第16話【包丁と砥石】
俺と六花が関わるようになって二週間ほど経った。
今の関係は隣人以上友達未満といったところだ。あの手を握った時はドキドキしたが。
「いただきます」
その日もいつも通り、夕食を一緒に食べていた。
「新くん‥‥一つ聞いてもいいですか?」
「‥‥‥どうかした?」
お分かりの通り六花は俺のことを【新くん】と呼ぶようになった。
練習試合の次の日ぐらいからこの調子である。
「前々から疑問に思っていたのですが、このお家の包丁は随分手入れされているようですね」
「包丁? ああ、あれは父さんが置いて行った包丁なんだ。砥石で手入れもしているし」
「砥石‥‥だいぶ高かったのでは‥‥?」
「あー、実家に前からあったやつだしな‥‥値段どうこうは分からない‥‥それがどうした?」
「いえ、道具を丁寧に扱うのは良いことだと思います。ただ、それでも綺麗だったので」
(綺麗‥‥か)
俺はふと、キッチンにある包丁の刃を見つめた。
「多分あの包丁、爺ちゃんが使っていたものなんだ」
「お爺さまの?」
「ああ。親子三代の食生活が詰まってるんだろうさ、きっと」
「それで‥‥美しいはずです。‥‥親子愛、ですか‥‥」
「…………?」
六花の顔が曇った。
親子、これはやはり、六花にとってあまりうれしい話題ではないようだ。
「‥‥六花はあんまりそんな顔をしない方がいい」
俺は思ったことを口に出した。
「え‥‥」
「せっかく美人なんだから、笑顔でいた方が周りも嬉しいと思うぞ?」
六花は少し呆気に取られたような顔を見せて、その後笑い出した。
「‥‥なんですかそれ‥‥ふふっ」
「なんだよ‥‥変か?」
「変ですよ‥‥そういうのに興味なさそうな貴方が美人とか、笑顔なんて‥‥」
六花の笑顔は本当に可愛い。ただ、俺の言葉選びは変だったらしい。
「‥‥俺だって男子高校生だ。女子の顔くらい見てるさ」
「それでも、きっと貴方は顔より心で人を選ぶでしょう?」
満面の笑みから放たれた言葉に俺は核心を突かれたような気がした。
「心‥‥確かに。美しい地獄より、醜い天国の方が性に合ってる」
顔がいいクソ女より、可愛くない天使の方が何千倍も愛せる。
俺は謎の自信でそれを確信できた。
「でしょう? そういう人なんですよ、貴方は。きっと‥‥リーリルさんも貴方の事が好きだったと思いますよ」
「そうかな‥‥ま、過去に未練はないけど‥‥一度会ってみたいかな」
「その別荘に手紙でも送ってみたらどうですか? もしかしたら返信が来るかもしれませんよ」
「………天才か」
「それくらい思いついてください。そうですね‥‥夏休みに送ってみては? 会ったのは小学生の夏休みなのでしょう?」
「ああ‥‥やってみる。ありがとな、六花」
「~~~~~っ!」
六花の顔が赤くなった。蒸気でも出そうだ。
「…………どうした?」
「………同年代の人に呼ばれるのは慣れなくて‥‥」
「もう二週間だろ。というか言い出したのはそっち‥‥」
「それはそうなのですが‥‥まだ慣れません‥‥!」
「そっか。まあ、いつかは慣れるだろ」
包丁が砥石によって切れ味を保つように、今は俺が六花の食事によって支えられている。
「………なあ」
「……なんですか‥‥?」
「そろそろ俺も礼をさせてくれ」
「礼‥‥?」
「いつも飯を作ってもらってるんだ。報酬が無いとバチが当たるだろ」
「そう、ですか‥‥?」
「何か欲しいものでもあるか?」
「欲しいもの‥‥そうですね‥‥それでは一緒にショッピング、などどうでしょう?」
「ショッピング‥‥」
聞いたことがある。女子と行くショッピングは、何かヤバいらしい。
対馬の友達との買い物でもかなり長かった。
(都会の女子はどうなるというんだ‥‥?)
「分かった、今週の土曜なら空いてる」
「ではその日に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます