第28話

 三人がゲームセンタービルの中に入ると、新妻がすぐに出迎えた。そして誰よりも先に綾瀬と対峙した。なにか言おうとするが、とっさに言葉が出ないようだ。妹の顔を見ることができなくて、首をやや下方に傾けていた。

「姉さん、いろいろとすみませんでした。またここでお世話になろうと思います。それと、なぎさの遺骨を置きたいのですが、よろしいですか」

 多少かしこまった言い方だったが、自分を責め立てることなく話してくれることに、新妻はホッとしたようだ。安堵の息を洩らし、頭をあげて何度もうなずいていた。バランスを欠いていた精神は、十文字の慰めと精神安定剤で均衡を取り戻したようだった。

「いろいろ、ごめんな。私はひどい女だよ。なぎさには、なんて詫びたらいいか」

 心からの懺悔だった。綾瀬は、とくに表情を変えずに聞き流した。

「森口さんはどこにいますか。具合が悪いようなので診たいと思います」

 綾瀬は、天敵である森口の治療をするといった。それが新妻の謝罪への返答である。受け入れられたとわかった新妻は、すでに涙目となっていた。

「穏香、ありがとう」

「その前に、姉さんの頭の傷も診ましょう。なんですか、その下手くそな包帯の巻き方は。小学生がやったのですか」

 傍らで、十文字が仏頂面をしていた。

 新妻の頭の傷をあらためて治療した綾瀬は、自室で謹慎状態の森口のもとへと行った。新妻も一緒だった

「大丈夫かよ。なぎさ姉さんを追い詰めたのは裕子姉さんなんだし、綾瀬は憎んでも憎みきれないだろう。ヘンな注射打って殺しちゃうんじゃないか」

「心配ないさ。綾瀬は、あんたなんかよりも数百倍人間ができてるんだよ」

「友香子姉さん、その言い方はちょっと傷つくなあ」

 森口の診察は、それほどかからなかった。躁鬱病という診断で、いま服用している弱めの安定剤とは違う種類の薬が必要となった。

「どこかで見つけてこないと」

「いいえ、それには及びません。薬はありますから」

 安定剤や睡眠薬の類は、あの廃墟大病院で大量に見つけて自室に保管していた。ただ、薬の知識がある綾瀬でなければ処方できないのだ。

「だけど、いつまでもありませんよ。躁鬱病は寛解するのに時間がかかります。半年ぐらいしたら探しにいかないと」

「いいさ、またみんなで探しに行こう」

 その時は、綾瀬と一緒に行こうと心に決めていた。

 新妻と綾瀬が大広間に戻ってきて、森口の様子と、今後の治療方針を皆に告げた。さらにリーダーは、全体ミーティングを宣言した。鬱病の森口を除く新妻グループ全員が、男子たちの部屋に集まった。皆を前に、新妻は単刀直入に話し始めた

「なぎさを死なせてしまったのは、私がバカだからだ。意固地になって追い出した上に、みすみす死なせてしまった。殺したも同然だよ。ブルベイカーだったら、こんなことにはならなかっただろうさ」 

 誰も口を挟まなかった。リーダーだけではなく、誰もが責任を感じていた。

「私はリーダーを降りるよ。無能がテッペンにいたんじゃあ、また誰かを死なせてしまう。友香子、あとを引き継いでくれ。おまえなら十分にやれるよ」

 自らが取り乱した際に、綾瀬を救出した手腕を評価していた。なにかと気分屋の島田に組織の統率は無理だと考えていたが、緊急時に、彼女は機敏に動けることを証明したのだ。新妻は、その決断を迷わなかった。

