

俺、何を勘違いしてたんだろうなwwww

なあ、オマエらもそう思うよなwww

日本で糞みたいな扱い受けてた糞貧民がさあwww

異世界に来たくらいで歓迎される訳ないもんなぁwwww


おかしいなあww  

いやあ、本当に爆笑もんだわwwww

あははははははははwwwwwww


なあ?

おかしいよな?

笑えよ。

この文章見てるオマエ。

どうせ俺の惨めな姿を見て馬鹿にしてるんだろ?

ん?

どうした?

笑えよ。




少なくとも俺は。

笑って生きることにした。

知らない土地で弱者の俺が生き延び…

いや生き延びるだけではなく、人よりも纏まったカネを稼がなきゃならない。

でないと、俺は一生這いつくばったままだ。


まずはカネ。

この世界のカネ。

どうすれば稼げる。

元手も力も無い俺に何が出来る?

この世界の奴らは体格もいいし、何らかのスキルを持っているようだ。

(ここでは胸に着けている勲章の様なアクセサリーで保有スキルを誇示する習慣がある。)


何かアドバンテージは無いか?

この世界の奴らに対しての俺の優位性。

くっ! 何か、無いのか…


俺が悩みながら歩いていると街の真ん中にケバケバしい色のテントがあり、そこに人々が集まってるのが見えた。

何だろう?

凄い人だかりだ…

祭りか何かか?


『あのー。 ここは何ですか?』


俺は勇気を出して、たまたま横に並んでいた正装の男に尋ねてみた。


「ん? キミは劇場も知らんのかね?

余程田舎から出て来たのだな。

いいかね、都会では老いも若きも劇場を借りて自己を主張するのだよ。

そうやって人を集めて人気者になる事により底辺から這い上がる者も存在する。

これがシティドリームというものだな。」



『ど、どんな演目があるんですか!?』



「んー?

そりゃあ皆選りすぐりの芸を披露するよ。

可愛い女子なら歌舞だな。

玉の輿に繋がった例も多い。

腕自慢ならやはり演舞や試し割りだ。

軍のスカウトも大勢見に来ている。

いやあ、いい時代になった。

魅力や特技さえあれば誰でも簡単に這い上がれる時代になった。

キミは魅力はないとして、何か特技はあるかい?」



『…。』



俺は思わず黙り込んだ。

人に誇れる特技があれば、元の世界でもあんな扱いは受けていない。



「はははw

そう気を悪くするな若者よww

世の中のどこかにはキミに魅力を見出す者がいるさww」



『劇場借りるのに幾ら位かかりますか?』



「ん?

大した金額では無いよ。

銀貨10枚も払えばお釣りが出るんじゃないかな。」



『あの…  恥ずかしい話なのですが…

俺… 手持ちがなくて…』



「ん?

建て替えて、ってこと?

それは構わないけど…

キミ、何か人を楽しませる芸は持ってるの?」



紳士は無造作に俺に銀貨袋を渡して来る。

明らかに10枚を超えていたが、この男にとっては些細な問題なのだろう。



『…あります。』



「?」



『俺には皆さんを楽しませるとっておきのネタがあります!』



「はははww

いい目を出来るじゃないかww

そうだ、若者は野心的でなくてはならない。

私はここの館長には顔が利くが、準備にはどれくらいかかる?

機材や備品はあるのかい?」



『今すぐでも行けます!』



「Good! 

兵は拙速を貴ばなきゃな!

