第15話

 賑やかだった結婚式から数日が経った。

 ゲームセンタービルのメンバーは、ルーチンワークの毎日に戻っていた。男子たちは相変わらず寝たきりのままであるし、食料や物資探しには、女子たち数名がチームを組んで、毎日のように出かけている。ただし外へ行くのは腕と体力におぼえがあり、困難に対峙しても物怖じしない度胸のある者に限られていた。しぜん、新妻と島田、十文字と鴻上ばかりである。

 食料探しに、森口はしばらく参加していなかった。河川敷の小屋で錯乱したから外されたわけではない。ずっと手をかけていた菜園を軌道にのせたいと、畑の世話に集中していた。


「はあ~あ」

 壁で囲まれた小さな耕作地で土をいじりながら、森口は何度もため息をついていた。トウモロコシが全滅してただでさえ気落ちしていたのに、ジャガイモまでもが枯れ気味で、うまく育っていなかった。小松菜やホウレン草の菜っ葉類も、やはり枯れてしまい茶色く萎れている。手塩にかけて育てた作物が、霜にやられてから散々なことになってしまい、彼女の表情がさえないのは当然だった。

「森口さん、畑はどうですか」

 背後から声をかけてきたのは綾瀬だった。畑のとなりには鶏小屋があり、エサやりと掃除に来たのだ。畑は森口が一人でやっているので、綾瀬が手を出すことはなかった。

「見ての通りよ。全部やられたみたい。まさか、この暑さで霜が降りるなんて思わないから。マルチをやっておけばよかった」

「でも、枯れてないのもあるよ」

 畝の作物は枯れているが、その周辺には青々とした葉を繁茂させた草が多数あった。

「綾瀬さん、それ全部屁の元だから」

 屁の元とは、タンポポのことだ。どこにでもたくましく生える雑草ではあるが、ゴボウのように太い根を生やし、その根も葉も味が悪くないので、彼女たちは青物野菜として利用していた。

 ただし、タンポポの根を食べるとなぜかお腹の中にガスが溜まり、屁がよく出るので、自嘲気味に屁の元と呼んでいた。この辺の水と合わないのだろうと、なんとなく考えられている。

「鶏のフンを肥料にしているから、土に栄養はあると思うんだけども」

「あんがい、栄養がありすぎるんじゃないかしら。肥料分が強くて、うまく育たないとか」

「いや、それはないわ。きちんと容量を計算して、葉物には違う肥料を与えているもの。原因は寒さだと思う。ハウスにした方がいいのかもしれない」

 畑の維持と管理は森口が受け持ち、一人で苦労しながらここまでやってきた。作物よりも、彼女の責任感とプライドのほうがしっかりと伸びている。たまに見にくるだけの優等生に、とやかく口出しされたくないとの態度がにじみ出ていた。

「そう」

 そんな空気を綾瀬は敏感に察知していた。余計なことをいって、森口の不機嫌に当てられないように、しばし黙っていた。

「綾瀬さん」

 しかし、その沈黙を嫌ったのは森口だった。

「私はねえ、この畑をね、ほんとに猫の額ほどの畑だけど、なんとか成功させたいの。安全で栄養がある作物をたくさん育てて、みんなにおなか一杯食べてもらいたい。そして、ここでうまくいったら、どんどん畑を拡げて大きくしていく。だから、頑張っていい畑を作る。みんなが安心して、お腹いっぱい食べられるようにね。裕子よくやった、っていわれたのよ」

「森口さんだったら、きっとできるよ」

 その言い方からは、感情の濃淡がほとんど感じられなかった。綾瀬は、どこまで本気でいっているのか、相変わらずわからないなと思う森口だった

「そういえば、佐藤君が畑のことを言っていたよ。もうちょっと工夫したら、よくなるって。もしよかったら、一緒にやってみるのもいいんじゃないかしら」

「あいつはダメよ、全然ダメ。役立たずだから」

「え、どうして」

 優しい性格の森口にしては、キツイ言葉だった。

「あいつは萎れているから。たたない男の言うことなんて、聞くだけムダなの」

 その場に義之がいれば、絶望のあまり地面に倒れ込んでいるだろう。男としては、女性からは絶対に聞きたくない類の言葉だ。

 二人の間になにかあったのだろうと、綾瀬は推測した。だが、ゴシップの類に積極的に食いついていく性格ではないし、他人の色恋沙汰には興味もないので、それ以上訊ねることはしなかった。森口としては多少の愚痴を聞いてもらいたいとの気持ちがあったが、話す相手が違うのだと気づいて、やはりそれ以上話すことはなかった。

 なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。綾瀬が早く立ち去ってくれることを願っていると、そこに小牧がやってきた。走ってきたのか、肩で息をしながら呼吸を整えている。

「万里子、なんかあったの」

「たいへん、たいへんなの」

 その慌てようから、ロクでもないことが起こったのだとわかる。森口は冷えた表情で構えた。

「きてるの」

「なにが」

「ブルベイカーさんが」

 ナオミ・K・ブルベイカーがここにやってきたことを、小牧は急ぎ知らせに来たのだ。

「まさか、入れたんじゃないでしょうね」

 小牧は頭の回転が少しばかり緩いので、さして考えもせずに判断することがある。致命的なミスを犯してはいないかと、森口の不安は瞬間的に跳ね上がった。

「まさかまさか。ブルベイカーさんは、外で待ってるよ」

「一人で来たの」

「ううん、何人かがとり巻いてるよ」

「なんだって、姉さんたちがいない時にくるんだよ。どうするか」

「どうしよう、どうしよう」

 新妻含め、手練れの者は出払っている。いま襲撃を受けたら、残っている者たちはひとたまりもないだろう。

「心配してもしかたないでしょう。やる気だったら、とうの昔にやっているはずだから。きっと、なにかを伝えに来たのよ」

 綾瀬は、いたって冷静だった。まるで、ナオミ・K・ブルベイカーの到来を予期していたかのように落ち着いていた。

「とにかく話を聞きに行きましょう」

 森口も、そうするしかないと考えた。



 ゲームセンタービルの出入口の前で、ナオミ・K・ブルベイカーは立っていた。

 いつものように両腕を胸のあたりに組んで、いささか居丈高な印象を与える姿だ。彼女の服は朝比南高校の制服であり、それは新妻グループの女子たちよりも断然きれいに仕立てられていて、いかにもナオミ・K・ブルベイカーらしかった。

 彼女の後ろに、配下の者五人が扇状に散開している。それぞれが手にしているには猟銃やアサルトライフルであり、武力が優勢なのを、これ見よがしに見せつけていた。

 ゲームセンター側からは、森口と綾瀬が出てきた。彼女らを援護するのは、窓から西山が片腕で構える旧式の小銃だけだ。彼女の射撃技術は鴻上と比べると、一段も二段も劣る。

「あらあ、二人しかいないの」

 ニッコリと柔和な表情だった。朝比南高校時代によくみせていた、アイドルのナオミ・K・ブルベイカーのスマイルである。

「何か用ですか」

 森口は緊張していた。ブルベイカーの背後にいる兵たちが、銃口を向けているのが不安で仕方がない。

「ええーっと、後ろの人たちは気にしないでね。悪気はないのよ。ああしないと落ち着かないんだって。お国柄みたいよ」

 それらが恫喝であるのは、よくわかっていた。新妻たちが早く帰ってくることを心の底から願っていたが、顏は努めて平静を装う。

「だから、何か用ですか」

「まあ、用ってほどでもないんだけど、このまえ手紙渡したじゃないの。だから、そろそろ返事もらってもいいかなー、って思って」

「でしたらお断りします。そっちに行く気はさらさらないですから」森口は、きっぱりと言った。

「あら、即答ねえ。もうちょっとさあ、なにか意見があってもいいんじゃないの。少しばかり、イラッときたわ」

 ブルベイカーの顔からまだ笑顔は消えていないが、剣呑な雰囲気を意識的に混ぜていた。

「もう決まったことです。お気持ちはうれしいのですが、私たちは私たちでやっていけますので」

「いままではね」

 そう言うと、話し相手を意味ありげに見つめていた。森口の瞳の奥に隠されている心の乱れを見透かそうと、まるで猛禽の目だった。

「どういう意味ですか」

「どういうって、だってえ、この辺だっていつまで安全かわからないじゃないの。この前みたく、人喰いのうじ虫さんたちが集団で襲ってくるかもしれないし、もっと危ない人たちだっているのよ。裕子は、なんにも知らないのね」