「冗談じゃないっ」

 意外にも、そう叫んだのは綾瀬だった。怒号に近い響きが、一瞬でその場を凍りつかせてしまった。

「同級生が私よりも格上で、その命令に従うなんてイヤです。屈辱です」

 誰もが、どうして綾瀬はそんなひどいことを言うのだろうと訝しく思ったが、一人だけ彼女の真意をくみ取る者がいた。島田は、薄ら笑いを浮かべながら言うのだった。

「あたしはリーダーなんてガラじゃないよ。それに、小うるさい小姑同級生に、ことあるごとに文句言われたくないしさあ。ああ、やだやだ、まっぴらごめんだよ」

 彼女は、リーダーになることを拒絶した。そして意味ありげな目で夫にウインクする。

「ここのリーダーは姉さんしかいないよ。ほかの誰でもない。新妻千早がリーダーなんだ」

 修二が力強く言った。新妻以外には考えられないし、受け入れることもできないと、田原や義之も追随する。

「だからあ、千早姉さんしかいないんだってさあ」

「そうそう」

「やっぱり千早姉さんがいいです」

 女子たちも同意見だ。ここに新妻以外をリーダーにしたい者などいないのだ。  

「みんな、そんなに・・・」

 新妻は感無量になって言葉が出なかった。妹を一人死なせてしまう大失態をしてしまったのに、これほどまで信頼を寄せてくれる。男泣きならぬ、女泣きだった。

「わかったよ。ありがとう。やるよ、またリーダーをやらせてもらうな」

 新妻は涙を流しながら、ニッコリと笑う。

「リーダーは、千早姉さんみたいに冷酷な人じゃないと務まりませんよ。男のアソコを切りとってしまうぐらいじゃないと話しになりませんって。って、あれえ」

 そこまで言って、鴻上は自分が新妻を褒めているのかどうか疑問に思った。言葉の選択が正しくないのではないかと、少しばかり青くなっていた。

「姉さん、まさかチンコを切りとったのか」

 修二が信じられないという顔をしていた。

「いや、あいつはそうされて当然だろう。てか、タマタマも一緒にえぐり取ってやったさ。すんごい痛そうにしていたけどな」

 笑みを浮かべ涼しげに言いきるリーダーを見て、男子たちの背筋は一気に凍りつくのだった。

「ううー、それはカンベンだ。俺たちは絶対に姉さんには逆らわないよ」 

「田原、あんたのチンコは一生大事にするから大丈夫だよ」

 皆がどっと笑った。その場の雰囲気が一気に和む。だが、男子たちの股間はヒュンヒュンと縮んでいた。

「俺は、奥さんが友香子でよかったよ」

 しみじみと修二は言うが、妻の返答は容赦なかった。

「なに言ってるの。あたしも手伝ったんだから」

「ええー、マジか、あり得んぞ」

「大丈夫大丈夫、修二のアソコは、あたしが妻として責任もって管理するから。まあでも浮気したら、どうなるかわかってるよねえ」

「しませんしません。俺の嫁は友香子だけです、はい」

 再び爆笑が起こった。綾瀬までも笑っていた。これほど柔らかな空気に包まれるのは久しぶりだった。誰もが心地よさを感じていた。

「なあみんな、西山さんの葬儀をやらないか。いろいろあったからさあ、けじめをつけたほうがいいんじゃないかと思うんだ」

 田原の提案だった。

「うん、それはいい。ぜひともやろう。私もなぎさを弔ってあげたい。そうしてやりたいんだ」

 綾瀬のほうを見ながら、新妻も賛成の意をあらわした。

「うれしいです。なぎさも喜んでくれると思います」

「じゃあ、早いほうがいいね」

 葬儀はすぐに執り行われた。

 男子たちの部屋に長机を運んできて、きれいなシーツをかけた。即席の祭壇が用意されて、遺骨を入れたアルミ箱が安置された。いくつかの造花と、ゲームセンターの景品類がたくさん置かれた。西山は、それらを部屋の飾りにするのが好きだった。

 線香も、お経もなかったが、皆それぞれ思っていることを西山に告げた。それは手を合わせて無言のうちに行われた。長い黙とうの最後に、田原が口を開いた。 

「俺たちは死んでいった者を忘れちゃならないんだ。忘れないためには、忘れる努力をしなくちゃいけない。いつまでも引きずっていたら、いい想い出もどんどん歪んでしまうからな。西山さんを忘れよう。そんで、これからいい想い出をいっぱいつくっていこうよ。そうしたら、きっと西山さんもよろこんでくれると思うよ」

 誰もが真剣に聞いていた。新妻が田原のベッドに座り、彼の頬を愛おしそうに撫でた。

「ありがとう、田原」

「田原にしてはいいこと言うなあ。でも、ちょっとわけワカメえだ」

「友香子、そこは俺の親友を素直に褒めてやってくれよ」

「それは、なぎさがしてるよ」

 祈りが一通り終わると、酒の席となった。

 食料庫から日本酒が運ばれてきた。すぐ下痢をするくせに、お酒が大好きだった西山にもふるまわれることとなった。コップになみなみと注がれ、彼女の遺骨前に置かれた。すると、なにもしてないのに波紋が一つ広がった。皆が顔を見合わせる。「なぎさ、あまり飲み過ぎてはダメよ」と綾瀬が言った。新妻が、なんとも形容しがたい表情をしていた。

