第17話【体育大会リハーサル】

その日、学校ではやる気という名の炎が燃え上がっていた。

今日は丸一日を使った体育大会のリハーサル。サッカー以外全ての競技を実施する。

「俺達は代表リレーしか役目なしか‥‥」

「仕方ない。サッカーやったら本番と境目なくなるぞ」

「あっ、そうか。今日本番じゃないんだ」

「馬鹿か‥‥」

「…………あっ」

晴也が目で何かを捉えた。その猫のような眼は視力二・五を誇る。

「晴也、何か見つけたのか?」

「うんにゃ、あれ見てみ」

「あぁ? 応援団‥‥そういやあったなそんなの」

「ひっでー、忘れてやんの」

「関係ないんだからいいんだよ、仕事はやるけど他のことは知らん」

「まったく相変わらずつーか、冷たいっつーか‥‥」

「大玉転がしか」

「うん? ああ、あれは大きいよなー」

俺達の高校の体育大会は普通科、工業科、理数科の三つのチームで戦う。

無論俺の所属は普通科。六花は理数科だ。

今見ている大玉転がしは直径三Mの玉をゴールまで転がすってやつだが、一人では無理なので五人の五交代制になっている。このように多い人数全てを活かそうとしているため、看板競技以外の制限時間は短い。その点俺達はリレーとサッカーなので恵まれている。

「ていうか、次俺達じゃね?」

「あ」

晴也が思い出してくれたことに感謝しながら俺達は入場門に走る。

それぞれ所属クラスの代表三人が出場し一組二十四人、合計七十二人の競走。

『続きまして、団代表リレーです。選手の皆様は入場して下さい』

「普通科やるぞぉ!」

「工業科! 根性‥‥いっぱああああつッ!」

「理数科行くよ!」

それぞれの団長が声を上げ、リハーサルというのを忘れさせる程の気迫が溢れる。

それに乗らない俺ではない。もちろん俺の心も最高潮に達していた。

トントン、と誰かにつつかれた気がした。隣を見てみると、六花がいた。

(六花‥‥)

知らん顔をしているが、つついたのは六花本人だろう。

どっちが子供なんだか、と内心笑ってしまった。しかし今は敵同士。

(負ける気も、手を抜く気もない)

二年生ではあるが足の速さが優先されるこのリレーにおいて俺達は後半を任された。

晴也がアンカー、そして俺はその手前。つまりアンカー同士の接戦も、大きな差も、俺がへまをしたら崩れるというわけだ。責任重大である。

「晴也、準備は出来ているんだよな?」

「もちのロンだぜ! オレの足とメンタル舐めんなよ!」

「それはよかった、くれぐれも転倒はなしで頼むぜ」

「こっちの台詞だぜ新、お前も無理すんなよ」

「おう」

俺達はグータッチで別れた。

四〇〇M トラック半周で一人分、つまり二〇〇M。

――ここで手を抜いてみろ、何人の仲間が幻滅し、何人の努力してきた奴が悲しむ?

不思議と俺の心は落ち着いていた。興奮と冷静が同居している状態。

それから二十数分、深い集中状態に入っている俺が動き出したのはまさにその時。

トラックの反対側、晴也がいる方で三人の走者が接触したのだ。

「うそだろ‥‥」

『一時中断!』

放送から出た指示に従って俺達は待機。

耳を澄ませ、先生たちの会話を聞くと二人とも捻挫だという。


――このままでは走れませんよ

――次走者が四百M走るのは?

――三人が了承するのであれば‥‥


『第二十三走者の音花くん、白雪さん、風城くん、至急本部まで』

「行こう、り‥白雪さん、風城」

「はい」

「ああ」

真反対にある本部に到着すると

「すまない、三人とも‥‥二十二走者の三人が捻挫で走れないんだ、代わりに四百走ってくれないだろうか?」

「やります」

「はい!」

「やらせていただく」

返事を聞き先生方の顔がぱっと明るくなる。

「そうか、頼むぞ!」

俺達はバトンを持ちレーンに立っていた。

まるで第一走者のような感覚だ。俺の役目は一位で晴也に届けること。

(やってやる‥‥)

「負けませんから、新さん」

(ちょ、俺は頑張って隠したのに‥‥まあ誰も聞いてないか‥‥)

風城はなんか集中してるし。

「ああ、勝負だ。六花」

ピストルが上を向く。

「位置について、よーい‥‥」

――――――パァン!

ダッ‥‥、俺のスタートはかなり良かったと思う。

しかし俺は三番。六花、風城、俺‥‥。クソ、才能の権化どもが‥‥!

(このままだと差が付けられる‥‥それだといくら晴也でも‥‥)

最後の五十Mで加速するか、それとも差がつかない程度に落ち着くか。

「…………ふっ」

自分に呆れる。なんで限界を超えないんだよ。

加速が最後? 負けてもいい?

(ふざけるな‥‥そんなの【オレ】が、俺を許さない!)

加速しろ、後のことなんか考えるな。筋肉の悲鳴なんて無視しろ。

バネを弾かせろ。もっと…………もっと!

「いけ! 新!」

親友の声が聞こえる。

「負けるな音花!」

「先輩!」

「いっけぇええええええ!」

仲間の、普通科の声援が俺の背中を押す。

(あの時出せたんだ‥‥今、再現するだけでいい‥‥完璧じゃなくていい‥‥もっと速く‥‥俺に、あの背中に追いつける力を‥‥寄こしやがれ!)

たかが体育大会。行事。リハーサル。だけど俺達は今を生きている。これが、青春だ。

 対馬の自然が、俺に力を貸してくれる。

あの頃走りまわった自然の方が、何倍も‥‥険しかっただろうが!

「…………ッ!」

加速。俺の身体はあの時の加速感を再現した。

『あーっと! 普通科の音花くん、風城くんを抜いたぁ!』

「おおおおお!」

「そのまま白雪姫も抜いちまえ!」

「ああ‥‥そうする‥‥」

俺の小さい返事は俺自身の身体を鼓舞した。

ちらりと後ろを見た六花の顔は笑顔だった。それは抜かれないことに安心した顔などではない。

俺が全力を出していることに対する安心の顔。


―――置いていきますよ?


そう言われた気がした。いや、あいつは心で確かにそう言ったのだ。

ぶちり、と俺の中でスイッチが切り替わった。

オレは負けない。まだ―――加速するぞ!

地面が抉れる。そしてオレは六花に追いついた。

まったく同じ速度。あまりにも速い。これで頭いいとかチートかよ‥‥。

「晴也!」

「任せろ!」

ダンッ!爆発したかと思うスタートでそのまま晴也は一位でゴールした。

「はぁ、はあ‥‥」

「新くん、頑張りましたね‥‥」

「ああ、負けたくなかった、から、なぁ‥‥」

「ふふっ……小学生みたいです‥‥」

「‥‥うっせ」

「…………ふふふっ」

「…………あははっ」

『続いて借り物競争です! 準備してくださーい』

「また私ですね‥‥」

「大丈夫か?」

「はい、きついです‥‥応援してくださいね?」

「敵だろ‥‥まったく」

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