「危ないって、それはどういう人たちなんですか」

「知りたい? でも聞かないほうがいいんじゃない。眠れなくなっちゃうわよ」

「どんな人なんですか、この近くにいるの。どうしよう、こんな時に、もう」

 森口は動揺していた。人喰いの話を島田から聞いた夜は、身の毛がよだって眠れなかった。彼女にとって、目と鼻の先でカニバリズムが行われたという事実は、魂が張り裂けそうになるくらいの衝撃だった。さらに、それよりも危険な輩が徘徊していると聞いて、わき上がった焦燥が理性を蹴とばしていた。主導権が、ブルベイカーへと傾斜し始める。

「そんなの、どうでもいいです」

 たまらず綾瀬が割って入った。相手のペースにのせられている森口を見て、マズいと思ったのだ。

「いや、危ないのがきているんだったら、教えてもらわないと」

「そんなのいないっ。森口さんは黙ってて」

 ブルベイカーの話には信ぴょう性がないと、綾瀬は見抜いていた。相手側を不安な気持ちにさせて、自分の有利に進めようという魂胆なのである。

 ただ森口は、まだその話を信じていた。そして、なぜ綾瀬に命令されなければならないのか、憤慨した気持ちになっていた。

「ブルベイカーさん、いまのところ合流する予定はないです。ですから、今日は帰ってください」

「あらあ、いまのところっていうのは、そのうち考えが変わるかもしれないってことかしら」

「とにかく帰ってください」

 綾瀬がきっぱりと断らなかったのは、たとえそれが屈辱的であっても、あらゆる選択肢を残しておきたいという判断をしていたからだ。

 彼女たちが生きている世界は、あまりにも混沌としており、考えられるすべての災厄に、いつ見舞われても不思議ではない。万に一つの可能性かもしれないが、共に協力し合わなければならない事態になるとも限らないからだ。

 また、ここで無碍に拒絶して、きつい言葉の応酬から争いに発展することを危惧していた。いま戦えば圧倒的に不利であるし、ブルベイカーが、まさにそのために挑発しに来たとも考えらえられる。刺激は少ないにこしたことはないのだ。

「まあ、いいわ。そういう返事だってことで納得してあげる」

 ブルベイカーが、あっさりと引き下がった。相変わらず、憎々しいまでの笑顔のままである。

「それと穏香、薬はよく効いたでしょう。修二たちが楽になってよかったねえ」

 その言葉に、綾瀬はなにも返さなかった。ただ黙って見つめているだけだ。

「ああ、それから今度おめでたいことがあったら、わたしも呼んでよねえ」

 手をあげて配下の者たちに合図送ると、ブルベイカーは立ち去った。綾瀬と森口は、言葉を交わすことなくゲームセンタービルに戻った。



 それから二時間ほどして新妻たちが帰ってきた。綾瀬は、ブルベイカーが来ていたことを告げて、事の顛末を簡潔に説明する。皆が大広間に集まり緊急会議となった。森口は、その場ではなぜか黙っていた。

「それで、具体的に怪しい動きがあったか。こっちの様子をうかがって、スキがあったら無理矢理侵入してきそうだったとか」

「それはないと思います。あの性格ですから、やる気なら一気呵成にするでしょうし。ただ返事をききに来たとしか」

「うう~ん、でもなあ」

 新妻は、ブルベイカーが自ら出向いてきたことに疑問を持っていた。時に天真爛漫で無邪気に振舞うことがあるが、騒動が起きてしまうようなムダな動きをする女ではない。なにかの意図があるはずだと勘ぐっていた。

「ヒマなんじゃね。まわりが外人ばっかでさあ、案外さびしくて、あたしたちと話をしたかったとか」

 それはないと、新妻は断言できた。ブルベイカーのセンチメンタルは、ある特定の相手にしか向けられないことを知っているからだ。

「まあ、どうでもいいじゃん。私らが、あの女に合流することなんてないんだから」

 重体の兄を拒絶されているので、十文字の選択肢も限られたものになっていた。綾瀬は、表情を変えずにいる。

「とにかく、しばらくは警戒しよう。ブルベイカーの最近の動きは、やっぱり怪しいからな」

 会議は、とくに結論を得ることなく終わった。脅威となるような行為をされたわけではないので、全体的に緊張感に欠けていて、さして重大な案件ではなかったとの空気だった。

 小牧などは、早く夕食の準備に取り掛かりたくて、話半分聞きでソワソワしっぱなしだった。その理由は、新妻たちが大量のザリガニを獲って帰ってきたからだ。今晩は海老天丼を作ろうと、涎をたらして待っていた。 