 酒盛りは、どんちゃん騒ぎではなくて、しみじみとした宴会となった。途中、新妻が森口の部屋に行った。気分が良ければ一緒にと考えたのだが、彼女はぐっすりと眠っていた。強引に起こして参加せるのも負担になると思い、そっとしておくことにした。

 その夜は、遅くまで語り合うことができた。男子も女子も、世界が崩壊し多くの者たちを失ってから、心の内をできるだけ封印してきた。生き抜くことに必死で、感情を吐き出す機会に恵まれなかった。

 しんみりとした、まるで読書会のような告白だった。最愛の家族のこと、勇敢で責任感の強かった教師たちのこと、そして友のことを語った。時おり涙がこぼれ落ち、それは隣の者に、そしてその隣に伝搬していった。

 ひとしきり泣いて、西山の葬式が終わりとなった。それぞれが自分の部屋へと帰っていった。祭壇はそのままにして、明日片づけることとなった。

「いい葬儀だったな」

「うん、なんかね」

 修二と島田は、彼のベッドで添い寝していた。二人とも酔いは醒めていた。

「なぎさには悪いけど、なんだかさあ、今回の件でみんながまとまった気がするんだよね。一時はバラバラになって、これはヤバいなと思ってたんだけどさ」

「そうだな。家族を失ったのに、家族の絆が元通りになるなんて皮肉だよな。申し訳なくて、西山さんに合わせる顔がないよ」

 夫は妻の身体に、そっと手を回した。島田は具合よさそうに吐息をつく。

「何かを得るには、何かを失わなければならないんだ」

 その無粋な声は田原だった。

「今日の田原は、なんだか哲学者みたいだけど、ひょっとしてまたお薬を打ち過ぎたんじゃないの」

 妻がそう言うと、修二がクックと笑う。

「綾瀬さんが帰ってきたんだぞ。そんなに気前よく薬をくれないよ」田原は、どこか不満そうだった。

「まったくだな。以前の綾瀬さんよりも、薬の量が減った気がするよ」

「裕子が無茶したから、少し薬を抜くってことじゃないの。ってか、薬が多すぎて死にそうになったんでしょう」

「死にそうではなかったけれど、気持ちのいいものではなかったなあ」

「それにしても、綾瀬さんのやつれっぷりには驚いたよ。最初見た時、幽霊かと思った」

 いついかなる時でも優等生であった綾瀬が、髪をかき乱した幽鬼のような姿だった。彼女への哀れみよりも、驚きのほうが強かった。

「これ言っちゃあ可哀そうだけど、ニオイもひどかったよ。以前の綾瀬さんは、いつもいい匂いがしてたからさあ。俺、いっつもクンクンしてたんだよ」

「この、ヘンタイ」

 島田の叱咤に、田原は舌を出す。

「じっさい、ここに帰ってくる体力もギリギリだったんよ。途中でなんどもへたりこむから、唯と交代でおんぶしてきたんだ。今日はいろいろあって暇がなかったけれど、明日、お湯を沸かして風呂に入れてやろうと思うんだ。身体のほうは、栄養のあるものを食べれば、そのうち元通りになるよ」

「便所コオロギを食べて生きていたんだからな。可愛い顔して、いい根性してるよな。俺にはできねえや」

「田原、食べたいんだったら、いくらでも捕まえてきてやるよ」

「だから、いらないっつうの」

 しばらく雑談が続いた。そして夜も更けてきて、田原が眠りに落ちたようである。

「あたし、そろそろ行くね」島田は自分の部屋に戻ることにした。

「友香子、待て」

 ベッドから起き上がろうとする妻を、夫は強く抱きしめた。抱擁ではなく、制止の意味合いが強かった。

「どうしたの」

「揺れてる」

 それは、地震波の初期微動であった。

「ホントだ。でも、小さいんじゃない」

「いや、これはあのときと同じ感じだ」

 あのときとは、大災害の始まりのことだ。

「縁起でもないこと言わないでよ」

 揺れが猛烈に大きくなった。ゲームセンタービル全体がガシガシと軋み、天井からチリやコンクリートの破片が落ち始めた。それは、もはや揺れではなく衝撃だった。天井と足元の床を、巨人がハンマーでぶっ叩きまくっているかのようだった。

「友香子、ベッドの下に行け」

 修二が妻の身体を押して、ベッドから落とした。すでに、彼には粉がふりかかっている。

 いったん床に伏した島田が起き上り、夫を力づくで引きずり落とした。そして、二人は抱き合ったままベッドの下へと転がり込んだ。 

「ああ、ああ、やべえ、やべえよ」

「田原っ」

 彼のすぐ傍にコンクリートの塊が落ちていた。しかしながら、田原は亀のようにゆっくりとしか動けない。島田がベッドの下から這い出して、夫と同じように田原を引きずり落とした。相当痛がっていたが、乱暴にベッド下へと蹴飛ばした。

