第6話「希少な魔術具を受け継ぐ件、お覚悟ください」
「まとめると、だな」
カクガルは紙面の「会長」から伸びる三本の線を示した。それぞれ、「学校」「地域」そして「PTA連合会」と繋がっている。
「会長の仕事は『外交』が中心ってことだ。PTAの中のことは副会長が主にやってくれる。色々分かってるに越したことはないが、一気に何でもやろうとしなくていい。彼女を頼れ」
彼女。副会長は女性ということか。
そういえば、PTAは日本でもほとんど女性――お母さんが担当してくれていた。紛うことなき女性社会だ。PTAの起源がアメリカの「母の会」だったことを考えれば自然なことなのかもしれないが、女性が働く社会では、かつてのPTAの形は生き残れないとも思う。うちのPTAでも色々変えなきゃいけないことがあったよな、と過去に意識が飛びそうになる。
「――俺が説明したかったことは概ねこれくらいだ。何か質問はあるか?」
声をかけられて我に返ると、カクガルの目は、俺とその後方の一点とをちらちら往復している。振り返って見やると、その視線の先には時計。建物の格に見合う豪奢な振り子時計が壁面を飾っている。目を凝らせば、既に約束していた引き継ぎの定刻から一時間ほどが経過していることが見て取れた。
タイムアップってことか? カクガルと視線を合わせると、彼は苦笑し、申し訳無さそうに手を合わせた。
「……すまん。察してくれたと思うが、今日は時間がない。急に後ろに予定を入れられてな。全く、会長を辞めるとなった途端に遠慮のない――と、これはお前さんには関係ない話だな」
「いえ、構いませんよ。大枠は理解しました。お忙しいところありがとうございました」
本心である。もっと色々と聞いておきたい思いもあるが、恐らく細かいことは都度の確認で何とかなるだろう。
「ありがたい。俺は先に出るが、ゆっくりしてくれて構わん。部屋の鍵は、帰りに門の守衛に声をかけておけばいい」
カクガルは席を立って右手を差し出した。俺はその手をしっかりと握り返した。するとさらに強い力で握り返される。中手骨が砕けるかと思ったが、何とか顔には出さず微笑みを返した。このおじさんの握力、現代人類のそれを遥かに凌駕している。
――あ、もう駄目だ。情けなく絶叫するしかない、と俺がギブアップしかけた時、唐突にその万力のような力が緩んだ。
「――しまった。大切なことを忘れていた」
彼は俺の手を解放すると懐を探り、小さな皮袋から何かを取り出した。
「これを身に着けておけ」
手渡されたのは、大きなサイズの指輪だった。青い石が控えめに輝いており、細かな装飾がびっしりと全体に彫り込まれている。
「通称、『会長の指輪』。正式名称は……何だったか忘れちまったが、結構貴重な魔術具だ。見りゃ分かると思うが、その石は<星(スタル)>の燐曜石(りんようせき)だからな。PTA会費で維持管理されてる品だから、失くすなよ?」
燐曜石とは、この世界の鉱山や魔獣の体内から採集される宝石みたいなものだとアキルの記憶が教えてくれる。王国で流通している貨幣も、この燐曜石を加工して作られているのだそうだ。希少性と純度から5段階の等級があり、<星>は上から2つ目。それだけでも非常に高価な品だ。さらに装飾も凄い。
しかし、PTA会費でこれを……? 会長の証だとしても、なぜこんな貴重な指輪を携帯させる必要があるのだろう。サイズが大きいのでやむを得ず左の親指にはめてみたが、それでも少しだけ緩い。もしこのまま俺がマウンドからストレートを投げたら、白球と一緒にキャッチャーミットに吸い込まれてしまうだろう。「魔術具」というからには、あわよくばベストフィットな形状にキュッと変化してくれるようなファンタジー仕様を期待したが、そういうものではないらしい。
「もし、失くしたら……?」
カクガルはにっこりと笑った。そのまま黙っている。答えてくれないらしい。勘弁してください……。
「そいつはお前の身を守ってくれる。PTA会長といえば、命を狙われることも間々あるからな。上手く使ってくれ」
身を守ってくれる? 上手く使う? これには何か特別な効果があるということだろうか。しかし、どうやって――
いや。待て。逃げるのはやめよう。もっとずっと大事なことを、今このおっさんは言った。
【PTA会長は命を狙われる】。
「じゃあ、後は宜しく頼む。信じてるぜ、アキル。――いや、会長」
「あ、カクガルさん!! ちょっと待」
PTA室の重い扉が閉じられる。一瞬の間隙を突き、前会長は見事に姿を消した。
「いちばん大事なこと、引き継いでなくないですか……?」
一人残された部屋で、託された指輪を見つめて俺は呆然と呟いた。
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