 夕食が終わり、夜もふけて就寝の時間となった。女子たちは、自分たちの寝部屋へとおさまった。一階部分はゲームセンターだが、ビルなので二階以上に空き部屋はたくさんあった。女子一人一人が自分の部屋を持っている。

 新妻がポータブルのLEDランプで本を読んでいると、自室の前に気配を感じた。窓は遮光カーテンが掛けられ、すき間から光が漏れ出ないように、しっかりと目張りがされている。ほかの部屋も同じだ。

「友香子か」

 足音の特徴から、島田であると見当をつけた。 

「姉さん、ちょっといいかい」

 予想通り、島田だった。本を置いた新妻がドアまで歩きカギを外した。廊下に立っていたのは、島田のほかにもう一人いた。

「なんだ、裕子も一緒か。まあ、とにかく入れよ」

 森口がいたので酒でも持ってきたのかと期待したが、彼女は手ぶらで入ってきた。新妻は、ちょっとガッカリしていた。

「それで、なんの話しだよ。ブルベイカーのことか」

「ま、まあ、そうなんだけど」

 島田の声の調子から、あまりいい話ではないと見当がついた。

「ブルベイカーさんっていうか、綾瀬さんのことで」

「綾瀬の?」

 どことなく言いづらそうな森口を見て、これはロクでもない話だと覚悟した。ぜひとも酒が欲しいと、新妻は願う。 

「今日ブルベイカーが来たときに、綾瀬に薬のことを言ってたらしいんだよ」

「薬って、綾瀬となぎさが病院で見つけてきたやつか」

「そうみたいなんだ。よく効いてるでしょう、って言ってたんだよな、裕子」

「うん、ブルベイカーさんは、薬のことを知っていたみたい」森口は、訴えるような目だった。

「まあ、でも病院でブルベイカーにあった時に、綾瀬が来ていることを話したからな。病院と薬を結びつけるのは、そんなヘンじゃないぞ」

「でも、綾瀬さんが薬を手に入れたのを知っているのは、おかしくないですか。しかも、上谷君に使っていたことも知っていました。それって、どういう薬を手に入れたのかもわかっているってことでしょう」

 薬のことを新妻たちが知ったのは、ゲームセンターに帰ってからだ。それにブルベイカーは、綾瀬には出会っていないはずである。

「それと、あたしのことも知ってたんだってさ」

「友香子のことって、なんだよ」

「結婚式のことだよ」

「それは妙だな。ブルベイカーが知っているわけないからな」

「でしょう、ブルベイカーさんには知りえない情報なのよ」

 新妻は考えていた。早急な結論に達する前に、彼女たちの記憶のどこかに穴がないか確認する必要がある。

「裕子、ブルベイカーは何て言ってたんだ」

「こんどおめでたいことがあったら、自分を呼べって言ってたよ」

「友香子や結婚式って、言葉使っていたか」

「それはないけど。でも、おめでたいって言ったら友香子の結婚式しかないよ。ブルベイカーさんは、ここのことを知っているみたいなの」

 森口は結論に達しているようだし、おそらく確信もしているのだろう。この二人が言いたいことを、新妻は気づいていた。表情が険しくなっている。

「そんで、なんか言いにくいんだけどさあ、どうやら綾瀬がブルベイカーと内通してんじゃねえかって思えるんだ。そんで姉さんに相談しようと」

「友香子、めったなことは口にするな」

 新妻の口調は厳しかった。綾瀬がブルベイカーの内通者となると、このグループの存続を根幹から揺るがす事態となる。それはすなわち、彼女たちの生死にかかわる一大事だ。

「絶対に間違いないです。綾瀬さんが、こっちの情報を流しているんですよ」

 森口は断定的だった。それ以外は認めずといった口調だ。

「たぶん、あの薬もブルベイカーさんにもらったんです。自分で見つけたってウソついて、なにくわぬ顔して帰ってきたのよ」

「ちょっと待てよ、裕子。仮に綾瀬がブルベイカーと通じているとして、目的はなんなんだ。わざわざこっちの情報を流して、ブルベイカーに得があるのか」

「それはたぶん、食料じゃないですか。私たちの食料を狙っているんですよ。スキをみて、奪いに来るつもりなんです。だからスパイを使って」

 前のめりになっている森口を、新妻は待て待てと押しとどめた。

「ブルベイカーがその気なら、綾瀬なんかを使わずに、とうの昔にやっているさ。それに食料だったら、あいつらのほうが持っているだろう。貴重な医薬品をあんなにたくさん渡すなんて、作戦のためとはいえ、ちょっと気前がよすぎないか」

