第23話

「なあ、修二。やっぱ言いに行くのか」

「ああ」

 修二がベッドから降りて松葉杖を手にした。そうっと片足を床につけて、両腕に体重をかける。

「やめた方がいいんじゃないか。姉さんが決めて、ほかの女子も納得しているんだし、俺たちが、ああだこうだ言うのは筋違いな気がするって」

 義之は否定的だった。自分たちは看護されている身なので、下手に介入して波風を起こしたくないと思っていた。

「友香子たちは道に迷っているんだよ。俺たちがただしてやらなくてどうするんだ」

「新興宗教の教祖みたくてカッコいいぜ」

 田原のジョークに、多少緊張していた修二の顔がほころんだ。

「義之、一緒にどうだ」

「おれはやめておくよ」

「そうか」

「あんまりキツくしないほうがいいぞ。これは腫れ物だからな」

「そうだな、田原。肝に銘じるよ」

 修二が大広間に行くと、女子全員が集まっていた。夕食の後なので、のんびりとしている。数個の灯油ランプの淡い灯りが方々に陰をつくり、そこには独特の雰囲気があった。

「どうしたんだよ、修二。具合が悪いのか」

 妻が駆け寄ってきた。ここ最近、身体の状態が良くないので心配している。

「みんなに話しをしたくてさ」

 彼が話したい内容を、そこにいる誰もが推測できた。そして、できればその話題に触れたくないと考えていた。

「修二、あのことだろう。あたしたちの考えは変わらないって」

「うん、わかってる。でも話したいんだよ」

「今日は、その話やめようよ。空気悪くなるからさあ」

 夫が我を張って新妻が怒りださないかと、妻は心配していた。

「友香子、修二に話してもらおうよ。田原や義之や隼人も、話したいことがあるんじゃないかな。そうだ、みんなで話し合おう」

「姉さん、ありがとう」

 新妻の提案で、グループ全体でのミーテョングとなった。十文字隼人や田原が動けないので、場所は男子たちの部屋となり、新妻グループの全員が集まった。ベッドに腰かけた修二が、さっそく話し始める。

「これから、この少人数でやっていくことは、正直言って難しいと思うんだ。食べ物も少なくなってるし、何をするにしても人手が必要だと思う。俺たちは情けないことにお荷物になっててロクなことができない。かえって足手まといになっちゃってて、それは申し訳ないと思ってる」

 そんなことはないと島田が言おうとしたが、夫は手をあげて制した。まだ言うべきことが残っている。

「だから、ブル姉さんと合流すべきだと思うんだ。たしかに外国人ばかりでやりにくいとは思うけども、彼女たちだって生きたいはずだ。俺たちと一緒になりたいと思ってるよ。千早姉さんとブルベイカー姉さんの間には、なんていうかそのう、いろいろあったけど、そろそろ水に流してもいいなんじゃないかと思う。ブル姉さんだって、仲直りしたいはずだよ」

 修二が話している間、皆は黙って聞いていた。

「うん、わかったよ。修二の気持ちはよくわかった」

 ブルベイカーの名をだしてしまったので、ひょっとすると激高するのではないかと修二は緊張していたが、新妻は気分を害した様子ではなかった。

「田原はどうなの」

 田原が意見を言うことになった。

「じつは俺も、修二と同じ意見なんだ。こんな世紀末状態でバラバラになってたんじゃあ、いずれ小さくなって消滅するよ。大きな組織をつくって、できれば畑も大きく作って、子どもを増やしてさあ」