「義之―」

「俺は大丈夫だ。ってか、十文字がヤバイー」

 義之は、すでにベッドの下に退避していた。天井が裂けて、あちこちにコンクリート片や、ほかにもいろいろなものが落ちていた。

 大揺れと落下物で、身動きが取れない状態だ。島田にしても、夫と田原を救うのが精一杯で、十文字隼人のところまでは行くことができない。

「ちくしょう、いつまで続くんだ」

 大地震は一分以上も続いていた。天井や壁が割れ、瓦礫がそこいらに散らかっていた。恐怖の時間は、とても長く感じられた。

「おさまったみたいだよ」

 やっと揺れが止まった。ベッドの下に隠れていた者たちは、大きく息を吐き出した。

「友香子、十文字をみてやってくれ」

「わかった」

 埃の中を島田が這い進む。真っ暗なので灯油ランプを灯そうとしたが、それがどこにあるのかわからない。じっさいは、瓦礫が直撃して粉々になっていた 

 島田は、常時携帯しているペンシル型のミニライトを点けた。電池が古いのであまり光量が多くないのだが、それでも暗黒よりはマシであった。

 周辺の様子をざっと確認し、それぞれのベッドの下を見た。田原と義之も無事だった。一番端にある十文字のベッドを見た。奇跡的に、大きな瓦礫が彼の元へ落下することはなかった。多少のホコリを被っていたが、いつものように寝ている。しかもどういうわけか、西山の遺骨が入った箱をお腹の上にのせていた。

「隼人は大丈夫だよ。なんにも怪我してない。なぎさが守ってくれたんだ」

 彼のもとへ行き、白い布で包まれたアルミ箱に、そっと手を当てた。

 廊下のほうが騒がしかった。ほかの女子たちが部屋から出てきて、多少のパニックに陥っているようだ。

「ここは大丈夫だったか」

 息を切らせて入ってきたのは新妻だ。そのすぐ脇を、綾瀬が通り過ぎた。懐中電灯を一点に絞って駆け寄っていく。

「気をつけて。足元瓦礫だらけだから」島田が叫ぶ。

「隼人」

 綾瀬は十文字のベッドまでやってきた。手にしている懐中電灯で、十文字の全身を照らす。隣に立つ島田が、彼の無事を伝えた。

「粉だらけになってるけど、怪我はないよ」

 綾瀬は、恋人のお腹の上にのっているものに気がついた。

「なぎさの遺骨が、どうしてここに」

「なんだか知らないけど、ここにのってたんだよ。しかも、コンクリは十文字を全部避けて落ちたんだ」

「きっと、なぎさが守ってくれたのね。ありがとう」

 友人に礼を言うと、綾瀬はハンカチに唾をつけて、彼の顔に積もったホコリを拭った。

「修二たちは無事か」

「姉さん、俺も田原も義之も平気だよ。女子たちはどうだ」

「みんな無事だよ」

「森口さんは」

「裕子も出てきてるよ。だけど、ここの建物があっちこっちイカれてる。もう滅茶苦茶だよ。まいったなもう」

 明日の朝、日が昇ってから被害の状況を確認するのは、相当な覚悟がいると思っていた。

「なんだ、またくるのか」

 不気味な唸りだった。再び衝撃がやってきそうだ。

「うわあ」

「なによ」

 もの凄い音がした。爆音と表現してもいいほどの音量だった。しかも、衝撃波も加わっていた。ゲームセンタービル全体が激しく振動し、分厚いカーテンで目張りしていた窓が外側から破られた。大量の埃が侵入してきた。部屋の中の全員が咳き込み、落ち着くのに、しばしの時間を必要とした。

「なんだよ、これは」

「もしかして」

 新妻が窓に駆け寄った。カーテンをめくって、外をみた。ガラスは粉々に砕けているので、窓枠を開ける必要はなかった。懐中電灯を照らすと同時に、あっと呻いた。

「姉さん、どうしたんだ」 

「ビルが壊れた」

「なに」

「隣のビルが崩れ落ちたよ」

 いまの大地震で、隣接しているビルが倒壊してしまったのだ。松葉杖をついて、修二も窓へやってきた

「これはヒドイな。ここの出入口がふさがれたんじゃないか」

 懐中電灯の光が真下を照らしている。崩れたビルの瓦礫が、ゲームセンタービルの一階部分へ寄りかかるように積もっていた。

「それは大丈夫みたいだ」

 だが、かろうじて入り口付近には達していないようだ。

 その夜は小さな余震が何度も続いたが、大きな揺れは最初の一回だけだった。照明設備が貧弱なこともあり、修繕や後片付けは翌朝になった。寝床を整理し、その夜は寝ることにした。