 綾瀬スパイ説に説得力を持たせるには、いくつかの越えなければならないハードルがある。森口は疑いではなく確信であったが、新妻は釈然としない気持ちだった。島田はあまり深く考えていないようで、森口と新妻、双方の意見にいちいち頷いている。

「姉さん、あの女は裏切り者なんだよ。ブルベイカーに飼われている犬なんだ。なんとかしないと、みんながヤバくなるよ」

 いつになく、森口の言葉がタイトになっていた。この話題が熱くなりすぎることを、島田は望んでいない。だから、別の解決案を示した。

「綾瀬本人に、直接確かめた方がいいんじゃないの。なんなら、いま連れてこようか」

「よせ、友香子。もし違っていたら取り返しがつかないんだよ」

「そ、そうだよね」

 綾瀬の性格からいって、疑われたと知ったら、自らここを出ていく可能性が高い。グループにとって、有用な人材を不確かな疑惑で放出するのは愚行となる。とくに夫の看護を彼女にまかせている島田は、好き嫌いにかかわらず、付き合っていかなくてはならない相手なのだ。 

「なるべく刺激しないように、私がそれとなく探ってみるよ。もし綾瀬とブルベイカーが連絡をとりあっているのならば、なぜそうしているか、その理由を訊けばいいし、なにか良からぬことをたくらんでいるようなら、その時は追い出せばいいさ」

「でも姉さん、そんな悠長なことを言っていたらやられちゃいます。明日にでも、あの女から訊きだせばいいんです。とぼけるようだったら、無理矢理にでも口を割らせてやればいい。こっちがやられる前にやるんです」

 森口は、なおも食い下がる。どうしても綾瀬のことが許せないようだ。

「裕子、ここは姉さんにまかそうよ。やっぱ、いきなり尋問するのは、やり過ぎな気がするって。なにかと不愛想なやつだけど、綾瀬だって一生懸命にやってるしさあ」

 親友がやんわりと諭すが、森口の熱は冷めていない。さらに言おうとするが、新妻の口が先に開いた。

「なあ裕子、心配するのはわかるが、確実な証拠なしに無理はできないよ。なぎさのことだってあるし。みんなで、せっかくここまでやってきたんだ。ことを荒立てても、あまりいい結果にはならないよ。とにかく、私にまかせてくれないか」

 森口は、しばし沈黙してから言う。

「わかりました」 

 無表情な親友を、島田が心配そうに見ていた。森口は、それ以上なにも言わずに部屋を出ていった。。

「どう思う、友香子」

「うう~ん、ちょっと難しいね。綾瀬は真面目なんだけど、なにかやらかしそうな雰囲気もあるし。でもブルベイカーと組むってのは、やっぱないかなあ。あの天然アイドルは、あいつのもっとも嫌いなタイプだと思うんだけど」

 ナオミ・K・ブルベイカーが天然だけの女ならば、これほど心を痛めることもないと、新妻はしみじみと思っていた。

「裕子はどうなんだ。最近、ちょっとキツくなってないか」

「それはあるね。あの河原の小屋でさあ、女の子に首を絞められてから、なんか性格が変わったみたいでさあ。すこし短気になったみたいで」

 森口は元来が優しい性格であるが、許容量を超えるストレスに心を抉られ、その対極にあるドス黒い種が芽を出し始めていた。親友はうすうす気づいており、そのことを心配している。

「明日、綾瀬を外に連れ出して話してみるよ。この中じゃあ、騒動になりそうだからな」

「うん、それがいいよ、姉さん」

 島田が部屋を出ていった。新妻は再び本を読もうとしたが、活字がまったく頭に入ってこないことに気づいた。寝ようと思ったが、おそらく眠ることができないと悟った。

 机の引き出しから、綾瀬からもらった安定剤を取り出して飲んだ。最近は、いつものように飲んでいる。リーダーが薬漬けなら、当然士気も落ちるだろう。不和の原因は自分の不甲斐なさにあるのかもしれないと、新妻は自嘲気味に微笑んでいた。


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