いいだろう。

館長には話を付けてやる。

カネは返さなくていい。

但し、特等席に座っている私を存分に楽しませてくれ。」




劇場は飛び込み制であるらしく、申請から1時間もしないうちに俺の順番は回って来た。

ちなみに待っている間に俺が控室からチラ見した演目は3つ。


一つは剣舞。

演者が長身のマッチョということもあり、圧倒的な迫力だった。


次は女。

近所の酒場(どうやら風俗店を兼ねているらしい)に勤務しているらしく卑猥なダンスで場を沸かせていた。


そして軽業の兄弟。

まだ小学生くらいの年齢だろうか? 小柄な兄弟が互いを上空に放り投げ空中でクルクル回り続けた。

連発される爆転や爆宙に観客は大歓声で応えていた。

どうやらこの兄弟は有名人らしく、控室には花輪やプレゼントまで贈られていた。



随分ハードルが上がったが俺の番だ。

不思議と緊張は無かった。

多分、失うものが何一つないからだろう。

そう。

どうせ俺には何もない。



『どうもー。』



俺が舞台に上がった瞬間。

観客の顔に「あ、コイツはハズレだな」という失望が浮かび。

観客たちはトイレ休憩に行ったり、しまっていたパンフレットを読み込み始めた。

当然俺は傷ついたが、元の世界でもそういう扱いを受けて来たので、動きを止めずに済んだ。



『俺は異世界から来ました。』



ここでは異世界人は珍しくないのだろう。

「ふーん、それで?」

といった醒めた反応である。



『えっと、王宮で歓迎式典を開いて貰ったんですけど。

そこで王様や勇者パーティーと一緒に飲みました。』



勇者パーティーという単語を出した瞬間。

観客が一斉に顔を上げる。

なるほどね。

想定してとは言え、凄い人気だ。

俺も数分言葉を交わしただけだが、勇者パーティーは美男美女揃いで若いのに実績があり、厭味なく自信に溢れた表情をしていた。

ふっw

オマエらさぞかし愛されて生きてきたんだろうなぁww



『そこで目撃してしまったんですけどね…

勇者と僧侶が…』



いつの間にか観客は固唾を飲んで俺の話に聞き入っている。

人気者の話というのは古今東西、大衆を魅了するものだ。

なら。

人気者のネタを持っている俺も、おこぼれ程度のカリスマを手に入れたってバチは当たらないだろう。



『二人きりでバルコニーに向かっていったのです。』



そこまで言った途端。

観客席から感情の波が大音声になって押し寄せて来た。

悲鳴・歓呼・罵倒・喜悦・憤怒。

全く声になってない。

コイツラ普段は利口ぶって、小賢しい社交に勤しんでいるだろうなあw

ははは、オマエら豚かよww

何言ってんのかわからねえよww

ただ、一つだけ断言出来る事がある。

俺はバズった。



『では、この話の続きは次の舞台で。』



俺はそう言い捨てると、さっさと舞台裏に引っ込んだ。

ステージ時間があまりに短かったためか、話の続きが気になるのか。

壮絶なブーイングが巻き起こる。

まるで怒号だなww

おいおい、ハロウィンの渋谷でももっとお上品だぞww


ここの館長も興行をよく理解していた。

彼は控室で俺を称賛し次の予定を組んでくれた。

勿論、劇場使用料は免除。

俺は確実に客を呼べる。

次はメインイベンターだそうだ。

うーん、こんなことになるんなら一回くらいガーシーの動画見ておくべきだったな。

あれだろ?