 次の日の朝、皆で散乱した物を片付け始める。小牧は食料庫の整理整頓に忙しかった。建物内部を点検していた新妻と島田は、きびしい表情をしていた。

「これマズいな。だいぶやられているよ」

「姉さん、このビル大丈夫かよ」

 天井や壁、梁などのコンクリートがひび割れ、ある部分では断裂さえ起こっていた。

「ここって鉄筋だろう。まさか崩れることはないと思うけどさあ」

「それを言ったら、隣の崩れたビルも鉄筋コンクリートだよ。しかも、ここよりだいぶ新しいって」

 島田は自分たちのビルが倒壊することはないと考えていたが、新妻の見立ては違っていた。

「次、一発デカいのきたらもたないかもな」

「え、マジかいな」

「ここが崩れていないのが奇跡的なんだよ」

 すでにゲームセンタービルの周囲にあるビルは、ほとんどが倒壊しているか、いちじるしく傾いていた。どういうわけか、そこだけ例外的に地震に強く、だからこそ新妻グループが安住していられたのだ。

「ミーティングをやるよ」  

 リーダーは、全体ミーティングを招集した。すぐに男子たちの部屋に全員が集まった。森口も、ブツブツと言いながらしっかりと参加していた。

「昨日の地震でここが危ないんだ。いつ崩れてもおかしくないよ。当分の食料は大丈夫だから、先に家を探そうと思うんだ」

「それって、引っ越しするってことですか」

「ああ、そうだ」

 誰もが乗り気になれなかった。引っ越し作業が面倒だとのほかに、慣れ親しんだ家を出て行きたくないという心理的な億劫さがあった。 

「引っ越すっていったって、どこもかしこもボロボロだからなあ。住めそうなのは病院とか学校とか、丈夫な建物に限られるか。しかもさあ、攻められても守りきれるとこじゃないと」

「だったら、小学校とかいいんじゃね」

「そういうとこって、中がすごく散らかって汚いよ。ふつうに排泄物とかたくさんあるし」

 大災害で避難民がごった返した際、しっかりとした統率がとれていなかったために、糞尿やゴミの類があちこちに散らばっていて不衛生だった。衛生状態が劣悪な場所には虫もたかるし、ネズミも出る。朝比南高校のように、管理されていたところは稀なのだ。

「ブルベイカーさんのところはいいですよね。私たちの教室もあるし、丈夫だし。なんだか懐かしくて」

「志奈、それはどうしようもないよ。私たちに、あそこに行く選択肢はないんだから」

 天野は、暗にブルベイカーグループに行きたいと言っているのだ。

「あいつはクソったれです。あんなところ行きたくありません」

 吐き捨てるように言ったのは、綾瀬だった。ブルベイカーが受け入れてさえくれれば、西山は死ぬことはなかった。彼女らしくない口調に、その場の空気が一時的に張りつめた。

「あまり背の高いビルは危ないな。どっちかっていうと、平屋のほうがいいんじゃないか。幼稚園とかさあ」島田が、すぐに話題を戻した。 

「あまり小さいところだと守れないって。ゲス野郎たちに襲撃されたら、逃げ道がないだろう」十文字がケチをつける。

「じゃあ、病院とか」

「いや、もうまともな病院は残ってないし、あるのは朝比南高近くのでっかいやつだけだ。あそこはブルベイカーの縄張りだから無理だよ」

「幽霊も出るしね」

 新妻は、その話題には食いついてこなかった。

「まあ、いい。とにかく早く見つけるにこしたことはないよ。今日から探そう。二人ずつペアを組むよ。ついでに食い物を見つけられたらラッキーだな」

 さっそく、新居探しに出かけることとなった。新妻と十文字、綾瀬と島田、鴻上と小牧がペアを組んだ。留守番は天野と森口である。

 なお、このミーティングに修二や田原、義之はなにも意見を出さなかった。彼らは、いわば食べさせてもらっている身なので、分をわきまえなければならない。それに、この前のミーティングで、ブルベイカーグループとの合流を提案し完膚なきまでに論破されてしまったので、彼女たちの判断に任せることにしたのだ。


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