第16話「家族水入らずでお話しください」

 何だか自分の話ばかりするのも気が引けて、その後は子ども達に学校での様子を尋ねたりして食事を楽しんだ。ちなみに、アキルの記憶で大まかに把握はしていたが、エデュカスコラは原則として小学校から中学校の年齢の子ども達を受け入れているらしい。

 つまり、長女セーラは中学2年生に相当する8年生、長男スバールバルライチ(笑)と次男アルタはそれぞれ小学校の学年と同じ6年生と4年生ということになる。日本では星羅だけ中学校に進学していたため登校先が別だったが、この世界の子ども達はみんな一緒にエデュカスコラに通っている。

 ということはすなわち、俺が拝命したのは小学校と中学校を兼ねたPTA組織の会長ということになる。自身としては中学校のPTAは全く経験がないが、そもそもPTAの位置づけもこれに対する考え方も違うし、仮にそこを経験していたとしても大した意味はないか。


「今日はねー、ミラクがマジでムカついたー」


 唐突に何かを思い出したらしく、アルタが口にした。小さな口をへの字に結んでいる。ミラクというのは同級生の男の子で、アルタとよく揉めているためによく話題に上がる名前のようだ。日本の或斗の場合、こういった同級生との諍いから親同士の大きなトラブルに発展してしまった。思えば、あの出来事で自身の大きく精神状態が揺らいだのが、この異世界への転移に何かしら影響しているのではないだろうか。特に根拠はないがそんな気がする。

 いずれにせよ、あのようなシリアスな揉め事に発展するのはできれば避けたいところだ。この話は慎重に聞いておこうと思った。


「あいつはヤバい。俺にもよく絡んでくる」


 スバールバルライチ――もうスバルでいいや。アキルもそう呼んでいたみたいだし。スバルは大きく頷き、間髪入れず同意した。


「え。6年生に絡むのか。スバルは何をされるんだ?」


 驚いて俺が尋ねると、スバルはパンを口に運びながら少しだけ顔をしかめた。


「よくすれ違いざまに煽ってくる。『ザコ』とか言って。蹴ってくるときもある」

「それは……」


 俺が命を狙われることになっているように、この世界は色々と物騒だ。魔獣もいて、場合によっては人類の領域を侵すこともあるらしい。高度な兵器が発達していないこの世界では防衛や燐曜石獲得の見地から、戦力――体術に加え魔術や魔術具の使用を含む個人の戦闘能力が重視されている。

 必然的に「学校」であるエデュカスコラでも戦闘に関わる技術を教えており、驚くべきことに小学生の年齢から基礎的な戦闘訓練のカリキュラムが組まれている。身体を作り、体力を向上させる趣旨の点では体育と同様だが、自身の能力が場合によっては生死に直結するため、「生き延びること」、可能であれば「敵を打倒すること」が授業における命題の一つとなっている。

 このため、より強い力を持つ子どもは自身より劣る仲間を馬鹿にしたり、見下したりすることが往々にして発生する。スバルは戦闘能力の面でやや劣ると見做されていて、そのことがある程度学校内で広まってしまった事件があったようだ。そんな背景もあり、年長者でありながらミラクのような「やんちゃな」子どものからかいの対象に入ってしまったのかもしれない。


「そうやって言われた時、スバルはどうしてる?」

「別に。無視してる」


 スバルは素っ気なく告げた。目を合わせないのは、やり返さない自分に少し引け目があるのかもしれない。俺は微笑んで頷いた。


「そっか。スバルは偉いな。強いな」


 スバルはちらりと視線を上げて俺を見る。やや不安そうな疑問の色がその眼に浮かんでいた。


「なんでー? スバはやり返した方がいいんじゃない?」

「確かに、もし喧嘩になったらスバルの方が流石に背も高いし強いと思う。だけど、それをちゃんと我慢してるのはすごいことだよ。本当に守らなきゃいけないのは小さなプライドじゃないってことを知ってるんだろうなって」


 不思議そうに問うアルタに、俺は努めてゆっくりと告げた。アルタはよく分からないのか、大きな目を瞬いて少し首を傾げている。


「でも、やり返さないでいたら舐められて、もっとひどいことされるかもよ」


 長女セーラが冷静に告げる。俺は頷いた。


「そういうこともあるかもしれない。でも、パパはスバルのやり方のほうが好きだ。いつか実力をつけて見返してやればいいよ。それに、いざとなったらほら、パパはPTA会長だし」


 最後は冗談のつもりで笑うと、子ども達は一様に「ほー」という顔でこちらを見ている。「ほー」って、感心しているのだろうか。悪い気はしないが、ちゃんと話しておかないと。


「いや、最後のは冗談だから。別に会長だからその子をどうこうできるとかじゃないよ? 別に偉いわけじゃないんだから」

「私は偉いと思うよ?」


 それまで穏やかに隣で話を聞いているだけだったクナが、ゆっくりと口を開いた。


「アキルは偉いよ。会長が偉いんじゃなくて、アキルが偉いと思う」


 それから一瞬こちらを見て、俺と目が合うとすぐにわざとらしく逸らし、皿に追加のサラダを取り分けている。少し恥ずかしそうにしている様子も可愛い。


「つ……クナ、ありがとう。会長だからってわけじゃないけど、みんなのことは絶対パパが守るから。自分じゃどうしようもできないと思ったら、ちゃんと教えて欲しいな」


 一応子ども達はそれぞれ頷いている。アルタは何だかニコニコしていた。こいつも可愛いな。

 スバルは少しだけ頬が上気しているように見える。少しは嬉しかったのだろうか。可愛い。

 セーラはクールに食事を続けている。彼女は全般的に成績がいいので、自分にはあまり関係ないと感じているのかもしれない。


「それから、俺はクナが一番偉いと思ってるよ」


 クナは日々ほとんどの家事をして、子ども達のことをケアして、さらに働きにまで出ている。「偉い」というのは肩書や権力の有無ではなく、自分の為すべきことに真摯に向き合おうとする態度にこそ向けられるべき形容だと俺は思う。

 クナは少し驚いたようにまたこちらに顔を向け、それから視線を交わすと小さく微笑んだ。可愛い。


「はいはいそういうのいいから」


 セーラが食傷気味にひらひらと手を振り、俺は苦笑する。他にも他愛ない話をたくさんして、その日は食事を終えた。


 家族でたくさん話すことができてすごく充実した時間だったと幸福感を噛み締める傍らで、これはアキルの家族であって俺の家族ではないと冷静な自分がどこかで叫んでいる。それを思い起こす度、心と身体がバラバラになるような苦しみが襲う。

 俺は全然偉くなんかないよ、クナ。

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