議員になるくらいだから、語り口も上手い筈なんだ。

でも俺、下品なキャラって苦手なんだよね。

まあいいや。

客が聞きたがってるのは、有名人のスキャンダルであって俺じゃないしね。



3日後。

街中に俺のポスターが貼られている。

と言ってもメインの写真は勇者と僧侶だ。

美男美女の二人だけあって鮮明に映える。

右下に俺の小さな写真が載っていなければ、最高のポスターだっただろう。



劇場に向かう俺は市民からの歓呼と罵声に包まれて歩かなくてはならなかった。

俺を歓迎するものは下世話な笑顔で、俺を非難するものは下世話な訳知り顔で、俺に応対した。


劇場の入り口で聖職者団体の偉いさんから抗議を受けた。

公序良俗に反するそうだ。

入れ違いに憲兵隊からも警告を受けた。

公序良俗に反するそうだ。

トドメは婦人協会だ。

公序良俗に反するらしい。






『バルコニーの方を何気なく振り返ったんです。


すると…


するとですね…』




ゴクリ。

一斉に観客が息を飲む。

最前列に聖職者と憲兵と婦人会が座っており、コイツラも拳を握り締めて話に聞き入っていた。

やれやれ公序が良俗してねえぞww




『少し酔って顔が火照っている勇者君が備え付けのソファーに腰掛けてました。

二人は1分くらい談笑していたんですけど。

ふっとお互い真顔になったんです。

そして!』




「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」




豚共が我慢しきれずに鳴き声を挙げた。

おいおい餌はまだ恵んでねだろうがww

この卑しい豚共がww




『僧侶ちゃんがグラスを側のチェストにノールックで置くと!』




「「「「…ゴクリ!」」」」」




『勇者君にキスしましたぁああああ!!!!!』




「「「「「「「ブヒーーーーーー!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」




全ての豚が歓喜の断末魔を挙げた。

コイツらは人間の尊厳を自分から捨てたのだ。

俺は続きを語ろうとするが、何を言っても豚共の大合唱にかき消されてしまう。

おいおい館長w 

アンタの家畜だろ?

ちゃんと躾けておいてくれよなww




後は惰性だった。

伯爵の本命・歌姫の恋愛事情・王様の今のオキニ嬢。

勇者僧侶カップル以外の持ちネタはそれだけだったが、俺の売名には十分だった。

舞台上でタレコミを募集した甲斐もあり、俺の宿には情報提供者が殺到した。


議会で俺の話題が上り、「不敬罪」「騒乱罪」という単語が出始めると…

俺は稼いだカネを全て白金貨に換えて、王国の敵国である帝国に亡命した。

手引きは初日に登壇を薦めてくれた紳士にお願いした。

彼はスパイでも商売人でもなく何の伝手も持たなかったが、俺が頭を下げると真摯に亡命ルートを構築してくれた。

謝礼は払わなかったし、初日の建て替え分すら返さなかった。

その方が紳士のモチベーションに貢献すると思ったからだ。


帝国の皇帝への謁見が終わりささやかな宿所を与えられてから、何枚かの白金貨を紳士に送った。

流石に俺だって、誰のお陰でメシを喰えるようになったのかくらいは理解出来る。


帝国では皇帝の御伽衆という身分を貰った。

これは王国への牽制の意味もあるらしい。

生活は悪くない。

謁見の翌月には邸宅も貰えた。

転移前に住んでいた薄汚い低層団地なんかより遥かに美しい。

高級食券も配給してもらえるので、毎日将校用レストランで飯を食わせて貰っている。

行動の自由も与えられているので、たまに帝国の劇場で話芸を披露する。

帝国や皇帝の悪口は言わない。

俺も卑しい豚だが、最低限の仁義を知っている豚だからだ。


帝国人も王国人と同じだった。

誰と誰が付き合ってるとか、キスしたとか寝たとか、そんな話題で一喜一憂し。

何故か俺にカネを投げてくれた。



まだ異世界を憎んでいるかって?

ああ…

別に、もうどうでもいいよ。

今となっては王国も帝国も元の世界も大して憎んでない。


こうやって壇上から豚が必死にブーブー鳴いてるのを見せられちまうとな。

正直、どうでもいい。


オマエラだって豚に感情持たないだろ?

そういうことだ。



あ、今からステージだからゴメンね。

そこ通して。




『はーい、みなさん!!

本日のメインイベント!!

昨日の話の続きをします!!


はい!

昨日のパーティーの話題の続きですが!


そうですね!

帝国が誇る歌姫ちゃんですが!


なんと!!!

若きエース剣闘士君と!!


二人で何気なくカーテンの影まで歩いて行って!!



…。



キスしてましたぁああああ!!!!!』


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