「それって、田原ちゃんの子どもなの」小牧が言った。

「おお、そうよ。万里子と俺っちの子どもだ」

「ええー、それはちょっと」

 苦笑いをする小牧だった。張りつめていた空気の中にクスクスと笑いがもれる。熱気が冷めないうちに、新妻は次を指名した。

「義之はどう思うの」

「おれは、そのう、やっぱり一緒になったほうがいいんじゃないかな。愛子先生も、大勢のほうがいいって言ってたし」

 ウンウンと、新妻は頷いていた。ほかの女子たちは、とくになにも言わなかった。

「隼人にも訊きたいけれど、眠っているかな」

「オレは、・・・、いるよ」

 十文字隼人の意識は戻っていた。ただし、その覚醒はまだ道半ばで、少しばかり夢見心地であった。

「しずか、しずかはどこだ」

 綾瀬が出て行ったことは、彼の意識が戻っている時に、しっかりと告げられている。

「あんちゃん、あんちゃん」

 來未が兄の手を握る。目が見えない隼人は、それが綾瀬だと思っていた。

「しずかか、ご、め、んな、んあ」

 妹は、嫉妬とも憫然ともつかぬ表情で兄を見つめていた。やさしく手の甲をさすると、隼人は安心したように眠りへと落ちた。皆がその様子を眺めていた。

「じゃあ、私たちの考えを言うね」

 リーダーが皆の顔を一人一人見た後、最後に修二と向き直った。

「ブルベイカーとは合流しない。私たちは、私たちだけでやっていく。男子たちには悪いと思うけど、もう誰もここから出て行かない。ここで生きていくの」

 きっぱりと宣言した。

「でも姉さん」

 その氷塊を突破して、修二は食い下がろうとした。彼はブルベイカーグループと合流するしか道はないと確信している。

「修二、あたしたちだけでやっていけるよ。いままでやってきたじゃないか。な、な、大丈夫だよ、大丈夫だって」

 妻は横に座って必死になってなだめるが、夫は大人しくなる気はないようだった。

「友香子、聞いてくれ。このままではジリ貧だ。力を合わせていくしかないんだ」

「でも修二」

「はっきり言ってやればいいのよ」

 ずっと黙っていた森口が口を開いた。不機嫌そうな表情で腕を組んでいる。

「拒絶されたのよ。あなたたちはブルベイカーにいらないって言われたのっ。満足に動けない者は受け入れられないってことよ。わかった」

「え、なんだよそれ」

 修二に田原、義之もキョトンとした表情だった。森口の言った意味を理解するのに時間がかかっていた。

「ブルベイカーから手紙が来たんだよ。受け入れるのは姉さんと怪我人以外だって」妻は申し訳なさそうだった。

「マジかよ」

「ウソだろう」

 自分たちが役立たずというよりも、あのナオミ・K・ブルベイカーからそう思われているということがショックだった。

「修二たちだけじゃない。私も拒絶されているよ。ブルベイカーが受け入れるのは、あくまでも使える人間だけだよ。いまは綾瀬を手に入れたから、ほくほく顔だろうさ」

 新妻は淡々と語った。男子たちに言葉はなかった。とくに修二の落胆ぶりは、地の底を這っていた。 

 ブルベイカーとは一緒に食べ物を探し、ともに修羅場をくぐり抜けてきた。何度も命を救われ、身をていして彼女をかばったこともあった。離れて暮らしていても信頼する気持ちは揺るぎなかったし、彼女は自分たちのことを気にかけてくれているものだと、勝手に思い込んでいた。まさか見捨てられているとは、考えもしなかったのだ。

「たしかに人数は少なくなっちゃったけど、私たちはやれるよ。いままで何度も地獄を見てきたんだ。これ以上悪くなることもないだろうさ。近藤先生だって、なにがあっても、めげるなって言ってたじゃないか」 

 リーダーの口調は明るかったが、男たちは力のない表情で聞いていた。

 ミーティングが終わった。女子たちは自室に戻り、男子たちも眠ることにした。灯油ランプの灯りを消して、修二は気がぬけたように横になった。

「気にしてるのか」

 暗闇の中で、田原がポツリと言う。

「ああ、俺たちは、ほんとうに役立たずだったんだな」

「ブル姉さんに、そう思われてるのは、正直キツいな。オレ、ファンだったのによう」

 二人はボソボソと話し始めた。義之も起きていたが、あえて口を挟もうとはしなかった。

「なあ田原。俺たちは、もういらないんじゃないか。俺たちがいなければ、友香子たちはブル姉さんのところに行けたんだよ」

「まあ、それはどうかな。姉さんも拒否されているからさあ、ここの女子たちが、千早姉さんを残していくなんてことはしないだろう」

「ブル姉さんは千早姉さんを嫌っていないと思うんだ。おそらくスネてるだけだよ。女子たちだけで行けば、間違いなく受け入れてくれるはずだ。邪魔なのは、食ってばかりでニートやってる俺たちだよ。俺たちが邪魔になって、友香子たちを窮地に追いやってるんじゃないか」

 修二は、いつになく自虐的になっていた。ブルベイカーに見捨てられたという事実が、普段は楽天的な性格をじっとりと湿らせていた。

「修二、もう寝ようぜ」

 田原は、会話をやめて寝ることにした。修二も話しかけることはやめたが、ブツブツと、いつまでも小さな声でひとり言を呟いていた。


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